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狂える狩人達 上

 荒々しくも流麗で、不格好ながらも何処か端正な緋色の装甲。灼熱のエネルギーを装甲内部で循環させ、周囲の空気を歪ませたダナンは四肢の再生を急ぐイブを一瞥する。


 「……ダナン」


 「イブ」


 「……」


 「悪いな、本当に……色々と」


 瞳に映る色は闇より深いドス黒さで、奥に見えるは玲瓏に狂う炎のような殺気。ダモクレスが宿す執念から成る殺意と比べれば、ダナンが持つ殺意は彼と似ているような気がした。


 「もう少しだけ、力を貸してくれないか?」


 「……」


 「また傷を負うかもしれないし、死ぬ可能性の方が高いのかもしれない。けど……ダモクレスを殺すには俺一人だけじゃ駄目なんだ。俺だけじゃ……奴に勝てない」


 慈愛の一欠片も無いドス黒い瞳には殺意の他に憎悪や憤怒が蠢き、言葉一つ切り取っても絶対に敵を撃滅するという強い意志を感じた。己よりも格上で、下層街最強の生物をどんな手を使ってでも殺す。静かに低く、淡々と話したダナンがイブの肩を握る。


 強くなければ生き残れない。弱ければ無惨に殺されるだけ。だが、それ以上に……強くても弱くても、戦わなければ命一つも守れない。自分の為に戦っても誰かを守ることは叶わず、誰かの為に戦おうとも自分自身を追い詰めるだけ。ダナンの瞳からその想いを汲んだイブは、細い指で熱を滾らせる装甲を撫で、


 「さっきも言ったでしょ? 自分一人で戦わないでって」


 「……」


 「正直言えばダモクレスは規格外の化け物よ。私一人で戦っても勝てないのは分かってるし、貴男がどれだけ抗っても押し潰されるのが関の山。ねぇダナン……貴男は自分が勝てると思ってる?」


 「いいや」


 「なら……どうやって勝つの?」


 「二人でやるんだ。いや……アディも入れて三人か」


 「それでも負けそうだったじゃない」


 「死なない限り負けじゃない。俺達は……生きている」


 イブを地面に下ろし、ダモクレスを見据えたダナンは「アディッ!! 仕掛けるぞッ!!」と叫び、大地を蹴る。


 緋色の軌跡が光を残し、仄暗い闇を照らす。青年の再起動に歓喜する機械体は拳を握り絞め、ショック・ボルトの電流を鋼に纏わせる。


 自らの命を賭して戦う様は、死を受け入れようと願う愚者である。他者の為に生を投げ捨て、明日を望まぬ者に価値は無し。


 どれだけ口では生を訴え、闘志を煽ろうとも心が屈していれば意味は無い。真の戦闘者とは最期まで勝機を捨てず、圧倒的な敵に挑もうとする強者であらねばならないのだ。


 先程までのダナンはダモクレスから見れば愚者なる死にたがりに過ぎなかった。仲間を生かしたいからと身を刻み、命を擦り減らしてでも絶望に立ち向かう無意味な蛮勇。自分の命を捧げてでも戦いに終止符を打ち、敵を殺そうとする悪鬼。それがダモクレスの眼に映っていたダナンの戦いだ。


 しかし、今は違う。守るために命を賭す戦いから、守って生き残る戦いはワケが違う。その違いに至り、勝つ為の戦いに切り替えたダナンにダモクレスは過去の幻影を重ねる。


 奴の生き様をなぞりながら、それとは別の道に進もうとする者の敵に成りたかった。


 強者であるのに弱者を守り、自分なりの正義を貫こうとする男が眩しくて直視出来なかった。


 奴の精神を砕き、間違っていたと挫いてやりたかった。


 己の言葉が正しいと、生き方は間違っていないと、奴の存在こそが下層街の異物であると示したかった。それは奴……先代ダナンが残した者に刻み込まねばならなかったのだ。


 「ダナン……」


 刀剣ヘレスを機械腕に組み込み、エネルギー・ブレードの出力を増幅させたダナンを睨み、


 「ダナン……ッ!」


 装甲を削られながらミサイルポッドを乱射したダモクレスの機械眼が光に眩むと、クロスカウンターの形でダナンの頭部装甲を殴り、緋色の破片を飛び散らせる。


 「ダナンッ!! 俺は此処に居るぞッ!!」


 「見えてるぞッ!! ダモクレスッ!!」


 見えている……か。含んだように笑い、鮮烈な死闘に心踊らせたダモクレスは片目を灼いたブレードを一瞥する。


 「奴なら一人で俺を殺そうとしただろうよッ!! だが、テメエは仲間と俺を殺そうとするッ!! なら違うな、テメエはアイツじゃねぇ……全くの別モンだ!!」


 ダナンの背骨を砕く為に拳を振り上げ、薬莢を弾き出した瞬間アディシェスが彼の盾になる。電流を迸らせた鉄拳は一撃でアディシェスの肉装甲を粉砕し、木っ端微塵に吹き飛ばそうと更なるエネルギーを拳に溜め込む。


 「吹き飛べ―――亡霊ッ!!」


 「切り札は……取っておくべきだろう? ダモクレス」


 砕かれ、罅割れた胸部装甲に一つ目が見開くと同時にアディシェスが纏う外骨格の形態が音を立てて変わり始める。


 「鬼を討つのは何時だって人間だ。神殺しの逸話も人に在り、悪魔を滅ぼす者もまた人の手によるものだ……。ダモクレス、貴様が私を亡霊と呼ぶのなら、それを甘んじて受け入れよう。だが……貴様もまた悪鬼修羅。私達は……人の手によって討たれねばなるまい」


 「禅問答でもする気かぁ? 死ねば全部同じだろうがよッ!!」


 「死した後に残すべきモノもある。分からんか、貴様には……ダモクレスッ!!」


 戦いとは分の悪い賭けだ。生きるか死ぬかの二つに一つ。勝てども勝てども死地は待ってはくれず、負ければそこで命は尽きる。


 一つ目から伸びた血管がアディシェスの強化外骨格を覆い、純白を赤に染める。劣化ルミナの適合レベルを無理に引き上げ、人為暴走を引き起こす外法。圧倒的な力と引き換えに自我と命を使い潰す。


 「……ダナン」


 友人と呼べばいいのか、顔見知りと呼べばいいのか……緋色の装甲を纏う青年を一瞥したアディシェスは、真っ赤に染まった眼から血の一雫を流し、


 「負けるなよ、運命に。勝てよ、その宿命に。後は頼んだ」


 禍々しい騎士甲冑の形態へ変化すると、丸太を思わせる肉の槍を構え、ダモクレスの右胸を貫き駆ける。


 「アディ―――」


 『劣化ルミナの反応を確認、クリフォト汚染拡大、個体名称4i.Adyeshach。劣化ルミナ・アディシェスの顕現を確認。セフィロト・カウンター起動要請、知恵の果実への接続を開始します』


 「ダナンッ!! 迷わないで!!」


 「ッ!!」


 「今此処で劣化ルミナ・アディシェスとダモクレスを倒さなきゃ、此処で覚悟を決めなくちゃ、全員死ぬわ!! ダナン!!」


 ネフティスの声が脳に響き、イブの叫び声が鼓膜に木霊する。奥歯を噛み締め、赫々とした生体眼球に鈍色の光を宿したアディシェスを見据えたダナンは、


 「セフィロト・カウンター起動ッ!! 全部、此処でケリを着けるッ!!」


 ネフティスに指示を下す。


 『了解、セフィロト・カウンター起動。クリフォト汚染計測……拡大。一刻の猶予もありません。至急劣化ルミナ・アディシェスの鎮圧を願います。ダナン、イブ』


 歪な音を立て、半人半馬の機械生命体となったアディシェスは、湧き上がる破壊衝動のままに居住区を破壊する。


 最早彼には人の意思は無い。思考を捨て、残った命をダモクレスを殺すためだけに燃やす赤黒の騎士……ケンタウロスを連想させる姿に変形したアディシェスは、肉の矛先にぶら下げたダモクレスを無造作に投げ捨てる。


 「———クク」


 ダモクレスが不遜な笑みを浮かべ、穿かれた胸部装甲を指先で撫でる。笑みは次第に笑い声に変わり、ゲラゲラと大声で笑い狂ったダモクレスはアディシェスを睨み付けると、


 「ルミナ……あぁそうか、名前の割には醜悪な姿だなぁ? えぇ? 大戦の遺物がッ!!」


 機械の牙を剥き出しにして、鋼を軋ませながら立ち上がった。





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