アオが山を越えることができたのは日の出前だった。
ここまでくれば地形もそれ程険しくなく、遠くの方に街が見える。
上空から見た時、その町の前にもいくつか人が住んでいそうな場所があった。
アオは山道を通らなかったため、すぐ近くにそういった場所は無かった。ここまでくれば、盗賊団の連中も追ってこないだろうし、人が通る道を目指した方がいいか。
この世界の人々はどのような者達なのかも探った方がいいだろう。
アオが遠くに見える大きな街道を目指す。今回は走らず、歩いて行く。
歩きながら、アオは集中して仙人と連絡を取ろうとする。
(山抜けたよ)
『おおそうか、無事じゃったか』
少しでも動きながら術を使えるように訓練をしなければならないと考えたのだ。この先、スイに辿り着くまでになにが待ち受けているのか分からないし、元の世界と同じように身体を使えるのだ。訓練しておくに越したことはない。
(なんとか……ね。とりあえずもう朝だし、街道に向かってる途中)
『だいぶ疲れておるんじゃないかの? 集中が乱れているようじゃが』
(立ち止まらずに使えるように訓練中……)
アオの身なりは薄くよれている古いものだ。ズボンも膝下ぐらいまでしかなく、露になっている場所を無造作に生えている草に撫でられて痒くなる。
それに歩きながら仙人と話しているのだ。気が散って、それでも集中しなければならない。徐々にアオはイライラしてくる。
仙人の声がしばらくしないことに気づいてアオは足を止める。
(あ、ごめん。集中切れてた)
『全く……なにかあったのかと思ったぞ』
(まだなにも無いけど……なにあれ?)
大きな街道に近づくにつれ、山道へと続く場所に石造りの三階建て程の塔が見えた。
その塔の周りは木でできた柵が立っており、近くに一階建ての、大きな倉庫のような木でできた建物があった。大きな両開きの扉が開いていたが、アオの位置から中は見えない。
石の塔も木でできた建物もまだ新しい。最近できた建物のようだ。
まだ日が昇り出して間もないのだが、塔の前に人が二人立っていた。
朝日を反射する銀の甲冑を着ている。
アオはその場で座り込むと姿を消す。その理由はあの甲冑を着ている者たちだ。
盗賊をやっていたアオ達は生きるために参道を進む行商人達を襲っていた。その襲う基準は、できるだけ少人数の行商人だ。そしてたまにああいう甲冑に身を包んだ連中を引き連れた行商人が通る時がある。一人や二人ならなんとかなったが、こちら側だってただでは済まなかった。そのため、甲冑に身を包んだ連中がいる時、アオ達はなにも手を出さなくなった。
見たところ、ここで山道を通ろうとする行商人に護衛をつける場所なのだろう。
主な活動圏内が山の中にもかかわらず、アオ達が山賊ではなく盗賊と名乗っているのは、行商人を襲うが殺さず、又はバレないよう、ただ物資を盗むだけだからだ。
生きて逃がすのはそれでどうなんだと思ったアオだったが、まあ誰も欠けてないしいいかと適当に流すことにしたのだ。
ただ――生きて逃がしていることにより、顔を覚えられていたらどうなるのか分からない。下手に近づかない方がいいだろう。
それに加えて考えてみると、行商人は大きい街に行ったりするだろう。その行商人を襲ったことがあるのなら、無事に街に辿り着いたとしてもひと悶着起きそうな気がする。それに、アオの服装だって見るからに怪しい。
とりあえず塔が見えなくなる位置に戻りアオは仙人に相談することにする。
(服装どうしたらいい?)
『どうしたんじゃ急に』
(わたしの服装がちょっと人の多いところだとアレなんだよね)
『アレとはなんなのかよく分からんのじゃが、服装ぐらいどうとでもなるじゃろ?』
(そういう術あるの?)
『無いのう』
(えぇ……。じゃあどうすればいいの?)
『用意すればいいじゃろう』
(簡単にできないから困ってるの!)
『そうは言われてものう……そっちの世界に持っていくこともできんのじゃ』
仙術の中にはそういうものはないらしい。アオの記憶にも無かったため、落胆はしないが、どうすればいいのだろうか。
やはりここは盗賊らしく盗むしかないのかな、なんて考える。ただ、盗むといっても、山道という周りが山に囲まれた地の利があるためできていただけで、周りになにも無い場所で盗むなんてやりにくいことこの上ない。
買うとしてもお金なんて持っていないし、いったいどうすればいいのだろうか。
こればかりは仙人に相談しても意味が無い。
一つ、考えがあるが、それを実行できるかどうかと言われれば自信が無い。自信があれば、逃げ出す時もそうしていた。
それでも試してみないことには事態は好転しない。
アオは足を肩幅に開き、背筋を伸ばして深呼吸をする。