藤花の宴が終わり、
四月一日。
今日よりは、暦の上では夏である。
御前定の後、
深雪は頷き、咳払いをする。
「本日は更にひとつ、
勿体ぶった仕草で居並ぶ公卿を一瞥し、深雪は榠樝に向かって
「では、お願い致しまする」
「うむ」
榠樝は少しだけ、居心地が悪そうに視線を揺らし、けれど高く宣言した。
「本日より王配の
前触れは無かった。
突然の宣言に、
ここは、今や榠樝の側近たちの溜まり場のような有り様になって来ている。
榠樝が居ても居なくても。
いつでも誰かが訪れて、賑やかで騒がしい。
「しかし私に一言も無く王配の競べを始めるとは」
この間、碁の勝負の時にはそのような素振りは一つも無かったのに。
それとも見落としたのだろうか。
己の不甲斐なさに、紫雲英は苛立ちを隠さない。
「せめて一言あっても良いだろう。主上も水臭い。
「紫雲英どのは、今はもう妻のある身。競べに関係はございませんでしょう」
「候補で無くとも関係はある。私は主上の一の臣であるのだからな」
堅香子が勢いよく片眉を跳ね上げた。
「それ、わたくしの前で
懐かしい遣り取りだ。
「まだやってるんだ、それ。進歩無いなあ」
「お前には言われたくない」
「あなたに言われたくありませんわ!」
二人の声が重なった。
堅香子は息つく間もなく畳み掛ける。
「大体あなたも最早候補からは外されておりますでしょう。何だってノコノコこんな所にまで顔を出しておりますの。仕事なさいませ。北の大宰府にお戻りなさいな」
茅花は大宰少弐として、意外にもまめまめしく働いている。
そして先日、めでたく北の方を迎えた。
もう少し待っていれば、と思わないことも無いが。
茅花は目を細めた。
かつて榠樝に恋い焦がれた気持ちに、嘘は無い。
けれど、茅花では届かないことも思い知った。
「俺だってかつての婿がねだったんだから、顔を出すくらいいいじゃん。懐かしい面子ばかりだし……そうでもないか」
「若輩者ではございますが、この度競べに加わらせて頂くこととなりました。宜しくお願い申し上げます」
「こんな顔をしているが、六花は中々の曲者だ。
「まさかお前、私の文を握り潰したりなどは……」
紅雨が口元を引き攣らせ、六花が顔を顰めた。
「致しませんよ、そのような。きちんとお渡し致しましたのでご安心ください。笹百合さまもお人が悪い。誤解を招くような物言いはお止めください」
不満気な表情の六花に、笹百合が苦笑する。
「何が誤解なものか。私が重ねて言い置かねば、私の文もろとも無かったことにするつもりだっただろう」
「何を根拠にそのような」
「
笹百合がすぱりと言い切れば、小さく舌打ちが聞こえた気がする。
「……弟の恋路を邪魔するなど、酷い兄ですね」
笹百合は艶やかに微笑んで。
六花は貼り付けたような笑みで応じる。
激しい火花が散る様子に、紅雨が歯噛みした。
「笹百合どのも六花どのも、表立って正々堂々と勝負をしろ。裏で動かれては困る」
笹百合がくすりと笑った。
「相手の困ることをするのが勝つ秘訣ですよ、紅雨どの」
「だから、そういう所がだなあ!」
紫雲英が咳払いをした。
「とにかく、
紅雨が冷ややかな目を紫雲英に向けた。
「主上が女東宮の頃からまるで変わらぬだろう、それは」
紫雲英の眉間に皺が寄った。
つん、と顎を上げて宣言する。
「お前は特に助けてやらぬ。助言も無しだ」
「そ、それはどうかと思うぞ!この中で一番主上に近しいのはお前なのだから、それは卑怯ではないか?」
慌てる紅雨に、けんもほろろに返す紫雲英。
全く、今をときめく貴公子たちが揃いも揃って、なんとみっともないことか。
堅香子が目を細めた。
「懐かしいですわねえ、この感じ」
「だね。昔に戻ったみたいだ」
堅香子と茅花とがほのぼのとした会話を交わし、六花が笹百合を見た。
「当時から、このように喧しかったのですか?」
「そうだね。ここに山桜桃どのが加わって、堅香子どのが張り合って。君の兄上の虎杖どのと、花時どのも居て。ふふ、今よりずっと騒がしかったかもしれないね」
六花がふ、と睫毛を伏せる。
「主上も」
「うん?」
「主上も懐かしいと思われるのでしょうね」
少しだけ悔し気に六花は呟く。
その時、そこに居られなかったことが、残念でならない。
あの時の六花はまだ子供で。
身体も弱く、皆の足枷でしかなかった。
そう。
弱く小さかった。
だが、今は違う。
虹霓国使節団
今や虹霓国一、五雲国に精通している官ではないだろうか。
表向きのことから口に出せない
凍星が可能な限り書き送ってくれる。
「主上は何よりも虹霓国のことを思っておられる。故に一番有益である者を選びましょう。私がそうであると内外に示さなくては」
六花が胸を張り、笹百合が目を眇める。
だが紅雨が先んじて言った。
「思い上がりも
紫雲英が眉間を押さえ、堅香子が溜め息を吐き、茅花が笑う。
六花は笹百合を窺った。
「昔からこうなのですか?」
笹百合は頷いた。
「変わらないね」