煤けた焼死体が、焦げ付いたビルの外壁に張り付く。数多の死を築き、殺意を振り撒きながら大地を揺らすダモクレスを見据えたダナンは唇に張り付いた血を拭い、鋼の指を折り曲げる。
「おいおい何だぁ? 新しいお友達か? ダナン」
「……」
「黙ってねぇで何とか言えや!! えぇッ!?」
波動砲の銃口にエネルギーが充填され、反重力物質が形成される。瓦礫の屑が宙に浮き、細かな紫電が火花を奔らせ塵を焼く。圧倒的破壊力を誇る兵器に対抗できるのは同じ兵器……機械腕に内蔵されている小型波動砲を展開したダナンは、戦闘支援AIであるネフティスへエネルギー管理の指示を下す。
『敵波動砲エネルギー充填率45%、ダモクレス発射準備状態へ移行』
半分にも満たないエネルギーでも周囲の空間が曲がり歪む。ピリピリと焼け付く肌の痛みを堪え、波動エネルギーの完全充填を待つダナンの前にアディシェスが立つ。
「巻き込まれるぞ!?」
「そうだな」
「其処を退け! 早く!」
「波動砲の一撃ならばあと二回は耐えられる。小僧、これは賭けだ。それも分が悪い……胴元が有利な博打。いいか? 私が盾になっている間、貴様がダモクレスの決定的な弱点を見つけるか、聖天使が来るのを祈るのか。何方にせよ、鍵は貴様だ小僧」
「……」
「ごちゃごちゃ話してんじゃねェッ!!」
辛坊堪らんと波動砲の引き金ダモクレスが引いた瞬間、アスファルトをも消し炭に変える光が二人を襲う。皮膚を裂き、肉を溶かす熱の中で、アディシェスの背後に立つダナン。その目は極光の脆弱点を捉えていた。
迷っている暇は無い。溶けた装甲が頬に当たり、骨肉を焼く。狂ってしまった方が楽だと、博打に負けても仕方ないと心が叫ぶ。だが、命を削りながら身を呈するアディシェスを一瞥したダナンは波動砲の銃口をダモクレスに向ける。
一撃だ、一発で勝負の二割が決まる。波動を極限まで引き絞り、一筋の光りを照射したダナンの極光は大型波動砲を突き破る。
一瞬何が起きたのか分からなかった。全てを捩じ伏せ、飲み込む砲門が破壊された現実に驚愕せざるを得ない。だが、それでいいとダモクレスは状況を瞬時に理解すると醜悪な笑みを浮かべる。
そもそもこれは牽制用の破壊兵器なのだ。邪魔なビルを消し飛ばし、逃げ惑う邪魔者を殺す為の武装。戦闘は波動砲という大火力一つに頼るべきではない。火を吹く波動砲を装甲から弾き飛ばし、ダナン目掛けて電磁槍を投擲したダモクレスは、肉の装甲を纏うアディシェスと激突する。
「死に損ないがッ!! 俺とダナンの戦いに割って入るんじゃねぇ!!」
「悪いがそれは出来ない。小僧と私は同盟を組んでいるからな」
「同盟だとぉ?」
「そうだ、端的に言えば貴様を殺す為に組んでいるんだよ」
筋繊維が引き千切れる耳障りな音と、血が噴き出す濁音。右手に肉の槍を形成したアディシェスが肉装甲を焦がしながら電磁槍を受け止め、重金属をバターのように溶かす電磁クローに引き攣った笑みを向ける。
後悔は無いと言えば、それは嘘になる。望んでいた戦争が別の形に置き換わり、一対一の戦いではなくなったことに違和感を覚えてしまう。
槍を激しく打ち据え、肉の下にある装甲から金属片が舞った。火花を散らす街灯に煌めく金属片は、仄暗い闇と相まってマリンスノーにも見える。怒り狂ったダモクレスは攻撃速度を徐々に上げ、アディシェスの戦いを支えている生命維持装置へ強烈な一撃をお見舞いすると、外骨格ごとビルの外壁へ蹴り飛ばす。
「死ねよ亡霊、テメエの顔も見飽きたぜ」
「……亡霊、か」
「そうだ、テメエを亡霊と言わず何と呼ぶ? 骨董品の外骨格に支えられ、死に場所も見つけられず、ただただ死にたいと喚く奴は生者じゃねぇ……亡霊、いや違うな」
屍鬼とでも言うべきか? 獰猛な殺意を宿した機械眼が半壊した外骨格を睨む。
「……貴様の言っている事は尤もな意見だろう」
「で?」
「私が亡霊なら、貴様は修羅を嬉々として歩む悪鬼だろうな。自分が大切で、自分以外の人間は餌か何かとしか見ない外道……。だが、お笑いだなダモクレス」
「……」
「お前は弱い……何故だか分かるか? えぇ?」
「黙れよ、塵屑が」
「ハ、怒ったな? 怒ったよなぁ? 頭にキタのか? それともお前自身を知られるのが嫌なのか? 興味の無い人間に、塵か滓ほどにしか見ていない私に……亡霊如きに中身を知られるのが嫌なのか? ダモクレス」
頭部装甲の鋼を割り、外骨格に包まれた身体を滅茶苦茶に貫いたダモクレスの耳に掠れた笑い声が張り付いた。
「わた、し、程度の人間に……なにを、熱くなって、いる」
「底が知れたなぁ、亡霊」
「……」
「そんなに死にてぇのなら、殺されてぇのなら、俺が出来る最高の弔いはテメエを殺さないことだ。俺に殺されてぇんだよな? 戦争の中で死にてぇんだよな? なら生きたまま死ね。死んで生き続けろ。良かったじゃねぇか、死に場所を見つけられて。なぁ? 塵屑」
「底が知れたのは」
貴様の方だ。瓦礫に身を隠すダナンがへレスを抜きながらダモクレスの電磁バリアを斬り裂き、赤熱する機械腕を黒鉄の装甲に押し当てる。
「奇襲たぁ全く芸の無いことをするなぁ、無駄だってのが分からねぇのか? ダナンッ!!」
脇腹を蹴り抜かれ、大量の鮮血が青年の口から零れ落ちる。奥歯を噛み締めながら血走った目で機械体を睨み付けたダナンは、
「殺すなら、殺せるなら、やるべきだろうがよッ!!」
もう一度波動砲を撃ち放つ。
下層街全体を揺るがす波動の光りがダモクレスを襲い、鋼鉄の空を焼く。冷却も何もかもを投げ捨てた一撃は機械体から伸びた緊急防壁に防がれてしまう。
致命傷に迫る傷を負っても、機械腕が破壊されても、それは全てルミナが修復するものだと思い込んでいた。しかし、木っ端微塵に吹き飛んだ鋼の義肢はダナンの思惑とは別に塵となって消え失せる。
冷えた汗が背中を伝い、じっとりとした脂が額に滲む。失った右腕の付け根に触れ、腹を電磁クローで貫かれたダナンはアディシェスとは別方向……墓地の跡地に投げ飛ばされる。
『黒鋼・零式完全崩壊。ルミナとの接続を永久的に切断。敵機械体生存、ダナン撤退を』
「……」
『戦闘続行は不可能です。即時撤退を』
「……駄目だ」
『その選択は非合理的です。ダナン、合理的な選択を』
「駄目だって言ってんだろうがッ!!」
心底嬉しそうに、戦いに意味を見出したダモクレスはダナンに接近し、頭を掴み上げると笑い狂う。
「そうだ、この程度で死ねねぇよなぁ⁉ お前だけが俺を殺せるんだよ!! 亡霊でも、死霊でも、屍鬼でも何でも生きた人間だけが俺を殺すことができる!! 戦え、抗え、生き延びろ!!」
ドス黒い瞳と機械の瞳が交差する。煮え滾る怨恨が精神をいたぶり、狂おしいまでの殺意が互いの命を狙い合う。
相思相殺……その言葉がピッタリだ。殺したいの殺せない、殺せないのに殺したい。それは殺気を纏った相思相愛の関係性に近く、死という明確な終わりが二人を分かつまでに設けた願いの対価。
へレスを振り上げるも腕を圧し折られ、蹴りを入れても鋼の装甲に防がれ意味は無し。吼え狂う意思があろうとも、牙を抜かれた獣は駄獣に成り下がる。それが命を賭けた戦い……戦争の名を持つ無慈悲な女の面なのだから。
「死ぬか生きるか……まだ見せてくれるよな? 俺にお前を見せてくれ、なぁ……ダナン」
そう言って、ダモクレスの電磁クローがダナンを引き裂こうとした瞬間、銀の翼が凶刃を受け止め、
「一人で突っ走らないでよ……ダナン。一人で戦うなって言ったのは貴男の方でしょ?」
銀の少女……イブがダモクレスと刃を交えた。