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血には血を 下

 「……」


 波動砲の引き金に指を掛けたダモクレスの口角が醜悪に歪む。


 「……」


 全てを破壊しても、亡霊を殺しても、内面に渦巻く狂気が燃え尽きることはない。砕けた屍は死した肉塊に過ぎず、命が潰えた血肉の轍。砲身をグルリと回し、真紅の装甲を纏った宿敵を見据えたダモクレスは歓喜の咆哮をあげる。


 「お前ならば———此処に来ると思っていた!! 俺を殺しに、俺の命を終わらせる為に牙を剥くと信じていたぞ……ダナンッ!!」


 血には血を、憤怒には憎悪を、因縁には宿命を……。ドス黒い瞳に様々な感情を煮え滾らせ、それを殺意の一点に集中させたダナンは波動砲の銃身を蹴り飛ばし、刀剣へレスを抜き放つ。


 漆黒の刀身に光波を宿した硝子の刃は、絶対の防護壁であるダモクレスの電磁バリアをいとも容易く斬り裂き、黒鉄の装甲に肉薄する。ゲタゲタと狂い笑う完全機械体は鋼の巨躯を捻らせると同時にダナンの腹を蹴り上げ、手指装甲から展開した電磁クローで真紅の装甲を抉り削る。


 噴水のように噴き出す鮮血が綺麗な弧を描く。意識を手離しかけたダナンはダモクレスの殺気を全身に浴び、背部ブースターを吹かす。


 一瞬の判断ミスが死に直結する殺し合い。バイザーの隙間から血を垂れ流し、電磁クローの連撃を紙一重で躱しきったダナンは、レーザーキャノンを構えるアディシェスへ視線を移す。


 「ダナン? ダナンだと? 馬鹿馬鹿しい……アイツが生きているものかよッ!! 私が亡霊なら貴様は何だ? 墓石を掘り返す死霊だろうが!!」


 収束するエネルギーが青白い閃光となってダナンを焼き、ダモクレスの電磁バリアとかち合った。


 「ダナンを否定するのか? テメエが? 亡霊が死霊を否定するなんざお笑いだなぁ! 俺が求めるのはダナンただ一人……テメエの方こそ消えて無くなっちまえよ、なぁ亡霊!!」


 「私と向き合えダモクレス!!」


 「黙って死んじまいな!! テメエに用はねぇんだよッ!!」

 黒焦げになりながらアディシェスへ大口径ブラスターライフルを向け、引き金を引く。真紅の熱線を食らい、ぐらりと体勢を崩した隙にダナンは外骨格を包む肉を断つ。


 「ごちゃごちゃと……」反応速度を上回る速さで背後へ回り込み「ワケの分からねぇことを」アディシェスのブースターを力任せに引き抜いたダナンは「言ってんじゃねぇ!!」瓦礫の山へ叩き落とし、ニヤついた笑みを浮かべるダモクレスを睨む。


 そうだ、その亡霊を叩き殺し、俺だけを見ろ。殺し合いの果てに答えがあるのならば、それを理解と言わず何という。俺を殺してくれ、お前は俺に殺されなくてはならない。その為に此処に来たのだろう? なぁ……ダナン。


 「ダナン、答えは得たのか?」


 「……」


 「己が神に相対し、使徒として牙を剥くのか。俺の神を殺すために命を燃やすのか。貴様は誰の為に戦っているのか。神か、己か、はたまた誰かの為か……聞かせてみろよダナン」


 「決着をつける為だ」


 「……」


 「お前を生かしておけば、俺の周りの誰かが死ぬ。殺すことができなくても、徹底的に潰す。ダモクレス、お前は俺の癌だ。生かしておいても碌なことがない。だから俺の為に死んでくれ……ダモクレスッ!!」


 「ならテメエが俺の為に死ね!! ダナン!!」


 真紅と漆黒が激突し、戦闘の余波でビルの窓ガラスが砕け散る。殴り、蹴り、斬り、撃つ。ダモクレスの圧倒的な火力は街一つ破壊するには十分なものであり、もし彼が本気で攻めればダナンは手も足も出ないだろう。だが、下層街で最も危険と揶揄される男はそれをしない。何故か―――それは可能性が潰えてしまうからだ。


 命の奪い合いという極限状態の中で人間は重要な選択を迫られる。生か死を行き来する度に命が続く実感を得て、再び殺し合う。ダモクレスにはその究極の選択を強いる力があり、彼は見たいのだ……終わりの先を歩もうとする者の結末を。理解したいのだ、絶望に抗う者の生き様を。故に最高の宿敵であるダナンに苦難を強いる。


 俗に憧れは理解から最も遠い感情だと言われるが、憧れるからこそ理解という願望を生むのだろう。当人が気づいていないだけで憧れはその内にあり、理解の器を満たす為の手段を望む。ダモクレスにとって殺し合いこそが理解の為の手段であり、無自覚な愛し方。身勝手で一方通行な目的と手段の一体化。聖人を狂人たらしめ、慈愛を殺意へ変える狂気に冒された機械体は歪な目で見れば自己愛の使徒とも云える。


 死ね———ひとりでに唇が動き、呪詛を紡ぐ。


 死ね———殺意と戦意が交じり合い、戦場を混沌へと貶める。


 死ねッ———!! 煤けた装甲が宙に散り、霧散した。


 此奴を殺さなければ己は前に進む事ができないのだろう。呪いのように己が過去を縛り付ける天敵を打破する為に、命を賭ける。血反吐を吐き、激痛に悶えても戦意は衰えるどころか更に燃え上がり、思考を死へ誘おうとする。


 戦いの手は止まらない。意思を踏み砕こうとする脚は時間と共に高々と振り上げられ、骨を軋ませながら振り下ろされる。その瞬間に血管が破れ、真っ赤な血が皮膚の下に広がった。


 「どうしたどうした!! もっと抗わなければ、もっと戦わなければ、無意味に死んじまうぞ⁉ 何も守れず、救えず、受け継ぎも出来ねぇ虫けらだと思わせないでくれよ!! ダナン!!」


 「———ッ!!」


 顎を蹴り砕かれ、首を鷲掴みにされたダナンは瓦礫の中に身を沈める。


 「立て」


 「……」


 「立て、立てよダナン! ハリー、ハリー、ハあァリィーッ!! この程度なのか? 俺が信じた可能性は、俺が求めた永遠がこの程度で終わるワケがねぇ!! 頼むぞ? なぁ……ダナン」


 震えながら立ち上がり、装甲を解除したダナンの腹にダモクレスの脚が突き刺さる。肉と臓物が滅茶苦茶に掻き回され、脳を焼く激痛に叫び声をあげた青年はへレスを握り締める。


 「あぁそれでいい……まだ死んじゃいねぇだろ? 生きてるのなら、動けるのなら、戦え。死に物狂いで戦って俺を殺せ。お前なら出来るだろぉ? 出来ると言えッ!!」


 「黙れ……ッ!!」


 ダモクレスを殺せないと、やはり無理なのかと、ダナンの心が怖気づく。相手は最恐最悪の完全機械体。無理を通すには理不尽を強いねばならない。


 「ダァモクレスゥウッ!!」


 今まさにコード・オニムスの起動を覚悟し、戦闘支援AIに指示を与えようとしたダナンの背後からアディシェスが飛び込んでくる。


 「消えろ!! 三下!!」


 電磁バリアとクロ―がアディシェスを裂き、人工血液がダナンの顔に飛び散った。錆鉄混じりの不快なオイル臭さが鼻孔を刺激し、頭部装甲の奥にある濁った瞳が青年を一瞥する。


 「……全然」


 「なに、が」


 「全然……奴に似てないではないか。丸っきり、別人……いや、ただの餓鬼か」


 「何を言ってッ!!」


 「小僧、ルミナを持っているな? それも……私とは別の、聖なる蟲を宿している筈だ」


 「ッ⁉」


 素早く身構えたダナンとは別に、アディシェスは傷口を黒い線虫で修復すると電磁パルス弾頭をダモクレスの額に押し当て、


 「一時休戦だ……この小僧に用事が出来た。悪く思うなよ? ダモクレス」


 「待て———」


 起動スイッチを押し込む。


 妨害兵器により身体が麻痺したダモクレスは電磁バリアの上に重層防壁を展開し、憎々し気にアディシェスを睨む。聖戦を邪魔されたとばかりに怒り狂う機械体を尻目に、ダナンを両腕で抱えたアディシェスは全速力でバーニアを吹かす。


 亡霊と呼ばれ、戦争による死を求めるアディシェスにとって撤退は恥ずべき行為である。だが、それ以上に確かめねばならないことがあった。


 ダナン……過去の友人の名を語る青年の身元を、ルミナに選ばれた者を知らねばならない。廃ビルの一室へダナンを投げ入れたアディシェスはグロテスクな肉の槍を眉間に当て、


 「貴様はなんだ? 小僧」


 と、冷たく言い放つ。



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