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どこかの誰かがそう言った

 東京、新宿。

 とあるビルの喫煙室で、二人の中年の男たちが静かにタバコを吸っていた。

 いつもなら自分たちが開発したゲームの話をひたすらにするのだが、あいにくとそんな気分にはなれない。半年かけて用意したいくつかのゲームのイベントはまとめて実装予定が白紙となり、必死になって書いてまとめたシナリオは無数に却下された。

 理由は彼らにもよく分からない。ただ、予定外のバグが見つかって、技術チームがなんとかしようと何日も徹夜して洗いざらい確認作業と修正作業を繰り返したが、直らないことしか分からなかっただけで、一番上の責任者は経営陣との交渉の末に彼らの開発した乙女ゲーム『ノクタニアの乙女』のサービス終了を決定した。

 それから三日、メインディレクターとメインシナリオライターは、こうしてタバコをふかしながら、ぼうっとするしかなかった。今まで心血注いで作ってきたものが台無しにされるのはよくあることだった、しかし今回は規模が違う。自分たちの頭上で何億もの金が飛び交い、勝手なご意見が降ってきて、海外展開やマルチプラットフォーム化の話だって進んでいた。親会社からすれば、まだ捨てたくないIPだったろうとは思うが、もう捨てる決断をしてしまったのだから、どうしようもない。

 ふと、メインディレクターがつぶやく。

「サ終の日が決まったとさ」

「そうですか」

 メインシナリオライターは淡々と返事をしたが、その声色には重みが滲み出ていた。

 今時、ゲームアプリの開発は寄せ集めがほとんどだ。一つの企画が終わればみんなバラバラ、エンジニアも含め一ヶ所に居続けられるのは幸運にもリリースから何年も生き延びた開発元くらいで、関わるゲームが運悪く日の目を見なければ実績にもならず、鬱屈する業界人も少なくない。

 『ノクタニアの乙女』は、それなりにヒット作だった。もっと展開していく予定があれば、関わる人数を増やすこともできるし、有能な技術者を継続して雇用もできる。そんな希望が予想外に打ち砕かれ、初期から開発に携わってきた二人は、失望が隠しきれない。

 ただ、まだ終わるまでに時間があった。

「んで、お前、まだ書いてただろ。出してないの、いくつある?」

「たくさんありますよ。追加キャラのイベストも、あとトゥルーエンドの修正版も」

「テキスト送れよ。こうなりゃどっかに版権絵ごと載せて、まだまだ続けたかったって言いふらしてやる」

「そりゃけっこうなことですけど、バグどうなりました?」

「ダメだとさ。さっぱり分からん。修正AIもお手上げだ」

「そうですか……じゃあ、追加分のシナリオだけ読めるよう、こっそり実装してくださいよ」

「それでもいいな。実装実績だけ作っとくか。そういう資料が未公開ばっかりだと体裁悪いっつって社長がうるさいだろうしな」

「あとでサーバに送っときます」

「よろしく。明日までに実装しとくよ」

「そんなことできるんですか?」

「かまうもんか。次の開発チームに仕事残すのも悪いだろ」

「もう人事動いてるんですか」

「ああ。お咎めはなさそうなんだが、何人かもう抜けるの決まってる」

「寂しくなりますね」

「しゃあない、食い扶持稼がなきゃならんしな。派遣の連中は風評聞いて会社が引き上げさせたんだろ」

「……悔しいですね」

 タバコの空き箱を握りつぶし、灰皿の下についたゴミ箱へ放り込む。

 喫煙室から出て行こうとするメインシナリオライターへ、こんな言葉がかけられた。

「そういや、追加キャラは誰に決めてたんだ?」

 メインシナリオライターは答えた。

「ミニゲームの女の子が意外と人気だったみたいで、その子実装しようって話になってましたから」

「ああ、あのモブの。次はああいうクラフト系メインのゲーム作りたいな」

「いいですね。ライターに空きがあったら誘ってください」

「いいよ。そうだ、その子の名前なんだっけ」

 喫煙室のガラス扉を開けながら、メインシナリオライターはその場で思いついていた名前を発表した。

「エリカです」

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