目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報

終章

 ひとつふたつと月日は巡る。

 五雲国ごうんこくより王妹、玄鳳梨げんほうり虹霓国こうげいこくに留学し、三年が経った。


 榠樝かりんは二一歳となり、鳳梨は十六歳。

 目まぐるしく、あっという間に過ぎ去った三年であった。


主上おかみのお計らいにより、わたくしもどうにか神職としての役割が果たせそうな気がして参りました」


「そなたは覚えが良いと、教師たちからも評判は聞いておる」


「畏れ多いことに存じます」


 すっかり虹霓国に馴染んだ鳳梨。

 身に纏うのは五雲国の衣ではなく、虹霓国の白装束。

 神職の装いだ。


ようやく、故郷へ神の御業みわざを伝えられますこと、心よりお礼申し上げます」


「寂しくなるな」


 榠樝は本心からそう呟いた。

 この三年で、二人は厚く友情を育んだ。

 それは両国の確かな架け橋となるだろう。


「わたくしも寂しゅうございます。ですが、そうも申してはおられません。未だ五雲国の大地は揺れ動き、嘆きも悲しみも根強く残っておりますれば、わたくしは王族として、それを鎮めなければなりません」


 何年掛かることだろう。

 十年、二十年。

 もしかしたら次の代にまで及ぶかもしれない鎮魂の祈り。


「力添えできることがあれば、何でも申されよ」


「ありがとう存じます」


 鳳梨は目を細めた。

 榠樝と御簾越しでなく対面するようになって、一年と半分。

 長いような短いような。

 過ぎてみれば瞬き程の間しか経っていない気がするのに。


「兄が」


「うん」


「兄が主上をお慕いする理由が、わかった気が致しました」


 渋面になる榠樝に、鳳梨はくすくすと笑った。

 そう。

 わかってしまった。


 榠樝がどれだけ素晴らしい為政者なのか。

 どれだけ皆に慕われているのか。

 それが、どれほどの努力によって成されているものなのか。


 榠樝が国の為に、どれほど心を砕いているのか。

 虹霓国のことだけでなく、五雲国のことまでをも。


 榠樝が五雲国の王后となってくれたなら、これほど心強いことはないだろう。


 けれど。

 鳳梨は首を振る。


 そう。

 わかってしまったから。


「主上は、虹霓国の女王であらせられます。五雲国へは、来て頂けませんね」


 拗ねたような物言いだけれど。

 静かな諦めと悲しみの混じった声音。

 榠樝は誤魔化さずに微笑んだ。


「すまぬな。私にも譲れぬものがあるのだ」


 五雲国の留学生たちを送る宴は盛大に執り行われた。



 そして。


 今日、一行は王都天雀てんじゃくを発つ。

 鳳梨は榠樝に最後の挨拶をし、軽やかに去って行った。

 また参ります、と晴れやかな笑顔を見せて。


ようやく一息けますな」


 関白、蘇芳深雪は少しだけ寂しげな榠樝を見、かぶりを振った。

 榠樝は気付いて檜扇で顔を隠した。


「これからが本番とも言える。鳳梨どのが居た間は五雲国の動きは静かだったが」


「人質のようなものですからな」


 要らぬ混ぜっ返しに、榠樝は鼻の頭に皺を寄せた。


「意地の悪いことだ、関白」


「畏れ入ります」


「誉めてないぞ」


然様さようで」


 こほん、と榠樝はひとつ咳払いをする。


「これから五雲国の動きは活発化するだろう。鳳梨どのに全国行脚し鎮魂慰撫を執り行うよう助言はしたが、秋霜が、いや、五雲国の朝廷が、か。素直に聞いてくれるかはわからぬ」


「問題は無いかと存じます」


「随分楽観的だな。意外だ」


 深雪は静かに唇の端を引き上げた。


「お二人はよき友情を育めたかと。鳳梨どのが主上を裏切る真似は致しますまい」


「これまた意外だ。鳳梨どのがそう思ってくれていたとて、周りが許すかはわかるまいに」


 深雪は目を細め、唇の端を引き上げる。


「主上は、一段とひねくれて参りましたな」


「誉め言葉と受け取って置こう」


 ともかく、と深雪は遠くを見る目をした。


「ひとまずは安堵しても宜しゅうございましょう。しばしの間でございましょうが、どうぞ、羽を伸ばされませ」



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?