頬を焼く熱線と飛び散る火花。大地を揺らす轟音が鳴り響き、ビルの外壁がレーザーの熱で溶け落ちる。
獰猛な殺意を眼に宿し、武器を手に襲い来るダナンとイブ、アディシェスを見据えたダモクレスは電磁クローの刃を振り下ろす。空を裂くプラズマが塵を煤へ変え、鋼の装甲を穿ち罅を走らせた。
戦え―――ダナンを蹴り抜き、イブの銀翼を握り砕く。
戦え―――二人の盾として立ちはだかったアディシェスを焼き払い、肉の装甲ごと電磁槍で貫き、細胞の一片も余すことなく焼き尽くす。
戦えッ!! 倒れて尚立ち上がり、己が命を狙う三人を一度に相手するダモクレスは、歓喜に打ち震える心を掌で握りしめ、滾る熱に狂う。
戦場とは命の奪い合いであると同時に、本能が垂れ流す言葉を聞く場でもあるのだ。今こうして敵が命を奪うことを願い、打倒に全身全霊を賭けることを本能の祈りと言わず何と言う。理性のブレーキを外し、心の内を吐露しながら死を乞い願う戦意こそが、人間という生物がひた隠しにする本音に違いない。
イブと呼ばれるダナンの番も捨て難い……口では強い言葉を吐きながら、心の内に一人では抱え切れぬ迷いと葛藤を孕んでいるのだから。己の心が分からない愚者と違い、それを理解しながら本気に成れぬ者は美しい。
アディシェス……こいつだけは許容できる者じゃない。亡霊と自己を認識するならば、墓に入って腐り死ねばいい。過去に縋り、過去を追い、過去へ思いを馳せる戦争中毒者。死にたいのなら一人で勝手に死ね、誰かに命を預けるな。
だが、この二人以上に己が心強く惹き付ける存在は……やはりダナン、貴様なのだろう。貴様が戦場に身を捧げ、血を流す故に我は此処に在る。
名を受け継いだが故に奴の生き様を模倣するのか、名を持ちながら別の道を歩むのか……。その刃は誰の為に在り、その殺意は誰に向けられるというのだ? 分からない、理解りたい、教えて欲しい……。だから、
「その程度じゃぁ俺を殺せねぇぞ!? お遊戯じゃねぇんだよ、ダナンッ!!」
本気で俺を殺せ、ダナン……否、名も無き男。
「どうしたどうした!? 立ち止まるな、動き続けろ、足掻いて藻掻いてみせろッ!! じゃなゃ死んじまうぜ?」
「ダナンッ!!」
「伏せろ小僧ッ!!」
「ッ!?」
ダモクレスの方からレーザー・ライフルが分離し、補助脳に保存された思考パターンを読み取り、空中を自由自在に動き回る。
イブとアディシェスの声に目で応えたダナンは、足を撃ち抜こうとするライフルの銃口から必死で身を逸らす。だが、彼の動きを読んでいたかのように太腿をレーザーで撃ち抜かれ、瓦礫の上に転がったダナンは血液混じりの唾液を吐く。
勝てるわけが無い……怯える心がそう嘯き、戦意を挫こうと涙を流す。
強いとか弱いとか、そんなレベルの話をしているんじゃない。生物としての格が違うのだ。完全機械体や生身の身体など肉体の改造段階を抜きにしても、精神性が全く違う。ダモクレスを凶暴性だけが残された猛獣だとしたら、己は人間そのもの。戦いにすらならない。
敗北の二文字がダナンの脳裏を過ぎり、頭を振って否定する。三人がかりでも駄目なら、次の手を考えるべきだ。決定的な一撃でなくとも、塵を積もらせ山にしろ。
ルミナによる回復を急ぎ、レーザーを首の皮一枚で避けたダナンは血を吐き捨て、機械腕を軋ませる。エネルギー・ブレード『光芒』は敵兵器のエネルギーを吸収し、それを己の力に変える特性を持っている。ダモクレスに刃や銃弾を当てるには電磁バリアを剥ぎ、超硬度アーマーを破壊しなければならない。
「―――ッ!!」
電磁クローをヘレスの刃で断ち切り、アーマーを焼くエネルギー・フィールドの熱に呻く。醜悪な笑みを湛えるダモクレスを睨み、銀翼の壁に身を隠したダナンは「イブ!! 俺が前に出る!! お前はダモクレスの電子制御機構をクラックしろ!!」と叫ぶ。
前に出る? これ以上の前進は身を滅ぼす最悪な選択だ。目を白黒とさせるイブを他所に、ダナンは光芒を展開するとダモクレスの電磁バリアを斬り裂き、ヘレスの刃を電磁クローと交差させる。
「アディッ!! ぼさっとするな!! お前もルミナを、俺と同じように再生できるんだろ!? なら一歩も退くな!! 殴られても、蹴られても、貫かれても―――イブのクラックが終わるまでダモクレスに取り付け!!」
腹を蹴り抜かれ血が吹き出ようと、腕を飛ばされ顔を歪めようと、臓物をぐちゃぐちゃに掻き混ぜられようと……全身に線虫を這わせたダナンは後退すること無く電磁バリアを打ち消し、イブの為の道を作る。
悪鬼羅刹なんて言葉は生易しいとさえ感じた。血が血を呼び、絶対に殺すという意志さえ感じる修羅道を超えた血肉の道……冥府魔道、死へ驀進しながら敵の死を呼ぼうとする様に戦慄さえ覚えたアディシェスは、吹き飛ばされるダナンの腕を掴む。
「小僧、貴様狂っているのか?」
「狂っちゃいないッ!!」
「私には狂っているようにしか見えんがな」
「ならッ!!」
顔を鮮血で濡らし、アーマー全体を真紅に染めたダナンは焼き焦げながら、
「狂わなきゃコイツを殺せないッ!! アディ、俺はマトモだ!! マトモだから絶対に殺せる策を選ぶんだよッ!! 逃げるな、退くな、諦めるなッ!! 勝てるだろ!? 俺達なら!!」
電磁バリアの隙間を縫って飛び込んできた銀翼を握り、黒鉄の装甲に突き刺した。
「イブ!!」
「ッ!! えぇ!!」
狂え叫ぶほどの激痛が痛覚を刺激し続け、脳細胞を焼き溶かす。電磁バリアの中は外敵を迎撃する為のプラズマが咲き乱れ、ダナンという異物を排除しようと紫電を迸らせていた。
「———」
力任せの無謀な策、無意味だと唾棄すべき愚行、ただ一つの手段を実行する為にどれだけ身を削るつもりだ?
「———」
この程度ではない筈だ。もっと頭を回せ、持てる武器を全て使え、何故命を散らそうとする?
「———」
だが、これでいい。死力を尽くし己を打倒するも良し。精神が壊れ、力尽きてもお前ならまた立ち上がれる。ならば戦え、死を以て己を殺してみろ。奴とは違うと証明して見せろ。
「ダナン、そうだ、お前がダナンならばこの俺に勝機を見出せ!! お前は何だ? お前は誰だ? 言ってみろッ!!」
「俺は———ダナンだッ!! 違うとは言わせねぇぞッ!! ダモクレスッ!!」
「そうだ」
お前が自分をダナンと言うのなら、そうなんだろうよッ!! 電磁バリアを剥がされ、ギリギリのところで電子制御機構を守り抜いたダモクレスは、失った防衛システムの代わりを展開する。
鉄壁の装甲の上に更に特殊装甲を重ね、顔も黒鉄のフルフェイスで覆ったダモクレスは真紅の機械眼を光らせる。その姿は正に鋼鉄の巨兵、機械体という枠組みを超えた一つの完全兵器。内蔵武装を乱射し、照り輝く爆炎を広げたダモクレスは業火の中からゆっくりと歩み出て、
「さぁ、第二ラウンドといこうぜ? ダナン……そして、背中を守る塵蟲共」
くぐもった笑い声をあげる。
「……イブ」
「……なに?」
「コード・オニムスを発動する。サポート……頼む」
「貴男、この短時間での連続発動は!!」
「それでもだ。頼む、お前にしか頼めない」
「……五分よ、それ以上はどうなるか私でも分からない」
「悪いな。アディ」
「……」
「劣化ルミナを制御できるか?」
「切り札だ」
「……」
「切り札……ジョーカーは切るべき時に切らねばなるまい。ダナン」
「……なんだ」
「もし私の劣化ルミナが暴走した時、後は頼む。本来ならばダモクレスと相打ちになる覚悟だったが……事情が変わった。貴様が私を殺せ。いいな?」
「……あぁ」
真紅の装甲を纏い、銀翼を背に突き立てられたダナンはダモクレスを見据え、背部ブースターを吹かした。