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慰めの報酬 上

 殺す為に戦うのか、理解する為に戦うのか……その問いは戦火に紛れ、灰と帰す。


 ダナンを殺すのは己である筈だった。己が力を見せつけ、精神を屈服させてこそ真の勝利は訪れる。だが、それは最早叶わぬ願いなのだ。奴の息子……名も無き餓鬼だった今のダナンを殺しても、己が戦いの果てに命を奪われようとも、意味が無いことは十分に理解しているつもりだ。


 黒騎士と刃を交え、緋色の装甲に身を包んだドス黒い瞳の青年……奴は自分の為だけの戦いを止め、誰かの為に命を燃やしている。底無しの生存欲求を力に変え、無駄な死を否定する戦いは己が知るダナンと似て非なる存在だ。ダナン……時代遅れのカウボーイならば、その手で救えるだけの人間の為に戦い、それ以外はしょうがないと、仕方が無いと割り切る筈。


 今にして思えば……己は奴に憧れたのかもしれない。下層街では在り得ない生き方に、弱者を食い物にしようとしない強さが眩しかった。奴の命を奪えばその心を知ることができると思った。命を削り合い、奪い合う戦いでダナンの心を覗き込むことができると信じていた。だが、それは一方通行の腹の探り合い。片思いの女が抱く疑心に満ちた暗中模索と同じもの。


 爆風に乗って迫り来る瓦礫片を殴り砕き、残った左腕から電磁クローを伸ばしたダモクレスはアディシェスの肉の槍を焼き弾く。フルフェイスに隠れた唇に笑みを浮かべながら。


 既に叶わぬ願いなら、知るには遅すぎた願望ならば、この大地に足を着けることさえ無意味に等しいのだろう。殺し合いの中に理解を求める心は矛盾を抱え、戦火に燃える精神は欲望に火を着け熱に狂う。烈火の如く死を振り撒き、全ての敵を粉砕し続けてきたダモクレスはレーザー・ライフルの銃口をダナンに向け、引き金を引く。


 青白い閃光が緋色の装甲を撃ち抜き、輝く破片を散らす。完全機械体であるダモクレスにとって、アディシェスが撒く毒は何ら脅威ではない。しかし、生身の部分を多く持つダナンには劇毒以外の何物でもないのだ。


 「ダモクレス……ッ!!」


 「ダナァン、俺を放っておくなよ? 少しでも止まってみろ、迷ってみろ、死んじまうぜ? 理解してんのか⁉ あぁッ⁉」


 彼の右腕から展開されているエネルギー・ブレードがレーザーの熱を吸収し、光の刃を研ぎ澄ませる。余剰エネルギーは体内を循環しながら、遺伝子レベルにまで融合したルミナのエネルギー源となる。もし遺跡で見つかった情報データが正しければ、ダモクレスがダナンに行っている攻撃は痛みを伴った援護に近い。


 こんな行動は非合理的だ。補助脳が指し示す戦術案はダナンをこのまま見殺しにして、何らかの手段で弱体化或いは戦闘不能に陥ったアディシェスを殺すこと。殺したい人間を生かす方法を取るのはダモクレスとして……否、無頼漢首領として相応しくない。それ以上に機械心臓の動力が激化する戦闘に耐え切れなくなっている。


 戦いの果てはオーバーヒートによる自滅か、強制冷却機能の作動による機械体の沈黙か……燃え滾る人工血液の奔流が装甲を熱し、自動迎撃装甲を展開したダモクレスは足元に忍び寄る黒い霧を焼き払うと腹の底から笑う。


 完全機械体になった時から己の時間は停滞していたのかもしれない。圧倒的な力を手に入れ、下層街最強の男として君臨し続けていた己の最期がこんな結末なんて笑えない。だが、かつて憧れた男の息子が成長する様を見るのも悪くない。空から転がり落ち、空気を歪める熱を発するダナンを見下ろしたダモクレスは何時も通り醜悪な笑みを浮かべ「蠅かお前は。えぇ?」と青年を煽る。


 「黙れ……先ずはテメェから」


 「ハッ、蛆虫如きに何が出来るってんだよ。どうした? 早く立ち上がれよ、おねんねしたままなら敵が待ってくれるのか? 甘っちょろいんだよ、テメエはッ!!」


 ダナンの腹を蹴り上げ、回し蹴りで力の限り蹴飛ばしたダモクレスはその場に突き刺さった肉の槍を見据える。


 「亡霊……戦前の亡霊がよぉ、俺は眼中にねぇってのか? ダナンだけに興味津々ってかぁ? ふざけるなよ……塵屑が」


 肉の槍が不規則に蠢き、黒の刃を形成するとダモクレスのフルフェイスを傷付け、黒鉄の破片を宙へ飛ばす。機械眼に憤怒の色を宿した機械体はブースターを吹かしながらアディシェスに接近し、電磁クローを振り上げ、


 「興味を無くす前に俺を殺してみなッ!! 亡霊ッ!!」


 迸った紫電に胸を貫かれ、黒煙を吐く。


 これは致命傷だ。強靭無比な機械の肉体であれど、急所を突かれれば機能停止に陥ってしまう。揺れる視界と荒れる眼にダナンを映したダモクレスは笑みを浮かべる。


 これでいい、計算通り……とまではいかないが、情報を更新した補助脳がダモクレスに戦術を伝える。その計画に頷き返し「ダナァンッ!! 俺とテメエを繋げろッ!!」と叫ぶ。


 「繋げろ……だと?」


 「そうだ!! 胸糞悪い、忌々しい、馬鹿げているが……時間が足りねぇんだろ? エネルギーが欲しいんだろ? なら俺の機械心臓に蓄えられたエネルギーを使えッ!!」


 逡巡するダナンの下へ転がり込んだダモクレスは、焼け落ちた胸部装甲を開く。様々な機会回路と動力パイプ、配線が入り混じった機械体の奥には、脈動しながら光り輝く半機械部位が存在していた。


 「……」


 「信じられねぇって顔してんなぁ。当たり前だ、俺を信じた瞬間に殺されるかもしれねぇもんなぁ。けどよぉ……今のお前にそれ以外の手があるってんのか?」


 セフィロト・カウンター……ダナンが叫んだ未知の兵器には膨大なエネルギーが必要で、イブと呼ばれる少女の助力も必要な筈。それ等が不必要ならば此処まで回りくどい戦い方をしないし、さっさと戦闘を終わらせている。


 「今のお前の状態を言い当ててやろうか? 満身創痍で成す術無し。違うか? 違わねぇよな?」


 「それがなんだ」


 「なんだじゃねぇだろぉ? おい、使えるモノは何でも使え。自分だけが生き残る為に他者を踏み台にしろ。それが下層街の鉄則で、一つだけ残されたルールの筈だ。なら……使うしかないよなぁ? 今こうして絶好のエネルギー源が目の前に居るんだからよ」


 「……」


 「この機になっても迷ってんじゃねぇぞダナンッ!! 何だ? 俺を殺さなきゃいけないんだろ? あの亡霊を殺せるのはお前だけなんだろ⁉ 分かってるなら動け、理解してるのなら決めろッ!! ダナン、お前は」


 「……ダモクレス、お前は」


 どうして俺に手を貸すような真似をする。その言葉に息を呑み、奥歯を噛み締めたダモクレスは色を失った視界で青年のダナンの瞳を見つめる。


 「お前が俺に手を貸すなんて在り得ない」


 そうだ。


 「俺を殺す為に、俺に殺される為に戦ってきたお前がどうして今になって命を捨てようとするッ!!」


 分からない。


 「信じられるかよ、信用なんて出来るかよッ!! お前は」


 「なら、俺を殺せダナン」


 「……」


 「殺して、殺されて、死に溺れる。潮時だ、アイツの餓鬼に殺されるのも悪くねぇ。そう言えば納得できるか?」


 ダモクレスの剣という寓話が彼の生涯を言い表しているのならば、正にダモクレスの人生はその寓話の通り終わるのだろう。


 権力と力には常に破滅の影が忍び寄り、剣が終わりと宿命を齎す。強大無比な暴力の化身は、己が抱いた憧れと狂気によって心を見失い、己の欲望と願望を終ぞ知り得ぬまま死に至る。


 「ダナン、選べよ。生きるか死ぬか、守るか失うか……。二つに一つだろう?」


 そう言ったダモクレスは、ダナンの機械腕を掴むと接続ケーブルを引き延ばした。


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