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◆第29話

 ワタシの名前はラマレーン! この世界で女の子をしている、普通の聖霊だよ! そんなワタシは今、とある魔族に、狭い狭い牢獄に捕囚されているの……。


(はっ! どうしてワタシは、少女漫画のモノローグみたいなことを……! 彼女に染まりつつあるということ……!? ダメ、ダメだよラマレーン!)


 そう、ワタシは彼女──魔族アリスを説得しなければならないのだから!


「ねぇ、ここから出して!」


 遠くの、可愛らしい装飾がほどこされたベッドで寝ているアリスにワタシは言う。だけど、無視されちゃう。体を起こしてワタシを見たけど……「んあー……」と息を漏らして、すぐにまた横になってしまった。


「お話しましょう、きっと、話せばわかると思うの!」


「…………」


「アリスさんの思い描く世界も、否定しないわ! だけど、ワタシの話も聞いて欲しい!」


「…………」


「ワタシと、腹割って話そうやぁ?」


「……急にどうしたの?」


 はっ! いけないいけない! 今度は、ここにたまに来るチェーンソーを持ったメイドの人の口調が移ってしまったみたい!

 ラマレーン、心の中で陳謝、陳謝!


「アリスさんは……えっと、どんな人の希う世界だって創りあげることができるわ! そして──その世界で、永遠に、幸せに生きさせてあげることも……」


「そーだよ。あたしに”救済”されてるニンゲンは、いっぱいいるんだぁ……」


「でも、それは……都合のいい夢、でしかないわ」


「夢だって気づかないんだからいいじゃぁん……」


「本人はそうかもしれないわ。だけど……周りの人は? 自分の大事な人が、ずっと夢に捕らえられているのよ?」


「じゃあその人も、夢物語に招待してあげればいいよぉ……」


「えー!? た、確かに……!!」


 はっ!

 ワタシ、論破される!

 いやいや、それじゃダメ! 時には、相手の意見を完全に──とまではいかないけど、いっぱい否定して、自分の想いを伝えなければいけない!


「人間だって、魔族だって、失敗して、成長するわ。幸せな夢はいつかは覚めて、辛い思いをして……だけど、それを乗り越えたとき、もっと幸せになれるわ!」


 これがワタシの全ての想い!


「ぐー……ぐー……」


「寝てる!?」


 また、ダメだった……。いつも、アリスさんはワタシとの話の途中で寝てしまう……。


(うーん……どうすれば、いいんだろう)


 ワタシ、途方に暮れています。


(でも)


 だけど、もしかしたら、もしかしたらって思うんです。


 誰が召喚してくれたのか分からないけど。


 だって、確かに、勇者の気配が徐々に近づいているのですから──。


(はっ! また漫画のモノローグみたいなのが頭に!)


 こうして、何もできずにモヤモヤとするワタシの一日は幕を開けるのでした。



 モンティーク街を出発することになった俺たち。ラズリが有名人であることから、一目につかないよう、彼女が手配してくれた馬車で王都まで向かうことになった。どうしてもラズリの変装する魔法を、エーテルの鍵が解除してしまったから……。


「すぴー……すぴー……」


 馬車に揺られること数分で、リコは似合わぬ可愛らしい寝息を立てていた。本当に、この幼体は疲労が溜まるらしいな。


「ちゃんと金返すラピよ」


 リコの寝顔を眺めていると、ラズリが俺をにらんでいた。どうやら王都行きの馬車は高いらしいが、俺たちの手持ちじゃ普通に払えなかった。


「借りたものは返すさ。なんとかしてな」


「それならいいけど。それと、ラズリのたわわに実ったおっぱい見たことも許してないから」


「もはや表現、官能小説ってよりエロ漫画だな」


「昨日も言ってたけど、カンノウショウセツってなに? エロ漫画は分かるけど」


「エロ漫画分かるのかよ! ……まあそれの、小説版みたいなものだ。俺が住んでた世界にあったんだ」


「なるほどね。結構君の住んでた世界のエンタメも、たのしそーじゃん」


「遼でいい──ってか、自己紹介してなかったな。俺の名前は深谷 遼という」


「そうなんだ。よろしくね、君」


「リコもそうだがなんで俺の名前呼んでくれないんだ──あぁ、こいつはリコな。フルネームは忘れたが、リコ・ヴァンパイアみたいな名前だ」


「チビ。ってか、チビと一緒の呼び方イヤラピね。じゃあタイミングをうかがって遼って呼ぶ」


「嬉しいような悲しいようなだな、それ」


 なんか、両手に華という状況だが、俺の思い描いていたハーレムと違うな。リコもラズリもとてつもなく顔が可愛いのだが、いかんせん内面が濃すぎる。二人とも口悪いし。ラズリに関しちゃ、いわゆる美人人気ストリーマーって肩書きも完璧なのに……何故……。


「……そういえば、この世界のストリーマーって、どうやって金稼ぐんだ?」


「え、投げ銭」


「……もう一回言ってくれ」


「だから投げ銭。スパチャとも言う」


「……なるほど」


 とても耳なじみある単語だった。


「ちなみに、それはどうやって?」


「あぁ、えっとね──」


 ラズリがそう言って、一瞬目を閉じて──パッと開くと、俺の目の前に、昨日空に浮かんでいたような映像が目の前に現れる。映っているのは、ドアップのリコの寝顔だ。ドアップの寝顔でも可愛いから、憎たらしい。


「例の映写魔法か。これで配信してるんだったな」


「そそ。ここに──お金、投げてみて」


「金……? 分かった」


 俺はポケットから、なけなしの銀貨一枚を取り出す。そして、投げる。

 すると──。

 空間に浮かぶリコの寝顔の映像に吸い込まれるように、銀貨は姿を消す。

 そして、それは瞬間移動するように、ラズリの近くに銀貨が現れ、重力によって落とされた。


「こういうこと。名前の通り、投げ銭」


「……なんか、あれだな。こういうのって、リアル硬貨で見ると生々しいな」


「どういう意味?」


 何故、魔法が存在する異世界のが生々しく見えるのか。もしかしたら、インターネットの世界とは魔法を超越するのかもしれない。俺はそう思った。……まあ、父親にほとんど触れさせてもらえなかったから、あんま知らないけど。

 それから、俺はラズリと、それぞれの世界(主にエンタメ)について話すのだった。……リコと二人きりなら会話は無さそうな気もするし、ラズリの存在は、ビジネスパートナーだとしても大きいのかもしれない。

 馬車に揺られながら、時折、そんなことを思っていた。



 馬車から降りると──目の前には、まさに城門といった、荘厳な石造りの門があった。その奥には、様々な建物が、遠くには王城らしき巨大なものが見える。御者に礼を言って、彼が去ったあと──改めて、王都を、周辺を見渡した。


「ふわぁ……。わたしが前きたときより、ずいぶんと静か」


 寝ぼけたリコが欠伸をしながらそう言った。確かに、中流域中心となる王都、という割には、人気が少ない。辺りは、綺麗な緑色の芝の生えた平野で、まだ夕日も沈んでいないが、静かだ。


「おそらくこれも、アリスのせいラピね。西にはアリスの根城があるし、怯えて外に出ないのかも」


 そのアンサーは、ラズリの口から発せられた。


「なるほどな。だが、兵士とやらもいるんだろ? なにがしかの対応をするだろ」


「魔族がニンゲンに負けるものか。それも、四天王だぞ、四天王!」


「リコは今こっち側だからな。胸を張るな、胸を」


「だってよチビ、無い胸を張るなラピ」


 勝ち誇ったような顔で、ラズリはリコを見る。俺は……そんなラズリの胸元に、目をやる。


「ラズリも無いぞ」


「豊潤な双丘ですけど!?」


 そんなくだらないやり取りをしながら、俺たちは王都の門をかいくぐるのだった──。

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