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第三十五話 昼休みのひと時

 ——お昼の休憩時間がもうすぐやってくる頃……。


「では、これからお昼ごはんにしましょう!」

「はぁーーい!」

「早くごはん食べよう!」

「待ってー! ボクも行くから!」


(そっかぁ、そろそろお昼の時間だね。私もお腹が空いてきたし、そろそろ行こうかな)


 廊下では子供達の声や駆け回っている姿で賑わっている。

 空腹状態の百合子は図書館から出た後、昼食を食べに食堂へ向かうと……。


「百合子さん」

「あっ、エリスさん! お疲れ様です」

「私も子供達とも同じお昼ごはんの時間だから、一緒にしていいかな?」

「えぇ、是非」


 廊下で歩く途中に出会ったのは、今朝ウィルと遭遇した人物だった。

 挨拶を交わし、共に昼食を取ろうと誘われ向かうことに。

 食堂へ辿り着くと、テーブルの上にパンやスープ、ちょっとしたメイン料理が並べられている。

 子供達は既に食事を受け取って、長いテーブルへそれぞれ所定の席について食事の準備は済ませていた。

 百合子を含めて残っている大人も最後に受け取り、テーブルの後ろの方へ座る。

 エリスは、彼女と向かい合わせで席につく。

 揃ったところで神父と一緒に祈りを軽く捧げ、昼食の時間が始まる。


「そういえば……」

「はい、何でしょう?」


 エリスはそう前置きをして、百合子が午前中にあった出来事のことを尋ねる。


「今日、エドワードさんとお会いしたんですって?」

「えっ! ご存知なんですか? しかも、どうしてウィル様と今日会ったことを」


 エリスがウィルと知り合いだったことを全く知らない百合子は、驚きを隠せなかった。

 なぜなら、百合子がボランティア活動を本格的に行うようになったのは女学生を卒業し代筆屋で勤めてからのこと。

 オマケに、彼と会話するシーンどころかすれ違っている姿すら全く見たことがない。


「えぇ。彼が瑞穂国に来航してから、この教会では月一に礼拝で訪れますからねぇ」

「へぇ、ウィル様もこちらへ来られるんですね」

「そうなのよ。今朝も偶然お会いしまして。ねぇ、百合子さんに何かご用でも?」


 百合子にも、ウィルの時と同様に微笑ましく尋ねる。

 若い人達のイマドキの恋愛事情が気になっているのだろう。

 エリスの人間観察欲から隠れたオーラに苦笑いしながら、彼女も正直に答える他はなかった。


「は、はい……そうなんです。ただ、落とし物を届けに……だけですが」

「そうなの? 私、エドワードさんと会ったのは良かったんだけど、彼の行動にしては知らない女性と会うなんて珍しいと思ってねぇ……。何かあったのです?」

「えーと、実はですが……」


 百合子は、以前櫛を無くした理由での出来事から話し始める。

 ウィルが拾ってくれたけれど返すタイミングがなかなか掴めなかったことや、文通を行なっていることまで詳細を伝えていった。


「というわけで、こちらに来ていただいたのです」

「あらぁ、そういうことでしたの。なるほどねぇ~」

「ウィル様とお話するのは緊張しましたけど、ひとまず無事にこの櫛が戻ってきて良かったです。ただ、彼自身から直接お渡しするとは思いませんでしたが……」


 事情を聞いたエリスは、相槌を打ってあっさりと納得した。

 けれど、まだ何か引っ掛かることがあるのか、ウィルが百合子の元へ自ら会いに行く理由を探りたくなったエリスは、密かに推測している。

頭の中で辿り着いた結論がスッと見え始め、エリスの中で密かに笑いが溢れていた。


「ふふっ……あぁ、なるほど。そういうことかも」

「えっ、どうかしました? 私、何か笑われるようなおかしいことを?」

「ううん、そういうことじゃないの。ただ、もしかしたらの話として聞いてちょうだい。あくまでも私の推測なんだけど……」

「え? はい」


 それを見た百合子は、可笑しいことでもと首を傾げる。

 そう前置きの言葉をつけておいたエリスは耳貸してと素振りをした後、百合子の耳元にコソッとこう告げる。


「彼……きっと、貴方に恋をしているんじゃないかなと思っているんですよ」

「……」


 耳を貸した後、百合子はスープを飲もうとしたスプーンを手から思わず、ポロッと外れスープ皿の縁に落としてしまった。

 幸い、床までは行かずに食器トレーの中へそのまま落下して受けた状態で済んだものだが。

「恋をしている」というエリスからのストレートな一言は、百合子にとってあまりにも刺激が強すぎた。

 一気に彼女の顔は赤らみ、頭の上へボンッと湯気が飛び立つ勢いだ。


「えぇ~~……! いやいやいやいや、いくらなんでもそんなことないですって! 私、ウィル様に恋をされるようなことはしてませんし、決して恋に染めるようなことも……」

「ちょ、ちょっと声が大きいですわよ」

「あ、つい……失礼しました」


 真っ赤な状態の顔をした百合子は、ものすごい勢いよく手と首を横に振りながら早口でエリスの予測を完全に否定する。

 しかし、周りに聞こえそうなくらい大きな声を出してしまって、なお恥ずかしく顔から出る湯気が止まらない。

 食堂にいる周りの人も何事だと言わんばかりに、二人への視線が痛い。

 百合子の興奮を抑えつつエリスは続けて、その仮定を証明しようと力説し始めた。


「ほら、とりあえず落ち着きましょう」

「ハイ、冷静ニナリマス」

「そして、よーく考えてごらんなさい」

「~~……と、言いますと?」


 エリスの指示通りに、深呼吸を数回繰り返す。

 それだけでは百合子の顔の火照りがまだ治らないけれど、ひとまずエリスの話を聞くことに集中する。


「女性が苦手なあの素っ気ない彼ですよ? 普通なら会うどころか興味すら持ちませんし、持つことさえ嫌うでしょう。自らそこまで貴方とお会いしたいということは、結論から言うとそういうことだと思うんだけどねぇ? そうでなければ彼自身が貴方に会おうと行動に出て、その櫛を返そうと意気込むことすらないのですから」

「うーん……。まぁ、確かにそうかもしれないですが……」

「ノンノンノンノン、否定するのはまだ早いですわよ!」


 人差し指を立て、横に素早く動かす。

 どうやら、まだ言いたりなさそうだ。

 普段、礼拝では物静かそうに見えるエリスだが、特に恋愛など人間関係に想いが強くなるほど説教や講話のように力を込める。

 酷い時はネイティブな発言で熱くなってしまう。


「でも、まだ初対面で単に櫛を届けに来ただけですよ? 今度また、お手紙を送ると仰ってくれましたけど……」


 否定したい気持ちがほんの僅かだけ薄らぐも、百合子の気持ちはまだ拭えない。

 単純にたった一回の面会だけでは判断できないからだ。


「大丈夫ですわ」

「え?」

「彼は誠実な方ですし、嘘偽りなんかで行動を伴う人ではございませんよ。きっと貴方のことをゆっくりと仲を深めたいから、彼なりのやり方で行なっているんだと、私はそう思いますわよ」


 これからだと、ポンと百合子の背中を軽く押している。

 エリスの意見は確実ではないとはいえ、預言者が語るお告げように百合子のこれから起こり得ることを証明として言い切った。

 百合子の顔は、ますます赤らむばかりで何も言えなくなったのである。

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