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第四十二話 百合子の小さな喜び 其の三

 ——その日の夜。


(会ってから数日経って手紙が届いたけど……どうしても、これだけはドキドキしちゃう……)


 いつものように開封の時が来る。

 だが、何度も行っていても慣れない為、緊張が走ってしまう。

 今回もどんなことが彼の言葉で書かれているのか、心の鼓動が正常の時より少し早まっている。


(さて、内容はどんなものかしら?)


 意を決して、シーリングスタンプを剥がしながら封筒を開けた。

 そして、半分に折られた白い便箋を取り出して広げる。


(はぁ~、やっぱり読むのも勇気がいる……。でも、頑張って読んで翻訳しないと返事すら返せないから読むしかない)


 ゴクリと唾を呑み込み、恐る恐る文章を読んでいくことにした。


 拝啓 ユリコ様


先日、ようやくキミと会えて私は嬉しかった。

それに加え、大切な品を無事に届けられてよかった。

道中を歩いている時から待っている間。

それから、キミと対面するまで鼓動が高まっていたから正直どうなるかと思った。

ひとまず、対面できたことに心から感謝する。

ただ、思っていたよりもキミと話すことが出来なかったなぁ。

それだけは少し悔やんでいる……。

もっと話したかった上に、まだキミの頼み事をちゃんと応えていないからだ。

その頼み事は、まだ覚えているだろうか?


(うん……。確かにあの時は本当、私もなかなか上手く話せてなかったなぁ……)


 手紙を読みながら、彼との初対面だった逢瀬をしみじみ回顧していく。

 時折、話すタイミングも合わなかったことがあってか、苦笑いの表情を浮かべることも。

 しかし、ふと一つの言葉が気になった。


(あっ、そうだった! 私の「頼み事」ってのはもしかして……)


 次の文章を辿っていくと、例の頼み事のことが書かれていた。

 もちろん、百合子が以前から手紙でずっとお願いをしていたことである。


 キミがブレス語で書かれた原作本を読みたいと言っていたことなんだが……。


(やっぱりそうだわ! それで、他に続きは……)


 ここまでは、予想通りの展開だ。

 その話題になると、百合子はますますワクワクが止まらない。

 しかし……。


 先日は、あまりキミと会話出来なかったこともあったから、ちょうどいい機会と思って提案したく手紙を書いた。

 前と同じように、曜日や時間帯、あの場所で……もう一度、会いたいのだが構わないだろうか?


(えっ、また「あの場所」で? どういうことかしら?)


 まさか、ウィルからも案を出す形で都合を聞いてくるとは思わなかった。

 百合子の描いていた中では、ジェフが手紙と同様に主人の代理として店まで持ってくると想像していたからだ。

 なのに今回もこの感じだと、ウィル自ら彼女の元へ手渡したいという解釈になり得ることも。

 後は、彼がそういう提案をするワケも認めていた。


 ……(省略)

私の屋敷にあるものの中からになるが、これなら読めるだろうと思える本を見繕ってきた。

私のオススメの本も沢山あるし、キミに読んでほしい気持ちもある。

だから色んな本を……だが、翻訳しながら文章の解釈するのは難しいとは思う。

だが、無理には言わない。

まずは試しに一冊読んでみてからとなるけど、順を追って色々と貸してあげたい。

それで、何か面白そうなものを発見できる手助けになれたらいいな。

また……キミからの返事、待っている。


ウィル・エドワード


(ふふっ、やったぁ! 嬉しい……! あぁ、ウィル様が本をお貸ししていただけるなんて)


 その知らせを読んで、百合子の顔はうっとりしている。

 彼の尽力で、読書環境に活力が生まれそうだ。

 いつも通っているあの「知恵の図書館」で取り扱っている洋書物はあることにはある。

 しかし、児童の読める本はともかく、大人が読むジャンルも含めそんなに多くはない。

 それ以前の問題に、洋書の価格自体がまだまだ手に届かない品だ。

 ウィルの持っている本なら、彼女のまだ見知らぬ物語も多くありそうとワクワクが止まらないだろう。


(けれど、わざわざ本を貸すだけの為にまた来ていただくなんて……大丈夫かなぁ?)


 ウィルの気遣いに嬉しいことは変わりない。

 ただ、彼に迷惑をかけていないか少し心配してしまう百合子は、どうしても不安が拭えない。

 特に、彼の仕事は、大きな事案を背負う大変なものと想像しているからだ。

 しかし、彼が書いた署名の後にまだ僅かな続きがある。


 ——追伸

あと……このことを文にして言葉を表すのは恥ずかしいものだが……


(あら? まだ続きがある! 何だろう? 私、何かしたかなぁ?)


 百合子自身には特別、身に覚えはない。

 悪い事は全くしてないのだが、何か言いづらいことでもあるのかと思えば少々ハラハラしている。

 どちらに転んでも、ひとまずは続きを読まないことには進まないのである。


(いいことを書いててたら……)


 怖いもの見たさならぬ、怖いもの読みたさと言えるだろう。

 その中身は……。


先日の読み聞かせを聞いて、すごく居心地良かった。

もう一度、キミの語りで物語を聞いてみたい……。

次回の逢瀬の時も、また聞かせてほしい。


(あ、あぁ~! この前の……!) 


 なぜ、彼が待ち合わせ場所として前回と同じところを指定するのか?

 理由がここでようやく判明した。

 ウィルの本音は、全て追伸の文章で詰まっている。

 彼の真意を記されたそのひと文を読んで百合子は、ひとまずはホッと安心したものだった。

 そんな想いと同時に、キュッと胸が締まる。


(褒めていただけるのは嬉しいけれど、なんだかとても、恥ずかしい……)


 ウィルの褒め文章に、なぜか恥じらってしまう。

 自然な語り口調らしく読んだつもりでも、彼がそんな風に思っていたとは夢にも思わなかったのだろう。

 後になって思い返し、顔の頬がだんだん赤らんで熱くなる。


(それでもウィル様がそう仰るくらい居心地いいのなら、私はちょっと嬉しいわ……)


 初対面の日、不思議な感覚を覚えていた百合子は、あの温かみを振り返ることで照れながら微笑む。



(さて、またウィル様に会えるのなら、まずはお返事を書かないといけませんね)


 頬の赤らみと熱は未だ収まらないものの、ふふっと柔らかい笑みを溢れそうになって止まらない。

 彼の手紙を見つめた後、緩んだ口元を覆い隠しながら、また新たな楽しみを噛み締めるのである。

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