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第四十七話 心秘める栞

 ——日として同じく、百合子の部屋内。


 百合子はウィルとの再会後、店で頼まれたお使いが終わり夕方に帰宅した。


(ふぅ、お使いも全部終わったし部屋に戻らないと! ふふっ、楽しみだなぁ!)


 ウキウキしながら帰ってきたら、あの楽しみが……。

 部屋に入った後、すぐ両手で本を高く天井に掲げている。

 そして、メルヘンチックにクルクルと踊るような舞いで歓喜していた。


(はわわぁ~……これが、ブリストリアル帝国で読まれている本……! ついに本物の本を読めるなんて!)


 家に帰ってきてからも、異国の本を見てはうっとりしていた。

 目を輝かせながらウィルから借りた本の表紙など、ここでも周りをじっくり眺めている。

 彼女にとって、憧れていた異国の本をようやく手にしたのが相当嬉しかったのだろう。

 思わず本の表紙に頬擦りしたくなる程だが、借り物に傷をつけてはいけないと制御した。


(あぁ~なんて素晴らしいもの! いえ、今は眺めているだけじゃダメだわ! 借り物なんだし、これから本文を早く読まないと……って、あれ? これは……?)


 その傍ら、布製の短いリボンが本からはみ出ているのを発見した。

 そのページを捲り広げると、黄色味のある和紙で出来た栞と白い封筒が挟まれていた。

 栞には桜の花弁を柄として施し、ピンク色のリボンは穴の空いた箇所で結ばれている。


(あら、コレって栞だ! なんて可愛らしい……! 桜の花弁も綺麗に施されて……大事にしなきゃ!)


 桜の栞を見て、さらに今後の読書する楽しみが増えた。

 しかし、ここで百合子に新たな疑問が一つ。


(でも、どうして……栞を? それにもうひとつのは白い封筒もあるけど、これはウィル様からの手紙かしら?)


 疑問に感じながら挟まれたページへ栞を一旦戻し、一緒に添えてあった封筒を取り出す。

 その封筒の表面には、百合子の名前が書かれていた。


(あ……やっぱりそうだ。私宛のものだわ!)


 本を閉じて机の上に置いて手紙を開封した後、便箋を広げてみる。

 そこにはウィル本人直筆の文章が、いつもの文とは違って多く語られてなかったものの、彼の思いが綴ってあった。


(何を書かれているのかしら? どれどれ……)


 拝啓 ユリコへ

今日は来てくれてありがとう、また会えて嬉しかった。

ただ……本を選ぶ際にキミはどんな本を読むのか検討がつかなかった。

だから、今回はどのジャンルでも読めるような本を選んでみた。

キミがこれを読んで、気に入ってくれたら良いと……。


(そっか……私の好みなんて知る由もないのはそりゃそうだよね。まずはそこからだったわ)


 好きな物語の系統を全く彼に教えていなかったのは盲点だった。

 とはいえ、百合子はまだ読んだことがないジャンルが沢山あって新鮮なものだと感じている。


(とりあえず、面白いのかどうかは読んでみないとわからないものが多いし、楽しみだわ)


 他にどんな内容が綴っているのか、続きを見ることにする。



あと、読んでみて分からない言葉や表現がきっとあると思う。

またどこかで会う時や手紙で教えるから、その時は遠慮せず聞いてくれ。

私もなるべくキミにわかりやすいような解説や伝統、風習を教えてあげたいし、帝国のことをたくさん知ってほしい。


(えっ、本当に? いいのかな?)


 ウィルからの気遣いには、毎度ながら感心してしまう。

 大きな仕事を携わる中、会って話す時間を作ってくれるだけでもありがたく感じている。


(でも、なるべく負担をかけないように気をつけないと)


 ここで本文を読み終わるが、名前の後にいつもの恒例も書かれていた。


(あっ、例の「追伸」がある……! 今回はなんだろう?)


 いつの間にか、本文と同じように「追伸」も期待していた。

 なぜなら、そこには……。


 追伸

この本に挟んだサクラの栞は、ユリコにちょっとしたプレゼントだ。

視察の際に庭園で見た桜の話を覚えているだろうか?

その時に、この花を押し花にしてキミが見られたらいいと願っていたものだ。

何か代わりになるものを……と些細なことかもしれんが作ってみたんだ。

だが、今は隣にいれないけれど来年、再来年でも今度こそユリコと一緒に見たい……。


(……ウィル様、そこまで考えてらっしゃるなんて)


 彼女の疑問が、ここで全て解消された。

 桜の栞を渡した意図と想いが、やはり前の時と同じようにここで詰まっている。

 本来なら、本文の中の一つとして書くのが筋だろう。

 そこへ書かないのは、きっと百合子だけにしか打ち明けられないもの。

 だがら、敢えて利用しているのかもしれない。


(桜かぁ。当たり前にある植物だったから自然と目にはしていたけれど。ウィル様にはそう感じていたのですね)


 しかし、ふと最後の文章を読んだ後。


 ……ボンッ!


 百合子は、思わずウィルの手紙で真っ赤になった顔を覆い被せてしまいそうになる。

 近い将来だとしても彼の隣で歩く姿を想像すると、まるで恋人の感覚だ。

 いつかは好きな人との傍で笑い合い、ドキドキしながらお互いの手に触れ繋いていくシーンを……。


(……なんだろう、ちょっとドキドキしちゃった)


 お伽話のような妄想が、乙女心をくすぐっている。

 彼の備え持つ優しさと同時に、本心から親身になってくれる人が初めて現れたと感じた。

 その慣れない彼からの行動が、より百合子の初々しい恋心を刺激しているのだろう。


(「恋」って、本当になるかなんてどうかはまだ分からないけど……彼と仲良くしているそんな夢を見てみたい)


 そんな想いを抱きながら、彼のことをもっと知りたいと思うように。

 ほんの僅かでも、離れている距離から人並みくらいに縮まる間柄で普通の会話を気持ちが増していく。


(手紙だと私もブレス語を書くのはだんだん慣れてきたし、今度は対面でちょっとずつ向き合えたら……)


 ウィルの女性苦手はまだ残っているどころか解決も至ってない。

 百合子ですら横並びで会話出来る範囲だが、まだ長時間過ごすのは難しいのだろう。


(今はまだ「知り合い」の段階だし、まずは友人関係からでしょう。ひとまず、本を読みながら次のお手紙を書く内容を考えるのもいいかもしれないわね)


 そして、百合子はウィルから借りた本の表紙を捲り、初めて読む物語をゆっくり読み進めていくのである。


 ——その夜……。


百合子はウィルから借りた本をどんどん読み進めている。

そして、アンソロジーの一編をそろそろ読み終わろうとしていた。


(この作品、なかなかいい話……。)


今、百合子の読んでいる作品は、エッセーというジャンルだ。

瑞穂国でいう随筆のことで、日常のことに対し思うままのことを綴られていた。


(自分の見たことや聞いたことを言葉にする……。そういうお話も素敵だわ)


だが、ふとしたことで今度はぼんやりと別のことを考えていた。


(ウィル様に瑞穂国の文化を教える……かぁ。うーん……難しい)


その内容は、ジェフが提案していたことだった。

それを思い出したものの、どのように教えるのがいいのかなど色々と方法を模索している。

瑞穂国の絵画に興味があるというも、百合子は子供以外に教えることは当然未経験である。


(教える方法はいくらかあるとして、場所は……落ち着いた場所で教えるのが良さそうだけど、何処がいいのかしら?)


ウィルと一緒に過ごすのなら、静かな部屋の方がいいだろうと考えている。

と、そこに一つ思い浮かぶ場所があった。


(あっ! 今度「知恵の図書館」でウィル様と対話とか……)


いつも読み聞かせ会を行なっている場所の本元のことだ。

「知恵の図書館」だと、瑞穂国の蔵書や資料が少しだけある。

その中に、ブレス語で翻訳された瑞穂国についての本も含まれている。

オマケに平日だと子供達は孤児院で過ごしている為、尚更静かな環境だ。


(よし、今度お会いする時はそこでお話が出来たら……)


百合子も今読んでいるウィルから借りた本についてのことも教えてほしいのだろう。

わからないところをまとめて聞けそうな気がしたからだ。

他にもメリットはあるだろうと、もう一考してみる。


(きっと、絵画以外にも彼の興味がありそうなことが見えてくるかもしれないし、それを話題に持ってこれば会話のキッカケにも!)


ウィルの好きなものを知れば、もしかしたら会話が弾むだろうと考えた。

その為にも、今読んでいる本のページを進めて、教えてもらう箇所を探りながら次に出す手紙の内容をまとめて出すことにした。


(あとは手紙に私の想いを付け加えたら、次の約束をしてくれるかなぁ?)


 ——彼との勉強会を策を練りながら、手紙を綴っていくのである。

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