少女が手を上にあげると、さっきの箒が降りてくる。それを少女が掴むと、箒の毛の部分が無くなり、木の棒になってしまう。その木の棒で地面を二回叩く。
「まーあ、逃げられないようにするんだけどね。襲わないのはホントだよ」
アオも逃げたところでどうしようもないと思っていたところだ。それに、襲わないと言うのなら別になんだっていい。一人でいないだけ、誰かに見られても不振には思われないだろうと、再びその場に腰を下ろす。
「誰?」
「お姉さん落ち着いてるねー」
少女の背丈はアオよりもかなり低く、薄紫の髪、宝石のように透き通った紫の瞳を持っている。
その少女もアオと同じように腰を下ろした。
「まあ、逃げてもなにしても、今はどうしようもないから」
「訳アリかー。あたしはアサリナ、よろしく。おねーさんは?」
「アオ」
アオが答えると、アサリナは手を差し出してくれる。
「よろしく、アオ」
敵意は無いらしい。大人しくアオはアサリナの手を握る。
「いやーびっくりだよ。朝からいきなり呼び出し食らうなんて」
「そう」
「いや、反応薄くない? 原因はアオなんだよ⁉」
なぜアサリナはあのやらかしをアオが原因だと断定できるのか。間違ってはないが、なにを根拠にアオだと言っているのだ。
「なんでわたしのせい?」
「うっわー、しらばっくれるの? こんな魔力ダダ漏れさせてるのに」
「……魔力?」
聞きなれない言葉にアオが眉根を寄せると、アサリナは口を閉じ、真剣な眼差しをアオに向ける。
そして一言――。
「マズいな」
「……なにが?」
突如変わった場の空気にアオは若干戸惑う。
やがて、真剣になにかを考えている様子のアサリナが口を開いた。
「じゃーあ、ここじゃなんだしソーエンスに行こっか」
アサリナの提案は普通なら断っていたが、元々ソーエンスには向かう予定だったのだ。それに、一人で向かうのはどうかと思っていたアオにとって断る理由の無いものだった。
「行く予定だったから助かるよ」
「それはよかった。じゃーあ、あたしに掴まって」
アサリナは持っていた木の棒をその場で投げる。
すると宙に浮いた木の棒の端から、箒の毛が生えてきた。そしてどこにそんな力があるのだろうか。アサリナがアオを引っ張り箒に飛び乗る。
共に横乗り状態。アサリナはまだしも、アオはバランスを取るのが難しいため、言われた通りにアサリナの肩を掴む。
「じゃーあひとっ飛びー!」
二人を乗せた箒が街に向かって加速する。
あまりの速さに振り落とされそうになりながら、アオは必死にアサリナにしがみつく。途中で箒を掴んだ方が安定するなと思い、箒を力いっぱい握りしめた。
走るよりも早く、景色がどんどん後ろに動いていく。風を切る音しか聞こえないのが残念だが、もう少しゆっくりと乗れば気持ち良いだろう。
瞬く間に目的地の街――ソーエンスに辿り着いたアオ。
街に入ると、徐々に箒は減速していく。
「ここがソーエンス」
アサリナの声に、少し余裕が出てきたアオがソーエンスの街並みを見下ろす。
(ヨーロッパみたい)
石畳と木組みの建物が並んでいる光景を初めて生で見たアオはその美しさに心を震わせる。
円型に広がっている街の形には中心に塔があり、そこから放射状に道が伸びている。切られたケーキのようだった。
減速はしたが、それでも街並みを隅々まで観察する暇は無く、すぐに街の中心にある塔までやって来た。どうやらこの塔は全て石でできているようだ。
その塔の頂上近くには鳥の巣箱のように、中に入れるようになっている。その中にアサリナは入ってくる。
街の中心にある唯一の塔。見るからに重要そうな場所だ。
このペースでいけば、スイをすぐに見つけることができるかもしれない。
「とうちゃーく! ここがあたし達魔法使いの住む、通称魔法使いの塔」
「そのままだね」
「ホントはルオリって名前らしいよ。なんか言いにくいから誰も言ってないけど。ていうか塔だけで通じるし」
「そうなんだ……」
アサリナが箒の毛を無くし、木の棒で床を叩く。すると今さっき二人が入ってきた入り口が無くなり、塔の中が暗くなる。すかさずアサリナが棒を振ると、壁に火の玉が浮かび、中を明るく照らしだした。
「わあ」
「ついてきて、紹介したい人がいるの」
そう言って歩き出したアサリナの後に続く。塔の中は大きな螺旋階段になっており、誰かが住んでいるとは思えない。
「本当に住んでるの?」
どこまでも続く階段を見たアオは、率直な疑問をアサリナにぶつける。
「住んでるよ。もう少しだから」
「ならいいんだけど」
アオがそう言った直後、お腹の鳴る音がかなり響いた。
足を止めたアサリナが振り向き、アオが顔を逸らす。しばし無言の時間が過ぎる。
その間に、アオは仙人に状況を報告することにした。