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第41話

 王子の助けを借り、アオはスイの隣に腰を下ろし、同じように脚を冷たい海の中に浸した。燃えるように熱くて痛い足が少しマシになったような気がする。


 アオがホッと息を吐いたのを確認すると、王子は優しい声音で話し出す。


「僕は、スイと結婚することにしたんだ」


(は⁉)

「は⁉」


 薄々察してはいたし、いつ言われても大丈夫なように心積もりはしていたのだが、実際に言われるとあまりの衝撃に取り繕うこともできなかった。


 まさかのリアクションに、スイも王子も目を丸くする。


「あ、ごめんなさい……えっと……」


 慌てて取り繕うアオは、どうしようかとスイを見る。しかしスイはどうしようかなどと思っていない。アオに見られ、表情こそ元に戻ったがなにも言えない。


 ここで素直におめでとうと言えればこれで終わるのだが、意地でもおめでとうとは言いたくない。


「式とかは……」


 なんとか言えるのはここまでだ。


 スイに問いかけたが、当然答えることができないため、代わりに王子が答える。


「もちろんあげるよ、それも盛大にやろうと決めていてね」

「そうなんですか……いつごろ……?」

「今すぐにでもあげたいんだけど、準備もあるだろうしね。明日報告をして、明後日は準備、明々後日になると思うんだ」


 それを聞いてどっと力が抜けるアオ。それを聞いてまずは一安心。


 結婚式は明々後日、アオの作戦実行の時は明後日。失敗しなければ、スイが王子と結婚することは無い。


 ただ一つ、心配なのは、やはりスイのことだ。


 やっと手に入った王子との結婚、その直前に王子が殺されたのなら、一番幸せな時に殺されたのなら、スイは怒るのだろうか。王子を殺したアオに本気で怒るのか。


 考えても仕方ないし、考えたところで意味は無い、考えないようにしているのにどうしても考えてしまう。


「そうなんですね、楽しみにしています」


 そう微笑んだアオ。


 そしてもう夜も遅いということで、この日はもう眠ることになり、部屋に戻る時に王子の部屋の場所を知ることができた。


 王子の部屋にスイも一緒に入っていったことにむかついたが堪える。


 後は作戦開始の時を待つだけだ。


 大きく息を吐いて、アオは目を閉じるのだった。 


「あの嵐の日、あなたを助けたのは、あなたの隣に座る私の妹、スイなんですよ」


 スイが知ってほしかったことを、アオが王子に伝えてくれた。アオが人間の脚を手に入れたと知ったとき、なにか邪魔をされるのではないかと恐れていた。実際、最初スイを見たアオの様子はおかしく、思わず逃げ出してしまったスイだったが、王子がやって来てからはさっきまでの様子が噓だったかのようで、いつもの優しい姉に戻っていた。よく考えると、ここ最近のアオの様子がおかしかったのだ。


 それが元の優しいアオに戻ってくれ、スイは嬉しくも思ったし、申し訳なくとも思っていた。


 アオも対価を払い、魔法使いからあの薬を貰って、人間の脚を手に入れたのだ。それも、王子に事実を伝えるためだけに。


 喜びに満たされたスイは、魔法使いとの会話をもう覚えていなかった。もう海の泡になって消えてしまう心配は無い。王子が自分に振り向いてくれた。これから王子と結婚し、死なない魂を手に入れることができる。これ以上の幸せなんてもう無い。


 喋ることができないことも、歩くたび足に刺すような痛みが走ることも、それに、元は魚の尻尾を持つ人魚だということも。全てアオが王子に伝えてくれた。それでも王子は拒絶することなく、受け入れてくれた。


 痛む足を気づかい、二人の時はスイを抱き上げて移動してくれる。


 同じベッドの中で王子の温かさを感じる。寝言は自分のことだ。それを聞くたびに、スイは嬉しくなって、王子の額にキスをした。


 この喜びを、海の中にいるみんなに伝えたい。幸せを分けたい。見てもらって、安心させたい。


 もう一度、王子の額にキスをして、スイは目を閉じる。



 その日見た夢は懐かしい記憶だった。


 人魚姫姉妹の末っ子のスイは姉達から可愛がられていた。その中でも、特にスイと仲が良かったのはアオだった。


 二人でいる時間が一番長く、まだ海の上に行ってはいけない年の頃、二人で揺蕩うように海の中を散歩していたりした。


 その頃のアオは優しく、いつもスイの手を引いてくれた。そんな優しいアオに、あまり自己主張が得意ではないスイも甘えていた。


 二人で見上げた、水面を照らす太陽の光が海の中を差す景色は、いつでも見られるようなありふれたものだが、忘れることはできない。


 そんなかつての記憶を夢で見たのはどうしてだろうか。


 それはやはりここ最近様子のおかしかったアオが、その時のアオに戻ってくれたからだろうか。


 昔のアオなら、スイが恋をしていることも応援してくれた。だけど最近のアオの様子はスイの応援なんてしてくれそうになかった。


 王子様に似たあの像を壊された時には、既に変わってしまったアオ。そんなアオが、いまこの海の上の世界で自分を追って来た時。覚悟を踏みにじりに来たような、全ての邪魔をしに来たように思えた。そしてその推測は正しかった――と思っていた。


 だけど、アオはここ最近の様子とは打って変わって昔のような優しいアオに戻っていた。


 王子を一目見た瞬間、急に変わったアオ。スイが王子様に向ける気持ちを理解してくれたのだろうとも思った。


 ただただ、アオは自分のことが心配だったのではないかと、見ず知らずの人間を好きになった自分を心配していたのだと。そしてそれも、アオが王子をその目で見て、言葉を交わして、王子様が素敵な方だと理解してくれて背中を押してくれたのだと。


 自分の恋が上手くいくように、話せない自分に代わって全てを伝えてくれた。そのおかげで、自分は今、こうして王子様と共にいることができる。


 そんなことを考えて、隣で揺蕩うアオを見る。


 大好きで優しい姉であるアオ。一番近くで祝ってくれる人。


 ありがとう、その気持ちを込めて、そっと手を握る。


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