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第四十一話 百合子の小さな喜び 其の二

「もちろん、緊張しましたけど。ウィル様、優しいお方で良かったです」

「それなら、安心しました。お二人、どうなったのかなぁと心配でしたよ」

「ジェフ様の心配する気持ちはわかります。あの、もちろんのことですが、今回ウィル様が問題起こしたとか全くございませんし、寧ろ素晴らしいお方なので安心してくださいませ。ただ、私が彼によりキチンと話せばと、云々」


 百合子は、ウィルが立派な対応に感動してそのことを力説する。

 同時に自分の対応があまりうまく出来てなかった理由だからと、必死に伝えようとするも落ち着きがない。


「えぇ、百合子様。充分伝わりましたから。一旦落ち着いてくださいませ。順を追って話しましょう」

「あ、つい……失礼しました。お恥ずかしい」


 勢いのあまりに話してしまった百合子は、両手で赤くした顔を覆って穴に隠れたい気持ちになった。

 こんなにも出任せにスラスラと話すとも思わなかったのだろう。


(百合子様は面白い女性ですね。でも、私からこの日のことを……って、いかんいかん!)


 ジェフからも屋敷で見守っていたと、彼女に当時の行動を言おうか迷いそうな口だ。

 だが、ここで言ってしまうと主人に叱られるのが目に見えている。


(ここで本当はお二人のことをちょこっとだけ覗いてましたなんて、口裂けても言えませぬ……)


 せっかく築き上げてきたことが、全て台無しになってしまうことだけは避けたい。

 心の内ではハラハラしながら主人の帰りを待っていただろう。

 それでもウィルの行動が気になって仕方ないジェフは、改めてあの初対面の出来事を聞かせてもらおうと試みる。


「百合子様」

「はい」

「ゆっくりで構いませんので、一から簡単に教えていただけたら」

「じゃあ、言葉に甘えて話しますね。最初はウィル様と何を話せば良いのでしょうか? と思いながらで……」

「ほぅほぅ」


 百合子は、ひとまずウィルとの出会ったシーンから順番に辿りながら語り始めた。

 櫛が返ってきたことに、思わず嬉し泣きをしてまったこと。

 その対応に対しても、彼はそっとしてくれたことや懸命に応えてくれたことなど。


「……ということだったので」

「なるほど、そうでしたか」


 何からと親切にしてくれた思いに、彼女は微笑ましく報告した。

 うんうんと、首を縦に頷きながら話を聞いたジェフはそっとハンカチで自分の涙を軽く拭う。


(坊ちゃん……ここまでこんなに成長して……。私は嬉しゅうございます。うぅ……!)


 主人の成長を本人の手前にして表情を見せまいが、胸が熱いことだろう。

 今まで女性が苦手という理由だけで、ずっと逃げてきたからだ。

 彼女のことを少しでも向き合えていると聞いて、ここまで進歩しているとは思わなかった。

 その横を見る百合子は苦笑いしつつも、ふと疑問に思ったことを聞いてみることにした。


「あの、ジェフ様……?」

「は、はい! 何でしょう?」

「気に障るかもしれませんが、もしかして……ウィル様から、私とお会いした時の報告とか出来事って何も話さなかったのです?」


 恐らく普段から冷静な振る舞いを備えた大の男が、はしゃいでまでジェフに言う内容ではないだろう。

 けど、百合子は思いつつも不思議がった。

 仮にそんな性格じゃなくともせめて何かしら一言だけ、彼からその事を伝えてあるのかなと気になっていたからだ。

 ジェフからの答えは想像通りのものだった。


「あぁ、まぁ……主人からは仰らないですね。きっと私の前ですし、男性にとってそういうことは気恥ずかしさもあるのでしょうから」

「確かに、ウィル様でしたら……あまり話したがらないかもですね」


 ウィルから簡単に口を出す人間ではないとわかりきっているものだが、ジェフは寂しそうな顔を垣間に見せる。

 もちろん、子供のように彼の成長は喜ばしいものだが、どこか哀愁が漂っていた。

 百合子は、そんな表情を見て心配もしてしまうのだが……。


「あぁ、心配しないでくださいね! この手紙だけでも主人から言いたい答えが分かりましたし、私の欲しい回答を得られましたので。もう、それは充分ですよ!」

「そうですかぁ。ジェフ様が納得しているのでしたらそれで良かったです」


 曖昧な返事しか出来なかったけれど、ジェフの満足感に百合子はホッとして笑みを浮かべている。

 百合子自身もまた、ジェフを通してウィルとの繋がりを作ってくれた張本人。

 だから二人が交わす初対面の行く末に対し、尚更気にしていたのだろう。


(ウィル様ったら、本当に……)


 百合子は、ウィルの行動を聞いては苦笑いをする他はなかったのである。


 ◇ ◆ ◇


 ——軽く談笑をしていく内に、十数分は過ぎたのだろう。


 ジェフは、懐中時計を燕尾服のポケットから取り出して時刻を確認する。

 そろそろ夕刻前くらいの時を針が指し示していた。


「おっと、私はこの辺でそろそろ屋敷に戻りますかね」


 このまま長々と話していたら、主人に「遅い!」とまた怒られそうになりかねないからだ。

 百合子も自分の作業がまだ途中であるため、丁度良いタイミングの時でもある。


「あら、もう、そんな時間なのですね。それじゃあ、ここでお暇しましょう」


 ジェフと会話する時間は、あっという間なものだ。

 それでも、ウィルの様子や内面のことを少しずつでも知れたらいいと百合子は思う。


「坊ちゃんとの文通を、引き続きよろしくお願いしますぞ」

「ふふっ、わかりました。今日もありがとうございます」

「いえいえ、とんでもないです。こちらこそ、いつもありがとうございます」


 お互いにお礼を言い合った後、ジェフは最後に一言を添えて伝える。


「では、また返事のお届けの時に」

「えぇ、その際はよろしくお願いします!」


 別れを告げ、別の場所へ去っていった。

 その姿を見送った後、百合子はグーッと天の上へ向かうかのように腕を伸ばしながら、緊張した肩の力をほぐす。

 ジェフとの会話は、百合子にとって仕事の息抜きになれたのだろう。


(さぁて、私もお仕事が途中だし頑張って済ませなきゃ! それに……)


 片手には、受け取ったあの手紙がある。

 ウィルからの手紙が届いたことで彼女も同じように、それを糧にして作業場へ戻るのであった。

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