目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第42話

 そしてあっという間にその日がやってきた。


 明日は遂にスイの結婚式だ。


 結婚式は国中で祝うとのことで、準備の様子から、盛大な結婚式になるだろうことが分かる。今日は城中の人間が総出で結婚式の準備をしていた。一応なにか手伝おうかと聞いたが、動くたびに足が痛むだろうからなにもしなくても大丈夫だと言われた。


 そうして日が暮れるまで作業は続いた。一瞬、夜通し作業が行われていたらどうしようと思ったが、流石に日が完全に沈む前には作業は終わっていたし、今はみんな疲れて眠っている。スイも王子も、明日に備えて今日はもう眠っているとのことだ。


 そんな誰もいない城の中を一人歩いて、あの海の中に続く階段までアオはやってきた。


 アオがこの人間の脚でいられるのは日付が変わるまでだ。時間は十分にある。やはり慣れない足の痛みに耐えながら階段を下りる。この場所で姉達がやってくるのを待つのだ。


 階段を下りきると、待つと思っていたのだが、既に姉達は待っていたらしく、アオの姿を認めるとこちらにやって来た。


 魔法使いに対価として支払って切り取られた髪の毛もまだ全然伸びていない。心配した様子の姉達は、スイが王子と結婚できることになったことを知らない。スイが海の泡になって消えない、と伝えたら姉達は喜ぶのだろうか。言うつもりの無い余計なことを考えてしまう。


「スイは?」


 ナイフをアオに渡しながら、アイがアオに今にも泣きそうな目を向ける。


「大丈夫、連れて帰るから」


 心配するなと、力強く頷く。


 アオの力強い視線に納得したアイは頷き返す。姉達は少し離れた場所で待ってくれているらしい。


 ナイフを受け取った後、迅速かつ慎重に王子の部屋へと向かう。


 部屋に近づくにつれ、鼓動が高鳴ってくる。心臓が拍動する音が、微かに聞こえる波の音よりも大きく聞こえる。


 今から自分がやろうとしていること、人を殺すということ。人を殺すのは初めてだが躊躇いは無い。いよいよあの男を殺すことができる。この募ったイライラやムカつき、怒りや憎しみ、その全てを発散することができる。


 そして遂にやって来た、他の部屋とは違う豪奢な扉の前、この中に王子とスイが眠っている。


 アオはゆっくりとその扉を開ける。焦らず、音を立てずに、部屋の中に身体を滑り込ます。一歩一歩進むたびにやってくる足を刺すような痛みが、熱を伴いアオの感情を燃え上がらせる。


 スイと王子が一緒に眠っている広いベッドのそばへやってくる。窓から差す月明かりが、王子の寝顔を照らす。


 持っているナイフを振り上げ、王子の心臓に狙いを済ませる。


 幸せそうに、王子にくっついて眠るスイの綺麗な顔に血がかかってしまうが、殺した後はスイに見せなければならないからそれが丁度いいだろう。


 狙いを済ませたアオは、躊躇うこと無く、募った全ての感情を込めて振り下ろす。


 王子の心臓を突き刺したナイフを引き抜くと、噴水のように血が、天井に届くかと思うほど吹き上がる。



 明日の結婚式が楽しみで嬉しくて緊張して、なかなか眠りにつくことができなかったスイ、ようやく眠ることができたと思えば束の間、なにか顔に液体がかかって目を開ける。


 温かくて鉄臭い、何事かと顔を上げると、月明かりで照らされた、全身が赤く染まり、黒い髪から滴り落ちるのは赤い血、その人物が持つのは月明かりを反射してキラリと光る銀色のナイフ。その持ち主は見知った顔だが、初めて見る笑顔を浮かべている。


「あ、起きたんだ。スイ」


 今にも笑い出してしまうしまいそうな声でそう言ったアオ。


 真っ白になった頭で、ゆっくりと起き上がる。なにがあったのか、見ればすぐわかるが理解をしたくない。それでも身体は勝手に現実を見ようと動く。


 ダメだダメだダメだと、必死に自分に言い聞かせるが身体は止まってくれない。


 ゆっくりと、ゆっくりと、視線が下に向く。そこには、赤く染まった愛する人が――。


「やっと殺せた」


 真っ白になった頭を、真っ赤な血のような怒りが染める。


 悲しんで蓋をする間も無い、理性を追い越してやって来た怒りが、スイの身体を動かす。


 笑っているアオに飛びかかる。ベッドから床に転げ落ちて、スイはアオの上に乗りかかる。アオは抵抗する様子は無く、ただ壊れたように笑っているだけ。スイの怒りはやがて殺意に変わりアオの手から落ちた銀色のナイフを取り、躊躇うことなく振り下ろした。


 ナイフがアオの胸に触れる直前、ナイフはガラスが割れるような音を立ててひび割れる。そのひびはやがて二人がいる世界にまで広がり、大きな音を立て、世界が砕ける音がした。床が消え壁が消え、この世界全てが砕け散る。


 上下左右前後、なにも無い場所で、まだスイはアオの上に乗ったまま。


 言葉にできないが、その眼が言っている。


 ――殺してやる。


 スイの胸から輝く光が出てくる。その光は、アオとスイの間で漂う。


 今まで無い、これからも無いであろうスイからの殺意。壊れたように笑うアオ。


 スイを心の底から怒らせる。アオの作戦は成功した、しかし怒りが殺意に変わり、アオの命を奪おうとした――。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?