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第四十話 百合子の小さな喜び 其の一

 ——一方「白鳥屋」の作業場内にて……。


(ウィル様から手紙を送るとは言われたものの、今度はどういったものになるんだろう?)


 百合子は、いつものように注文を受けた内容を閲覧している。

 その傍らでウィルの言葉も気になっているが意識してしまう分、作業に手をつかなくなってしまう。


(今の時間は仕事だからダメダメ! 集中しなきゃ! まずは注文内容を読んで確認をしないと)


 今回の注文内容は、ある人達へのお礼状だった。


(えーっと……今回はいつもの注文してくれるお礼状ね。今回は三十枚分と。はい、かしこまりました。やっぱり、女将している人の仕事ぶりは凄いなぁ……)


 依頼した人は「白鳥」の常連客である藤乃からの「いつもの注文」である。

 和菓子屋でいつも贔屓にしてもらっているお客様の為へ、彼女は月末が近くなると欠かさず送っている。

 市内近隣をはじめ少し離れた地方からも人気があり、その遠方の客人であっても手紙を郵送しているからだ。

 それが、お客に対する礼節と商売気質なんだろう。

 だが、この当たり前のような作法でも、自然と出来る人が少なからずいることも然り。

 百合子は、藤乃のその一面に尊敬しているのである。


 ◇ ◆ ◇


 ——お礼状を何枚か書き進めていると……。


(あっ、そういえば……お礼と言ったら、ウィル様に先日のことを書かないといけないわ)


 百合子は、ウィルへのお礼を思い出した。

 櫛はもちろんのことだが、ハンカチまで貸してもらっていたからだ。

 それを伝える手紙を出すにも、ウィルからの手紙を待ってから出すのが良いのか迷っている。

 だが、先に出してしまうとウィルの求めている内容とすれ違うのでは……と躊躇ってしまう。


(気にし過ぎかなぁ? でも、私から出さないと待っているのかもしれないし……どうしたらいいのかしら?)


 なるべく気が散らないようにと手を動かしているが、どうしても頭の片隅には手紙のことで悩んでしまう。

 けれど、作業を黙々と進めている内に……。


「おーい、百合子さん。いつものお客さんだよ」

「はい、今、行きますのでお待ちください」


(あっ、もしかして……!)


 店主の茂から、来客の呼び出しが掛かった。

 キリのいいところで一旦作業を止め、使っていた小筆を筆置きへそっと乗せる。

 立ち上がっていそいそと作業場から受付の方へ出ると、一人の燕尾服姿の老紳士がいた。

 当然、老紳士はジェフのことで百合子の姿を見ると声を掛ける。


「あ、どうも。百合子様」

「あら、ジェフ様! いらっしゃいませ」

「こんにちは、仕事中に申し訳ないですがお邪魔しますね」

「いえいえ、大丈夫ですよ! 裏で代筆の作業をしていただけですので。どうぞ! こちらへ」


 いつも応接している場所へ通し、お茶を用意するまでは特に変わったことなくたわいな話を交わしている。

 そろそろ本題に入ろうと、百合子は用件を聞くことにした。


「それでジェフ様、今日はどういったご用でしょう?」

「あ、えーとですね……。まずはこちらを先にお渡ししますね」


 ジェフはすかさず燕尾服の内ポケットからゴソゴソと手を伸ばす。

 取り出した後、百合子へ差し出したのはもちろん、本題であるウィルから預かっていた手紙だ。


「えっ!」


 まさかこんなにも早くウィルからの手紙が来るとは思わずビックリして、彼女は声を一瞬上げる。

 初対面から日が少し経っているとはいえ、すぐに手紙を書き上げることすら想像出来ない。


(本当にウィル様から……。それにしてもこんなに早く手紙を届けてくれたなんて。もしかして……本当はせっかちさんだったり……かしら?)


「ふふっ、ふふ……」


 ウィルが自分の手紙を待ちきれない時の姿を浮かんでしまった。

 同時に百合子の悩んでいた事は取り越し苦労で終わり、ほっとしている。

 それを想像してなんとなく可笑しく思ったのか、微笑の声を溢していた。

 そんな彼女を見るジェフは、何か良いことがあったのだろうと思いながら、笑顔が見れてホッとしている。

 見届けた後、そろそろ本題を入ろうか迷いながらもジェフは一度彼女に声を掛けることに。


「あの、百合子様……?」

「あっ、ごめんなさい。つい、手紙を貰えたことに嬉しくって……。ただ、ジェフ様には恥ずかしいところ見られちゃいましたね」

「いえいえ、そんなことないですよ。百合子様の笑顔が見られるのなら幸いなものです」


 右の片頬に手を添え、苦笑いしながら百合子はほんのり赤くして照れる。

 しかし、ジェフにとって、主人が百合子への幸せを無事に届いているのなら充分だと感じていた。


「あっ、そうそう、百合子様」

「はい、今度は何でしょうか?」


 何かを思い出したかのように、ジェフはあの話題を切り出した。

 話題というものは当然、あの件しかないに決まっている。


「先日、坊ちゃんと初めてお会いした時はいかがでしたか?」

「えっ、あっ……いや、そ、それは……」


 その質問に、百合子は思わず顔を一気に真っ赤へ染まる。

 どう答えたら良いのか言葉を選びながら落ち着きを取り戻し、ゆっくり回答を少しずつ出していく。

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