——エドワード邸内、昼過ぎ玄関に入る頃。
……バタン。
(…………)
ウィルは、気配を隠すかの如く静かにドアを閉めて邸宅へ帰ってきた。
誰にも気づかれないようにと、こっそり部屋へ戻る為だ。
「あっ、坊ちゃん! お帰りなさいませ!」
残念ながら今回もジェフがちょうど玄関を通じる廊下にいた為、主人の元へ出迎えに行く。
しかし……。
「……ただいま」
(アレ? 坊ちゃん……?)
主人はボソッとだけ返事を呟き、そそくさと自分の部屋へ向かう。
この様子にジェフは、前回と似ていると感じた。
(一言返ったものですが、また何か……?)
唯一違うのは、言葉を交わしたかどうかだけの話のみ。
これから昼食であるも、今のままでは食べてくれないだろうと予測はしている。
しかし念の為、部屋へ訪れる時に昼食のお知らせもすることにした。
食事前に、ハーブティーでヒーリングする提案を掛けようとドアの前で呼びかけた。
「坊ちゃん」
「なんだ?」
「只今、昼食が整いましたが……その食前として紅茶でも一服しま……」
「……ゴメン、今はあまり食欲が沸かない。昼食は無しでもいい。夕飯の時にしてくれないか」
「はぁ……、かしこまりました。また後ほど部屋まで運びますから、もし空腹なさったらお呼びくださいませ」
(やれやれ、前回と同じなのなら……ねぇ)
何かしらあったのだろうとは思うも、既に前回に事例があって経験済み。
文通を継続することなど色々含めると、まだ百合子との関係を例えていうなら『細い糸』の状態ではある。
その細い糸を今は少しずつ太くしながら丈夫にしていく段階だ。
(ふむぅ……まだまだ時間は掛かりそうですね。この様子だと私に出来ることは陰からそっと見守ることですな)
ジェフは、主人の心身に心配する。
けれど、その糸が千切れないように保つには、何もしない方が賢明だと判断した。
結局、紅茶の提供をするのはやめて後にするのであった。
◇ ◆ ◇
——一方、ジェフの呼び掛けが終わった後のウィルは……。
「………………~~~~!」
執事が部屋の前からいなくなってホッとしたのも束の間。
無言の圧で貫き、解放された瞬間だった。
ウィルは、バンっと机の上を両手で支えながら俯き加減になっているではないか。
あのシーンを回想しているから、情緒不安定になるのだろう。
(クソー! ダメだ……。うぅ……)
本当は窓の外へ大声で叫びたい気持ちだが、周りがその残響で聞きつけ来られても困る。
敢えて口はミュート状態にして、着ているワイシャツの胸元を手でグシャっと掴み抑えている。
だが、心の声はもう既に限界を超えていた。
(ユリコ……。どうしてあの可愛い笑顔を向けられるんだ! 俺に見せてくるとか……。もう、あんなの反則だろ……!)
ウィルは彼女の笑顔を見るたびに惚れ、真っ赤になりそうなの我慢して冷静を装っているようにしていた。
もちろん百合子の前では常に、男らしく振る舞いたいからに決まっている。
彼にとってだらしない姿を見せてしまったら間違いなくイメージ外れと思われ、彼女をドン引きさせてしまうに違いない。
そんな理由で、誰もいない一人になる時だけ解放できる瞬間なのである。
(はぁ、出し切った……。しかし、アレはいくらなんでもズルいぞ……)
彼にとって、百合子の滲み出る可愛すぎな姿を見た辛い気持ちをなんとか吐き出せた。
だが、まだ胸の中ではモヤっとしたしこりが残っているもののすぐに治るだろう。
ふとウィルは、あることに気がついた。
(はて? 確か、今度はユリコから手紙を出してくれるというが……? まさか、ジェフが入れ知恵したとか? やりかねそうだけど、気にしないフリで徹しよう)
百合子が最後に伝えた事を思い出し、今度はそっちの方が気になって仕方ない。
(そりゃあ……俺はユリコからの手紙は嬉しい……けど)
また手紙が送られることに対して、彼の喜びの気持ちは当然ある。
しかし、内心は複雑な心境も入り混じっている。
彼女自ら、すすんで書くなんてあるのだろうかと疑念に感じていた。
悪い方向に思い込んでしまいそうなウィルの癖だが、余計なことを考えないように……いや、考えたくないという選択の方が正しいのだろう。
やはりどうしても彼の中では、まだ疑いが晴れないままだ。
(あの表情からして、彼女なら悪い様には書かないとしても、今度は一体何を話題に出すんだろうか?)
百合子からの手紙を想像しながら、またしてもソワソワしながら暫し待っているのである。