目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第四十三話 ジェフからの助言

 ——二日後……。


「いらっしゃいませ。あっ!」

「あぁ、どうも」


 この日も、あの執事が来店する日。

 百合子は少しずつウィルとの「文通」というものに慣れてきたのか、彼の来るタイミングがつけられるようになっていた。

 そして、待ってましたとばかり駆けつけている。


「ジェフ様、お待ちしてました。どうぞ、こちらへ」

「えぇ、失礼しますね」


 例の応接する場所へ移動し、鼻歌混じりにお茶の用意を行ってからジェフの元へ差し出す。

 そのお供である茶菓子は、藤乃が勤める和菓子屋のどら焼きだった。

 フワフワとしっとりした甘味の円形カステラ風生地を二枚に、小豆餡を挟んだものだ。

 小豆餡というと甘ったるく感じられるが、このお店で作った自家製餡子は素材を活かした程よい甘さ。

 甘いものが苦手な人でも評判が上がっている。


「どうぞ」

「おぉ、どら焼きですかぁ。いいですねぇ。いつも美味しいお茶と一緒にありがとうございます」

「いえいえ。あっ! あのですが、もう先にお忘れないうちに渡しておこうと思いまして」

「おや、珍しい。いかがなさいましたか?」

「こちら、です」


 百合子は、先に一通の封筒を手渡す。

 もちろん、その手紙は二日前に書き上げたウィル宛のものだ。


「あっ、それは……坊ちゃんへの手紙ですね!」

「えぇ、そうです」

「……はい、確かに。お預かりします」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


 彼女から手紙を受け取ったジェフは封筒の表面に、主人の名前が書かれているのを確認し、内ポケットへ丁寧にしまう。

 その後、軽い談笑を交わしていく中……百合子から、ウィルのことを切り出そうとする。


「私……」

「どうかしましたか?」


 彼女の不安そうな顔を見て、ジェフは何かあったのか気にしている。


「い、いえ。……と言っても、いずれ知ると思いますが、またウィル様が私とお会いしたいと仰ってましたので」

「ふむ……。百合子さんが知りたいのは、坊ちゃんの気持ちはどうなのか?ということですかね?」

「あっ、えと……まぁ……そんなところ、ですね。ハイ」


 百合子は、ウィルのことになるとちょっぴりの照れも隠せないでいる。

 あまり感情を読むのがそんなに得意な方ではなく、人並み程度の彼女。

 難しさの根底である、彼の心を気にしているからだ。

 主人をよく知るジェフなら、何かの相談をする時も気軽に話せると思ったのだろう。


「ふふふっ、百合子さんも坊ちゃんと……どこか似ていますね」


 恋愛の慣れはともかく、ちょっとした不器用さも二人にはある。

 ジェフは、似たもの同士だなぁと感じていた。


「大丈夫ですよ。私の推測にしか過ぎないかもしれませんが、坊ちゃんも同じ想いですよ」

「同じ、というのは……?」

「坊ちゃんも百合子さんのことを知りたい想いでしょうが、たまにちょっと空回りもしちゃっても、それは大事な人の為に注いでいるのですから」


(えぇ? あのウィル様が……? 全く想像つかないわ)


 あの冷静沈着のウィルですら時に失敗することもあるとジェフは、揶揄いつつ人間らしさもあることを伝える。

 百合子はそれを聞いて、意外だとただただ驚くしかなかった。


「それに」

「……?」

「坊ちゃんにとって大事なことであれ人であれ、慎重にする人なのでゆっくりではありますが、やり遂げられる方ですよ」


 彼とは、文通を続けている最中の上にまだ一回会っただけのことだ。

 ここからまたじっくりと深く絆を紡げられるようになりたい、そんな想いからの行動を伴っている。


「大丈夫です。百合子様は普段の明るさが持ち前ですから、坊ちゃんの心を笑顔にしてくれてますよ」

「ふふっ、そう思ってくださるなら嬉しいです」


 百合子もジェフからの勇気つけられる言葉をもらって微笑ましくなった。


「あぁ、それからですね」

「はい、何か?」


 ジェフは咄嗟にいいことを思いついたのか、彼女にある提案を持ち掛ける。

 それは、二人にとってウィンウィンの関係になれたらというステップアップの一つとして考えたものだ。


「いずれ近いうちですが、百合子様から坊ちゃんに瑞穂国のことをもっと教えてあげてほしいなぁと私は思うのです」

「え? 私がですか?」

「左様でございます」


(えぇ~⁈ 私なんかでいいの? 私よりも、もっと適している人がいるのでは……)


 百合子は、ジェフが出した提案に戸惑ってしまう。


「それにしても、急な話ですが……どうしてです?」

「最近、坊ちゃんが瑞穂国の文化にもっと触れてみたいそうですよ。百合子さんならそういう伝統的なものとか知っていそうな気がしまして。あ、そうそう、坊ちゃんは絵画が趣味ですので水墨画や顔彩というものも興味おありですよ」


(水墨画は私もある程度わかるけど、顔彩って……。あっ! そういえば)


 百合子の身近なもので思い当たることがあった。

 それは前回、ウィルが視察真っ只中の時に届いたあの手紙。

 桜の絵を描いた優しい色が、まさにそれを使っている。


(だから、あの繊細なものを……。寧ろ、私も見習いたいものだわ)


 百合子も幼き頃、書道の教室へ通っていた時のこと。

 張り詰めた字書きの息抜きとして、師匠から水墨画と同時に顔彩を使った絵画も学んでいた。

 特に、水墨画は墨の濃淡など微妙な黒の中から僅かな滲みから青みや赤みが残る。

 それが、百合子にとって奥深く感じられるものへの感性だろう。


「水墨画と顔彩かぁ……手習いの時以来だから懐かしいものです。かなり久しぶりのものに触れますが、また絵葉書で描きたいですね」


 主人のプライベートの充実や視野はともかく、国に携わる仕事としても触れる良い機会になれるのだろう。

 特に一般市民の一人である百合子なら、瑞穂国に住む人々の声を知れる可能性も広がるかもしれない。

 ウィルなりに考えた交流作戦も、ジェフは共有してある。


「百合子様にはブレス語を、そして坊ちゃんには瑞穂国の文化を……と、お互いに学び合えばより良い関係になるかと思うんです。いかがでしょうか?」


(そっかぁ。教え合いっこをすれば、私もブレス語の本を読める機会も増えるし、ウィル様のことも色々と知れるのかも!)


「じゃ、じゃあ、私からこうしたいのですが」

「百合子様?」

「私でよろしければ……そのこと、ウィル様にも提案をしてみますね!」

「ふふ、是非とも!」


 色んなことを触れたい意思を持ち、意を決してジェフの提案に乗ることを伝えた。

 その上で、機会を見ながら百合子から話を持ち掛けてみようと試みることに決めたのである。


 ◇ ◆ ◇


 ——お別れの時。


「では、これで……」

「あ、ジェフ様」

「おや、なんでしょう?」


 百合子はジェフに何か最後に言いたかったのか、呼び止めた。

 少し恥ずかしそうな表情だったが気を取り直し、柔らかな表情を向けてジェフに頼み事を伝える。


「あの……出来ることあればですが、ウィル様に、お返事待ってますとお伝えくださいませ」


 ジェフは彼女の意外な言葉を聞いて一瞬驚いた。

 けれどすぐさま優しい微笑みを見せ、ウィルへの言葉をしっかり受け止める。


「えぇ、もちろんです。承知いたしました。しかと伝言お預かりしましたよ」


 百合子から伝えたい想いを背負い預け、ジェフは主人の元へ帰るのであった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?