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第三十六話 ウィルからの手紙を待つ想い

 ——午後の手習い稽古時間……。


 子供達が字の練習をしている間にも関わらず、百合子はボーッと上の空になっている。

 もちろん、エリスが推測した話の影響だろうだが、子供達は彼女が話していた内容の意味があまりわかっていない。


「百合子お姉ちゃん、大丈夫かな……?」

「さぁ……」

「教室来てから、なんかそんな感じだよね」


 一部の子供達は、字の練習をするも垣間見ながら心配している。

 けれど、ここで声を掛けるのは気が引けるのかそっと様子見を見る他はなかった。


(ウィル様と初めてお会いして櫛を返していただいたところまではよかったんだけど……あまり上手く話せなかったなぁ)


 本来、櫛を返してもらうことが目的で嬉しかったはずなのに、なぜか浮かない顔でぼんやりと過ごしている。

 彼との会話にブレス語の本を話題に持ってこようとした。

 だが、百合子は上手く切り出せないまま会話が終わったことが悔やむ。

 寧ろ、櫛を返してくれた喜びのあまりに感情が混乱するばかりで泣いてしまった。

 その結果になるとは思わない予想外なことである。

 結局、自分から先に会話を始めた方がよかったのかと挫け、シュンと落ち込んでしまう。


(次回……いつ会えるのかしら? でも、今日の様子だと当分はやって来ないのかもしれない……)


 暫しの間は通常通りに、文通のやり取りのみになるだろうとは百合子も考えていた。

 次の逢瀬を期待しても、会話がまともに出来ないと判断が下されてしまう怖さの方が勝っている。

 ウィルからの手紙が途切れ、このまま音信不通になってしまったら……とも。


(それに……いくらウィル様がなんでも優しくて親切とはいえ、恋をしているっていうのはまた違うと思うし……。何か都合が良すぎる気もしたような? うーん、どうなんだろう……考えすぎなのかしら?)


『きっと、彼はゆっくり仲を深めたいからでしょう』


 それは先程のお昼時間、エリスから発した印象に残った言葉。

 百合子にとって、ウィルの「仲を深める」の真意がどうしても気になるばかりだ。

 友情関係ならまだしも、恋人に発展まではまだ考えられない。

 それどころか一目惚れをしない限り、好きと言えるキッカケすら掴めないはず。


(私に、ウィル様と恋仲なんて……今は考えられないに決まってるって。単に櫛を拾ったキッカケがあるから、興味まで持っただけだと思うのに)


 現実離れな恋なんて信じられないと百合子は、自分の心の中で理由を納得させている。

 けれど、彼女の耳に残ることがあった。


『また……手紙を書くから』


 同時に、ウィルからくれた最後の言葉を思い出していた。

 今後のことを言っているのだろうかと、ふと考え始める。


(また手紙をいただけるということは、今後も文通が続くってことよね? そうだとしたら、ここはゆっくり待っていてもいいのかな。ジェフ様がご来店する時に聞くくらいしか手段がなさそうかもしれないし、万が一ダメだったらそれは縁がなかったこと……としか言えない)


 と考えつつも、ジェフの来店もいつになるのかわからず。

 どちらにしても待機すること以外、百合子の思考できる範囲はここで手詰まりとなりそうだ。


(いや、今は、ウィル様が書くと言ってくださっているんだから何かの機会に来ると信じなきゃ)


 百合子は、まだ彼に対する自分の気持ちを信じたい。

 マイナス面の心から上回って少しでもプラスになれるよう言い聞かせることにした。

 寧ろ、言い聞かせるよりも行動の方が勝りそうな心持ちになってきている。


(あっ! それか、私から文を認めてもいいのかもしれないわね。彼が迷惑でなければの話だけど。まぁ、失敗しちゃったらジェフ様に代わりだけどお詫びをするしかない……)


 ジェフにも迷惑かけるのはあまり考えたくはないもの。

 万が一のこと、仮定としてこういう結果になっちゃったら……と百合子は彼らを想像しながら苦笑いするしかなかった。

 しかし、先程のモヤモヤしていた心からは随分と晴れているだろう。

 そんな前向きの感覚が、彼女自身に少しずつ取り戻せている。


(でも、次回お会いできた時は、ちゃんとブレス語で書かれた本のオススメを聞かなくっちゃ!)


 彼女も一応、次の話題を切り出せたらと手紙を書く内容を考えていた。

 やはり自分の櫛を返す以外、次の目的がある。

 それは以前の手紙に認めた時、願望として書いてあったブレス語の原作本のことだ。

 どうしても読みたい気持ちがまだ諦めていなかった。


(ウィル様……あの時はものすごく恥ずかしがっていたけど手紙の通り、気遣いのあるお方で一安心しました……。でも、今度は私からも話しかけられるようになりたいなぁ。今は、まだ文通のやり方だけしかないけど)


 百合子は自分の出来ることを考えながら、今後、彼との文通をどう繋げられるのかを。

 初対面を行ってから、まだまだ物語が始まったばかりだ。

 続きを紡ぐかのように、文の綴りを再び手繰り寄せようとしている。


 ——そして、次の展開に淡い期待を持ちながら、百合子はウィルからの手紙も待つのである。

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