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 五雲国に渡った遣使たちが頭を悩ませている頃。


 虹霓国こうげいこく、南の大宰府には、秘密裏にとある使者が訪れていた。

 五雲国しん州、五雲国に併合された元蜃国よりの密使である。


 光環国と違い、古くから五雲国支配下に置かれているが、事あるごとに独立を試みている。


 関白、蘇芳深雪すおうのみゆきは眉間の皺を深くした。

 密使の要件は想像がつく。

 五雲国よりの独立の後押しであろう。


 今までは国交などほとんどなかったというのに。

 五雲国との同盟が持ち上がって以来、彼方此方あちこちからの干渉のなんと多いことか。


 天恵人参てんけいにんじんなど、薬種のたぐいの輸入が増えたことは望ましい。

 南方が栄えるのは喜ばしい。

 だが。


「虹霓国は戦をせぬと云うておろうが」


 余計な揉め事を持ち込まないでほしい。

 こちらは本当に手一杯なのだから。


 しらせを運んで来た蔵人が恐る恐る深雪に問う。


「あのう、関白さま。主上には……」

「ご報告せぬ訳にはいかぬだろう」


 さらさらと筆を走らせて、深雪は書状をしたためた。


「まずはこれを南府へ届けよ。主上へのご報告はそれからでよい」

「御意」






 さて、一方の五雲国。

 雨乞い部隊が正式に編成された。


 隊長に遣使次官の浅葱佐々介あさぎのささげ

 陰陽師が朱鷺都波岐ときのつばき、朱鷺三稜草みくり、朱鷺合歓ねむ

 神祇官が淡香久利うすこうのくり鶸忍ひわのしのぶ裏葉小菊うらはのこぎく

 雑用係として白土真菰しらつちのまこもを始めとした雑色三名。

 五雲国側から道案内と護衛が合わせて十二名。

 計、二二名。中々の大所帯だ。


 凍星は佐々介と真菰に特に耳打ちした。

 派遣先の様子をつぶさに見てくるように、と。


 諜報活動はとにかく情報がものをいう。

 何が重用で何が無用かは女王と関白とが判断する。


 凍星の役目は、五雲国の情報を多量に収集することだ。


 今、五雲国の王宮内で高まっている虹霓国排斥の空気。

 それが王宮内だけのものなのか、はたまた国に広く広まっているものなのか。

 それだけでも確かめたい。



 そう思って送り出したのだが。



 帰還した雨乞い部隊の疲弊した様子に、凍星は顔をしかめた。

 久利と小菊が倒れたそうだ。


「酷いものでした」


 佐々介は悲痛な顔で首を振る。


「荒廃、と言っていいでしょう。衰亡すいぼうへ向かう地が広がっておりました」


 王都、康安こうあんからそうは離れていない農村地区だったという。

 田畑は乾き切ってひび割れて、深い裂け目が無数に走り。


 風が吹く度に、乾き切った土が舞い上がる。

 砂塵が空を覆い、視界を遮り。


 作物はしおれ、或いは枯れ果てて、茎も葉も茶色いものばかり。

 井戸は干上がり、また、川や池の底も露呈していて。


 野生動物ばかりか家畜までもが水を求め、弱々しく彷徨さまよう。

 農民たちは天を仰いで雨を願うが、湿り気の気配すら無い。


「雨は降りました。皆よくやってくれた。しかし、あれでは焼け石に水です」


 真菰が農民らと交わした会話から感じられたのは、朝廷への強い不満だったという。

 不作に次ぐ不作。

 だというのに、税は軽くなるどころか益々増える。


 若い男は挑発され、軍にとられる。

 残されたのは老人や女子供。


 自分たちの食べる分さえ取り上げられ。

 どうやって生きて行けば良いというのか。


 嘆く老人に縋られ、けれど真菰では何もしてやることができず。


 雨乞いの儀式自体も大変だったようだ。


 雨の神に問い掛けても、返って来るのは沈黙だけ。

 まずは神の意を伺うべく、斎庭ゆにわを整えることとした。

 良き場所を卜部が選び、陰陽師らが周囲の穢れを祓い、神部が清める。

 巫覡は神に舞楽を捧げた。


 降りたのは荒ぶる神の威の片鱗。


 宥め、慰め、鎮める。

 力の限り舞った小菊は息も絶え絶えで。

 今もまだ寝込んでいる。

 久利も神威にてられて、随分と消耗したようだ。


荒魂あらみたまとはまた違うものでございました。凄まじき怒りはありましたが、それよりも諦めと悲しみが強く……。の神は酷く嘆いておられました」


 大地が荒廃したのも道理だと、久利を始めとした皆が口にした。

 神々は去ったのではない。


 今にも死に絶えようとしているのだと。


「龍脈が涸れかかっています。国を挙げて祭祀を行い、神々を、神威を呼び戻さねば……」


 久利は言葉を切った。

 全国あまねく行脚して、祭祀を行わなくては手遅れになる。


 康安は龍穴に座すが、既にその力は去った。

 そこに繋がる龍脈も途切れがちで、寧ろ王宮から枯渇が広がっているようにすら。


 忍が久利の肩を叩く。


「卜部として申し上げます。神々から見限られれば、五雲国は」


 少し躊躇ためらい、けれど忍はその言葉を口にした。


「遠からず滅びましょう」


 忍の言葉に久利は頷き、凍星は渋面になる。


 五雲国の王に告げるべきだろうか。


 諫言すべきと思う。

 だがこの国の者でない彼らの言葉は届くだろうか。


 妄言と無視されるならばまだ良い。

 讒言ざんげんと取られ、刑に処されるかもしれない。


 また、虹霓国が五雲国を糾弾する形になるのは思わしくない。


 凍星は考え込む。

 王弟、玄曙草げんしょそうは虹霓国に好意的だ。少なくとも表向きは。

 彼を通して王へ進言を図るか。


「いずれにせよ、まずは虹霓国くににご報告申し上げるべきだな。その上で主上のご判断を仰ごう」


 もしや絶好の機会なのだろうか。

 上手く立ち回れば、五雲国の力を削げるかもしれない。


 凍星は思考に深く沈んでいく。

 五雲国が滅び、或いは滅びずとも混乱を来たし、虹霓国に構う余裕が無くなれば。



 束の間であっても時間稼ぎにはなるのだ。


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