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第33話 ベルナデッタの強引なお茶会-1

 ベルナデッタ・ノルベルタは貴族ではない。平民であり、たまたま実家が大富豪だっただけだ。しかし上流階級の教養やたしなみを身につけており、特待生待遇で貴族学校に通っていた経歴も持つ。卒業後は豪商ノルベルタ家の商いを急成長・多角化させ、財閥と呼ばれるほどに押し上げ、今もノルベルタ財閥の顔として王都を奔走している。

 それがベルナデッタに対する一般的な認識であり、よくいる『貴族をしのぐ権勢を誇る平民商人』と見られていた。若くして、女性で、そういうアイコニックなイメージはあまり彼女にはついていない。むしろ、ベルナデッタは大層な努力家であり、現場主義者だ。スマートな風貌とは裏腹に、平民だろうが貴族だろうが同じ扱いをし、それが許される『人たらし』だからこそノルベルタ財閥を発展させられた——それを知るのは家族などの身内や親友として慕うエリカくらいなものだ。

 しかし、それが乙女ゲーム『ノクタニアの乙女』において、各エンディングルートの悲劇を実現してしまえる下地となっていた。どのルートにおいてもベルナデッタは出世する、それも尋常でないほどに。各キャラクターと添い遂げることが一切ないほど、苛烈で波乱含みの人生を送ることが確定している。それはバッドエンドというべきなのか、それともベルナデッタ自身は精一杯行きた大河ドラマ的な物語の結末としてふさわしいというべきか、『ノクタニアの乙女』のシナリオ評価は大いに割れた。GOTYグッドゲームオブザイヤーに推す声もあれば、いやKOTYクソゲーオブザイヤーだろうと議論は白熱し、SNS上では『#ノクおと_シナリオ』、『#ノクおと_BorK』というタグが複数作られて長く争われた。そこへ、エルノルドのトゥルーエンドという隠し要素が明らかにされると、公式アカウントも大手ファンアカウントも大炎上した。ゲームプレイヤーたちが望む、多くのキャラクターが救われるルートかと思いきや、ヒロイン含めキャラクター全滅に近い最悪のルートが見つかればそうもなる。

 それから、『ノクタニアの乙女』を作ったゲーム制作会社は追加シナリオを急遽作成、公開した。追加シナリオにはいくつかロック要素があり、あくまでゲームを何周もクリアするような熱狂的なファンへ向けたサプライズだったのだが、なぜか——バグがひどすぎて、すぐに公開停止に追い込まれ、『ノクタニアの乙女』はプレイ不可の長期メンテナンスに入った。

 急遽作成、公開停止という一連の流れはファンたちにいらぬ憶測を生み、公表されていない担当シナリオライターを探す運動にも発展した。関わったクリエイターや声優を探そうと躍起になる者もいれば、海外サーバ上にIPAファイルとして残っていたゲームデータを取得してバグを修正してしまおうとする者もおり、普段乙女ゲームに触れない層にまでこの『#ノクおと_シナリオ』大騒動が広まってしまったのだった。

 さらに一週間後、事態は急展開する。

 突如「『ノクタニアの乙女』はサービス終了する」と公式発表がなされ、制作会社は解散することとなったのだ。


……

……

……

……

……


?」







 エリカがドミニクス王子との面会に挑んでいたそのころ、アメリーの家の前にはベルナデッタと、三人の従者が並んでいた。青の細かいチェック柄のデイドレスとレースの日傘、そして従者たちはきちんとした身なりながらも大きなトランクを二つずつ手に下げている。

 こほん、と一つ咳払いをして、ベルナデッタは玄関の扉をノックし——上部の木枠になぜか煤跡がある——少し待つ。

 パタパタとスリッパが軽く木床を叩く音がして、ドアノブが中の仕掛けの音とともに動いたその瞬間、ベルナデッタは扉を引っ張って挨拶する。

「アメリー、お邪魔するわ!」

 開いた扉の向こう側にいたのは、確かにアメリー・アルワインだ。

 ただし、アメリーは糸くずのついたエプロン姿で、ドレスの長袖をめくって、左手首には革ベルト付きアームピンクッションを装着していた。おまけに、頭にはヘアバンドをして、おでこを出している。

 想定外の格好だったが、深い緋色と濃紺の束ねた髪、緑の瞳の上品な美人となれば間違いなくアメリーだ。ベルナデッタは確信した。それに、アメリーが目を見開き、驚いてベルナデッタの名を呼んだのだ。

「ベルナデッタ・ノルベルタ!? どうしてここに」

「お姉様から伺ったわ! さあ、お茶会をしましょう!」

 そこからは強引に家の中へ進入していくのみだ。ベルナデッタはアメリーの背中をすかさず押して、押し入る。従者たちは勝手知ったる我が家のごとく、キッチンで仕事を始めた。

 お茶会、それがベルナデッタがアメリー宅を訪れた最大の理由であり、彼女にできる最適な理由付けだった。ベルナデッタはアメリーの抗議を聞くことなく「キッチンで我が家でもトップクラスにお茶会の支度が上手い者たちが準備をしてくれるわ! それまで少し時間があるから、家の中を見させてもらうわね!」と言って二階建ての小さな家を散策しはじめた。

 正直、ベルナデッタはワクワクが止まらない。平民の住居くらい何度も訪ねたことはあるが、まさか貴族令嬢が一人暮らしをしている家というのは聞いたことがない。それも、あのアメリーが、だ。その何とも言えぬ心配もあって家中を見回していたわけだが、ベルナデッタは一階奥のリビングにある作業机で、アメリーの作品を見つけてしまった。

 古びた大きな作業机は、手元がよく見えるよう小さな白色ランプを置き、小型のデッサン人形のようなトルソーが並んでいた。それらには、作りかけのミニチュア衣装が着せられており、貴族が着るような礼服のジャケットもあれば、村娘の祭りの晴れ衣装のようなものまである。

 背もたれの分厚い椅子には、王城の舞踏会でしか見られないような派手なバーガンディのドレスが置かれていた。さっきまでアメリーが作業していたのだろう、スカート生地に細い針が刺さっている。

 思わず、ベルナデッタはしゃがみ込んで、芸術品を鑑賞するようにバーガンディのドレスを眺めて感嘆の声を上げる。

「すっごーい! 何これ!」

「ちょっと、勝手に触らないでちょうだい。私の作品なのだから」

 アメリーの慌てた叱責が飛ぶ。ベルナデッタは一瞬振り返り、己の感嘆を最大限の賞賛に変える。

「えっ、アメリーが作ったの!? これを?」

「……そうよ」

「職人じゃない! うわあ、細かい、フリルが二重になっているわ! しかも、この薄い布地を重ねて、正確に縫うなんて!」

 触らずとも分かる、ミニチュアのバーガンディのドレスは、最高級の布地を使用していた。艶も空気感も、安物ではありえないとベルナデッタの鑑定眼が訴えている。その上、わずかな生地にフリルを二重に付けるなど、バランス調整も縫製技術も問われる作業だ。これには、いい商品を不断の努力で求める商人として、賞賛を送らずにはいられない。

 芸術品には容易く触れてはならないという暗黙の了解を承知しているだけに、ベルナデッタはバーガンディのドレスに触れなかったが、触ってみたい欲求は確かにある。それに、これはミニチュアで、人形に着せるようなものだ。それこそ本当に芸術品として制作しているのではないか、と思ってしまうほどに。

 ひと通り興奮してミニチュア衣装を鑑賞したのち、ベルナデッタは正気に戻った。立ち上がり、呆れ返ったアメリーへ謝る。

「ごめんなさい、はしゃぎすぎたわ」

「ええ、本当に。それで、何のご用?」

「お茶会よ、もちろん!」

 すると、アメリーはこう言った。

「あなた、初対面ではないとはいえ、あれだけのことがあってよく顔を見せられたわね。親しくも何ともないのに」

「だってお姉様とは食事をしたのでしょう?」

「成り行きよ。少々、その、助けてもらったの」

「ならいいじゃない! 私だって、あなたとお茶をしたかったのよ。積もる話もあるし、教えておきたいこともある。嘘じゃないわ、それに私たち、一応は貴族学校の同級生よ? 友達ということでいいんじゃない!?」

「よくないわ。在学中、一度も喋ったことさえないのに」

「つれないわねー。ふふん、いいわ。美味しいお茶とお菓子で、その頑なな心を溶かしてみせるから。次は私も食堂で一緒にお食事したいわ、って言わせるくらいに!」

「あなた、『卵が孵る前にひよこの数を数えるな』ってことわざ、知っている?」

「知っているわ!」

「……そう」

 アメリーの精一杯の皮肉も、ベルナデッタは一蹴してしまった。アメリーはもうすでに諦め、ベルナデッタをどう早く帰すかを考えはじめている。

 無論、ベルナデッタは早々に帰る気などない。本当に次の食事の約束をするほどアメリーと仲良くなろうとしていた。

 その証拠となるものを、従者の一人が準備完了だと知らせてきた。

「お嬢様、支度が整いました。こちらは手狭ですので、キッチンのほうへどうぞ」

「分かったわ。アメリー、行きましょ」

 疑り深くアメリーは不機嫌そうだったが、ベルナデッタは背中を押していく。何だかんだ暴走しているのに止められないあたり、アメリーは気を許しているのだと誤解していた。実際のところ、アメリーはそこまで押しが強くないだけである。

 そうして、アメリー宅キッチンの変化を目の当たりにして、ほんの少しだけアメリーの口角が上がったのを、ベルナデッタは見逃さなかった。

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