目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第50話

 仙術には大まかに三つの種類がある。一つはアオが仙人と話したり、宙に浮いたり、姿を消すなどの、自身の身体に影響を与えるもの。二つ目は、風や火、水など、自然を操るもの。三つ目は禁術と呼ばれるもの、碧が翠の命を助けた時に使ったものだ。主に魂が関係している。


 禁術以外は感情の起伏が激しい者には向かない。実際、アオは集中してなんとか使えるか使えないかだ。


 例えば、最強と称される翠が水を操る術を使うと、水は動き強大な龍となり地面を抉るだろう。反対に碧が使うと、そもそもなにも起こらないか、辛うじて動いたとしても、すぐに暴発し、水しぶきが辺り一面を襲う。


 苦い記憶を思い出したアオがこれからやろうとしているのは風を操った術だ。


 山道への入り口に護衛を依頼できるだろう場所がある。護衛を雇うには金がいるだろう。しかし、全ての行商人が雇えるかといえばそうではない。金が無かったり、護衛の数が足りないかもしれないからだ。そんな中、アオが風で行商人を飛ばして山を越えさせることができれば、礼として、服をもらうことができるのではないかと考えたのだ。


 そのために、風を扱いきれるか試してみる。歩きながら仙人と話すことができたし、少しだけアオも仙術を使うことができるようになったのではないかと、己の成長を確信している。


「よしっ」


 そして次の瞬間、風が鞭のような音を立て、アオを含めた周りを走り抜ける。


「ぎゃっ――……――ぐぇっ」


 遥か上空へ打ち上げられたアオが、きりもみ回転しながら地面に叩きつけられる。そして叩きつけられたアオの上に、刈られた草が羽毛のように舞い落ちる。


 盛大に失敗。失敗だが、八つ裂きにならなかっただけまだマシだ。

地面で伸びているアオだが、いつまでもこうしている訳にはいかない。もう日は昇り始めている。今のやらかしで、恐らく異常を察知したのだろう、塔の方から馬が地を駆ける音が聞こえてきた。


 衝撃で痛む身体に耐えながら、なんとか姿を消す。


 それと同時にやって来たのは、馬に乗った甲冑を着た二人の男だった。


「誰もいないぞ」

「おかしいな……」


 背中を向けて固まっているアオは声から察するしかない。


 誰かがいた形跡があるにもかかわらず、その場には誰もいない。隠れられそうな山までは少し距離があるため、そこまで逃げる時間は無いはずなのだ。


「気のせいにするにしても、この規模でやられているとなあ……」

「魔法使いにしかできそうにないな」

「それなら、急いでソーエンスから魔法使いを呼ぼう」


 そう言って男達は馬を駆って戻っていく。


 とりあえず助かったアオは、気になる言葉を聞いたが、大人しく離れることにする。整理の時間が欲しいが、身を隠せる山に戻ると、団員に見つかるかもしれない。


 街道を通ることは断念して、あの見えている街へ向かうべきか。アオは全速力で駆け出す。仮に見つかっても馬でも追いつけない速さだ。


 しばらく走り、やらかした場所からかなり離れたところで、不意になにかを感じたアオが足を止めて姿を消す。


 見上げると、箒に横乗りした、全身黒の衣装に身を包んだ者が、先程の石造りの塔がある場所に向かって行くのが見えた。


(まさかあれが魔法使い?)


 アオの知っている魔法使いとはかなり違うように見えたが、並々ならぬ気配を感じた。ただ、気づかれた様子が無かったため、とりあえずここで休憩をして整理をしようとする。


 どうやら、アオが目指している街はソーエンスと言うらしい。そして、あの男が言うのは、さっきの黒い人物は、そのソーエンスからやって来た魔法使いということになる。


 あとは、アオのやったことを、あの男二人は魔法使いにしかできそうにないと言った。つまり、アオの使った(失敗した)仙術はこの世界では魔法ということになる。


 仙術を魔法と言われてもいまいちピンとこないが、この世界の人間がそう言っているのならそうなのだろう。


 そして、この世界で生きてきたアオの記憶の中に、魔法使いという言葉は無い。ということはこの世界では魔法使いという者はあまり知られていない可能性がある。


 ならばさっきのような仙術は使うべきではないのでは――。


「あっ、こんなとこにいたんだ。どーも、おねーさん」


 どう考えてもアオに向けられた言葉。姿を消しているはずなのになぜだ――そう思ったアオだったが、考え事に夢中で術が解けていたらしい。


 顔上げると、そこにいたのは箒に乗った少女だった。さっきの箒で飛んで行った者だろう。影のように真っ黒なとんがり帽子と、全身を覆うローブ。唯一外に出ている手と顔だけは、服装とは反対の白い少女だ。


 その少女は箒から飛び降ると、ゆっくりと地面に向かって落ちていく。


 音もなく着地すると、立ち上がりいつでも逃げられるように準備するアオに向かって微笑みかける。


「そんなに身構えなくてもだいじょーぶ。襲ったりしないからさ」

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?