どうしてこうも戦場は己に新たな視点を与えてくれるのだろう。
血を吐きながら絶望を超越しようとする青年、敵として見るべきだった者を信じようとする老人、傷つき迷いながら進もうとする者を支える少女……全ての殺意が己に集約し、打倒しようとする意志が激烈な戦いに意味を齎すのだ。
苦痛に歪む頬を穿ち、生温かい鮮血を浴びながら狂気に染まろうではないか。鋼の唸りを響かせながら死を求め合おうではないか。凶弾と凶刃を交えながら殺し合おうではないか。奪い合い、混じり合い、狂い合う……その中にこそ真の意志が芽生え、人間の本性が表れる。故に、死合おう。命尽きるまで、永遠に。
ダモクレスのブースターが火を噴き、スラスターを展開して無限軌道の弧を描く。圧倒的な巨体からは想像できない動きでダナンに接近した機械体は、鋼の拳にショック・ボルトを纏わせ薬莢を弾き出す。
一撃で高層ビルをも粉砕する破壊の拳。ヘレスの刃を突き出したダナンは熟練の格闘家の如く身を退いたダモクレスに迫り、高速で動き回る鋼の巨体に喰らいつく。一度距離を離されたら先回りし、退路を塞ぎ合う二人の戦いは正に死の舞踏。一瞬の隙を突き、レーザー・ライフルの自律射撃を行ったダモクレスは、アディシェスが投げ放った装甲を掠める肉の槍を一瞥する。
「外したなぁ……外すくらいなら歯向かうなクソダボがぁッ!!」
「元より当たるとは思っていない。ダモクレス、貴様の目を逸らせれば十分なのだよ」
音速を超えたダナンの蹴りが音を置き去りにして、ダモクレスの頭部装甲の一部を砕き割る。めり込んだ爪先を掴み、勢いよく振り回した機械体は青年を地面に投げ飛ばす。
「今のは効いたぜぇ……ダナン。成程、本格的に俺を三人で殺るつもりなんだな?」
「……」
「何とか言えやぁッ!!」
瓦礫の上に倒れていたダナンはブースターを吹かす。その瞬間、彼が倒れていた場所に電磁槍が突き立てられ、地中に埋没する電子機器を媒介に高圧電流を噴出させた。
「———ッ!!」身体を駆け巡る激痛と細胞を焼く雷の刃「ッ!!」口から煙を吐き、ドス黒い瞳を焦がしたダナンは気を失いそうになるが、奥歯を噛み締めながら再び大地を蹴る。
これでハッキリした。ダモクレスの狙いは己の命であると確信する。己以外の存在を塵屑と断じ、相手をする価値が無いと……奴はそう思っているに違いない。
『コード・オニムス、残り時間四分。ダナン、急いで下さい』
「……」
『ダナン、答えてください。策はあるのですか? 無意味で無謀な戦いに勝ち目はあるのですか? ダナン、貴男は』
「勝てない筈が無いッ!!」
『……』
考えろ、電磁バリアを剥いだこの瞬間が最初で最後のチャンスなのだ。絶対的な耐久力を誇る装甲を貫く為にはへレスの刃が有効で、エネルギー・ブレードも手段の一つに入る筈。ナパーム弾の炎を突き破り、上空へ飛び立ったダナンはショック・ボルトを拳に纏わせるダモクレスを見据える。
「アディッ!!」
ソニックブームを引き起こしながら投げ放たれた肉の槍を掴み、ダモクレスの装甲を突く。槍の中央部が嫌な音を響かせ、真っ二つに折れるが関係ない。一瞬の隙を作れればそれでいい。
身体を跳ね飛ばす衝撃を反動に変え、イブの銀翼に手を掛けたダナンはダモクレスの背後に回り、光芒の刃を迸らせる。光の軌跡を描きながら特殊装甲を斬り裂き、その奥に在る黒鉄の本体装甲にまで刃を届かせようとした瞬間、ダモクレスの機械眼が真紅に輝き獰猛な殺意を宿す。
「一歩だ」
恐怖という感情が人間を成すのなら、
「足りねぇんだよ、ダナン。俺を殺すにはまだ足りねぇ……分かるか? えぇ?」
彼の機械体はその感情を知らない。知り得ない。
ダナンの首を掴み、地面に叩き付けたダモクレスは白煙を噴き出し静かに笑う。
「死への欲望は生を満たせない。殺意は命を生まず、命は絶えず死を求める。ダナン、お前は何故俺を殺そうとしているのか、どうしてそんなに生きていたいと思いながら戦いに身を投じるのか……。自分を理解出来ねぇ奴が、自分さえ信じられねぇ奴が、俺を殺せるかよ。なぁ、ダナン」
「……」
ダモクレスが言っていることは間違っていない。ダナンがどれだけ戦意を滾らせようと、燃え盛る狂熱に身を焦がそうと、生きていたいという欲求を持ち続ける限り、彼の戦いは死闘に成り得ない。
心の奥底を覗き込むように機械眼を輝かせ、頭を踏み付けたダモクレスは襲い掛かるアディシェスとイブをいとも容易く一蹴する。銀翼を弾き飛ばし、肉の槍を殴り砕き、ただ静かに笑うだけ。その笑みには既に歓喜の心は何処にも無く、空虚な疲れを見てしまう程。
「本気を出せねぇのなら仕方ねぇ……ダナン、お前の大切なモノを奪えばいいのか? あの男のように、お前はもう一度失えばいい」
「何……だと」
「下層街じゃ何も可笑しなことじゃねぇ。弱ければ失って、強ければ奪える。分かるよなぁ? いや、理解している筈だ。お前だってそうやって生きて来たんだ。自分だけが例外じゃねぇ……そうだろ?」
飛び掛かるイブの腕を掴み、四肢を切断する。鮮血の雨が降り注ぎ、少女の絶叫がダナンの鼓膜を叩く。
「先ずはコイツからだ、内臓を穿り出して犬の餌にでもしてやろうか? あぁ、この餓鬼を殺したら次はお前の仲間も殺してやるよ。一人になったお前がどうやって生きるのか、また復讐鬼に堕ちるのか……見ものだなぁ」
「———」
血が煮え滾るように熱かった。奥歯が砕け、血の臭いが充満する。
「立てよ、まだ戦えるんだろう? なら立ち上がれ、何度でも牙を剥けッ!! そうだ……あの赤毛の餓鬼みたいに肉欲の坩堝に売り飛ばしてやろうか? リルスも、拾った餓鬼も全員———」
「今」
「あぁ?」
「今、何て言った」
「売り飛ばすって言ったんだよ、赤毛の餓鬼みたいにな」
刹那、イブを掴むダモクレスの腕が断ち斬られ、人工血液が噴出した。
「———あぁ?」
「……赤毛の餓鬼って、武器屋の娘か?」
「……そうだ、死者の羅列に金を借りて、俺等への金も払えなくなった馬鹿者共。両親は連中が連れてったが……娘は俺が売った。なんだ? 知り合い」
「黙れよ、ダモクレス」
ダナンの冷たい言葉に口を閉ざし、瞳の奥に燃える玲瓏な殺気を真っ直ぐ見る。
「……アイツが死んだのは納得できた。殺したのも俺だ」
真紅の装甲が機械腕に蓄えられたエネルギーを吸収すると、空気をも揺らめかせる熱を纏う。
「爺さんが死んで、お前の組織の構成員を殺していたのもタダの八つ当たり。ダモクレス、言ったよな? 自分が奪う側であると同時に、奪われる存在だって。なら……俺はもう奪われないし、失わない。アイツの……セーラの仇を取ろうとも思わない。だが」
この手に握った命だけは……手放さない。
『コード・オニムス———イグニッション。起動時間延長……機械腕レスク・ウィアと体内ルミナを接続……完了。エネルギー供給及び熱エネルギーへの変換を開始......成功。ダナン、指示を』
イブの肩を抱き、ドス黒い瞳に電子の粒子を煌めかせたダナンは大きく息を吸い、
「コード・オニムス・イグニッション……アクセスッ!!」
完全融合に達したルミナに命令を下す。
真紅の装甲が鮮やかな緋色を帯び、心臓を守る胸部装甲から結晶を思わせる血脈が広がる。機械腕の上には生体融合金属から成る特殊装甲が形成され、ルミナの集合体であるコアが掌に現れる。
「何の為に戦うか……あぁ、やっと分かった。ダモクレス、聞かせてやるよ。俺が戦うのはな……守りたい奴を生かす為だ。だから……その為に死ねよダモクレス。邪魔なんだよ、俺達が生きる道に立つんじゃねぇ」