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第四十九話 百合子からの提案

 ——一方、執事が去った後、部屋の中にいる主人は……。


(はぁ……ったく、ジェフめ……。相変わらず、ユリコからの手紙が気になっているのか?)


 百合子との手紙の中身は、絶対に一人で読むと文通を始めたときから決めていることだった。

 その故、信頼できるジェフですら見せない、というよりも見せたくないのだろう。

 しかし、それにも関わらずジェフは何を探ろうと困った顔を拭えないでいる。


(と言っても、どのみちユリコのところへ手紙の用事で行っているんだから、彼女からは、何かしら話の内容は漏れているのだろうが……。ん? そうなると、今度は俺の心情を……なのか? まさかなぁ……って、そこを探ってまで揶揄いたいのか……?)


 そんな執事の姿を浮かび上がっててしまいそうだが、頭の上からなるべく消している。

 馬鹿にしているわけではないとわかっていても、決して悪趣味なことをしているところなんて想像したくない。


(あぁ! 寒気の出そうな執事が揶揄う妄想のことはもういい! 余計なことまで考えたくないし時間がもったいない! 早く手紙を読まねば……)


 気を取り直して、机の上に置いてくれた白封筒を手に取る。

 封筒の宛名に書かれた自分の名をしばらく見つめている。


(……ユリコ、いつもながらの綺麗な字だ……)


 表情には出さないものの、まるで犬の尻尾を生やして振り喜んでいるようにも見えそうだ。

 目も細めながらも、異国人が持つ特色の瞳も輝かせている。


(さて……今回、ユリコからの手紙は……っと、ん?)


 いつものように封筒を開け、便箋を広げる。

 変わりなければ、真っ白な便箋で文を認めているのだが、今回は違った。


(ユリコが、こんな柄物を使うなんて珍しい……。何か意図がありそうかもな)


 羽ペンの絵柄が、便箋の真上にエンボス加工でワンポイントとして施されている。

 恐らく、今日送られたレターセットは舶来品から仕入れたものなのだろう。

 そして、その真意に何かあるのかもとウィルは文を読むことにした。



 ——拝啓 ウィル様


先日は本をお貸しいただき、ありがとうございます。

借りた本を読み進めてから今ですね、半分をようやく満たすかどうかという段階まで読み終えてます。


(おぉ? ユリコ……そんなにスイスイと読んでいると……)


 楽しんで読書しているならと、感心しながら心の中でニコニコ顔になれそうだったのは束の間だけ。

 何故なら、あることに気づいてしまったからだ。


(へ? えっ? ちょっと待てよ? 本を貸してから……)


 ウィルは、そのせいで戸惑ってしまった。

 念の為と思い返しながら確認をする。

 彼女と会って本を貸したあの日から、今日までの日数を指で数えているではないか。

 瑞穂国出身且つ女学校で学んだ程度という百合子の読書ペースが、こんなにも早いものだということだ。

 そんな事実に驚きを隠せなかった。


(いや、うん……今は余計なことを考えるのは止めよう! とりあえず、今は手紙を読むことが優先だ! 続きだ! 続きは?)


 邪心な考えをなるべく避けて、彼女の手紙の続きを読むことにすると、今度は違う方向について書かれている。


(中略)

物語の内容は、ある程度になりますが把握出来ています上、全てが興味深いものばかりです。

けれど……どうしても辞書で調べても分からない部分がございまして……。

ウィル様に手紙で毎回一個ずつ聞くのも大変なことになりそうなので、どうしたらと悩みながらこうして手紙を認めました。

なので、私からの提案をさせていただけたらと思ってます。


(あぁ、やっぱりか。ブレス語の辞書でもわからない表現はいくらでもあるからなぁ。ん? ユリコから提案?)


 彼女からの一文に、ほぅ……と頷きながら興味を惹いた。

 どんなことを繰り広げられるのかと、ウィルは単純に知りたくなる。

 今まで彼からの案を出すことが多かったからだ。


(なるほど、それは興味深いな。さぁて、ユリコは一体何を提示してくれるんだ?)


「え……」


 期待を膨らせながら、続きを辿っていく。

 ここである問題が起きてしまった。

 それは、彼にとってかつてない予想外な内容だった。


この案をお許しいただけたらのお話です。

私からなんて図々しいお願いになるかもしれませんが……。

一度、いつも中庭でお会いしている場所「知恵の図書館」で一緒にお話や勉強をしてみませんか?


(………………)


「…………え? 嘘、だろ?」


 無言の間には、色んな思考を張り巡らしている。

 だが、その考えからウィルの表情が一気に忙しくなってきた。

 額からも冷や汗が浮き出て止まらない。

 顔が真っ赤になる反面、少し青い部分も出ている。


(いや……いやいやいやいや! 正気、なのか? 俺がユリコに教えるとは言ったが……!)


 かなり否定的なことを叫びたくなってしまいそうになり、手紙をポロッと落としかける。

 これには、中庭で話す時と事情が違う。

 今までなら彼女との距離は離れていても、それなりに会話をすることが出来ているはずと思っている。

 しかし……。


(言ったけど……部屋で二人っきりに、だろ? こんなの……)


 そんな願いを書く百合子でも、その後には心遣いのある文章も書かれている。


無理なことであれば、もちろん断っていただいても構いません。

ウィル様のお仕事など、色々と支障が出てくると思ってますし……。

いつも中庭で会話する時と同じように、部屋の中でも少し離れた距離で保ちながらと。

ただ、本当に物語の筋を正しく知りたいだけなのです。

その……図書館で、言葉の意味や翻訳を教えていただけたら助かります。

また、ウィル様からの返事を待ってます。


伏原 百合子



「…………」


(いや、ユリコよ……。違う、違うんだ……。仕事が忙しいからとかじゃないんだ。どう言えばいいんだろうか……)


 待ってくれと言わんばかりに、ウィルの頭の中はパニックに陥った。

 その結果、またもや彼の思考回路が停止してしまった。

 深呼吸など色々な手法でなんとしても落ち着かせようと試みるも、結論の出せる言葉が出ないまま無言になってしまう。


(はぁ……参ったなぁ。こういう時はどうすりゃいいんだ、俺……)


 何度も手紙を送るのは迷惑かけてしまうだろうという意味で、百合子の気遣いには気づいている。

 しかし、解決の視野が見えない以上、行動にも移せなくなった。

 彼の右手で片目ごと覆うくらい、クラっと目眩しそうに悩み抱え込む。


(こうなったら一度、冷静に考えたいから暫しだけ返事を待ってもらうよう、その内容で書くしかないか……)


 彼にとって人生の中、指で数えられるくらい相当なレベルで悩ましいものだ。

 だが、返事を返さないと百合子の顔から心配と悲しみの顔が目に浮かび上がる。

 そんな表情をなるべく見せさせたくないけれど、解決策の答えに天秤に掛けられている気分にもなる。


(済まない、ユリコ……。少し時間掛かるが、待っててくれよ)


 そう唸りつつ、心の中で百合子の手紙に向けて謝る。

 重い悩みをのしかかりながら、彼なりの答えを試行錯誤して文を進めるのである。


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