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第52話

(お腹空いた)

『おお無事でなによりじゃ。そっちの世界では霞は無いのか?』

(無い。あと霞はもう嫌。最初の世界で食べてたご飯が食べたい)

『無茶なことをいいよる。それで、今はどんな状況じゃ?』

(なんか魔法使いと一緒にいる。とりあえず無事だから安心して。また連絡する)

「ご飯はちょーっと待ってほしいかも。先に紹介したいし」

「え、ご飯食べられるの⁉」

「そーとうお腹空いてるんだね」


 足を止めたアサリナが苦笑交じりに言う。階段の途中で止まったアサリナに、アオは怪訝な顔を向ける。


「どうしたの?」

「とーちゃくだよ」


 アサリナが壁を向いたのに釣られ、アオも壁の方を見る。


 アサリナが壁に前で木の棒を振ると壁が消え、先に続く長い廊下が現れた。塔の中とは違い木でできている。


 塔の中から続いているということは塔の中なんだろうが、どうも塔の中という感じがしない。


「どうなってるの……」


 どういう原理か分からないアオは困惑することしかできない。


「魔法使いの塔だから」

「それ答えになってる……?」

「まーそういうもんだとしか言えない。それはさておき、早く先に行こーよ」


 ここでツッコんでも仕方ない、素直に先に進むことにする。


 長い廊下はなぜか天井の窓から光が差してきており明るい。


 しかしここで足を止めてもどうにもならないことを学んだアオは驚きこそしたが、なにも言わずにアサリナの後ろをついていく。


 ようやくやって来たのは、両開きの大きな扉だった。


 そんな扉の前に二人が立つと、扉がゆっくりと開きはじめた。


 部屋の中はまたもや暗闇。扉が閉まると完全な闇に包まれる。


「遅かったな、アサリナ」


 突如聞えた厳格な男の声にアサリナは臆することなく返す。


「着替え終わって無いくせになーに言ってんのかなこのおっさん。灯点けてもいい?」

「やめろ‼ まだ着替えていないんだ!」

「しょーかいするね、この着替えてないおっさんが――」

「ごめんなにも見えない」

「ねえー、早く着替えてよー!」


 会話内容からして、やはり警戒する必要はなさそうだと判断したアオが肩の力を抜く。


 その間もアサリナはまだかまだかと急かし、アオのお腹が鳴る。


「ほらー! アオがお腹減らしてるじゃーん‼」

「分かった分かった! もう終わるから、はい、三! 二! 一!」


 突然部屋が明るくなり、アオが目を細める。


 目が慣れ、薄っすら目を開けると、部屋は昼間のように明るくなっていた。そんな部屋の中心に、恐らく先程の声の主が立っていた。


「はい、しょーかいしまーす。この着替えるのが遅いおっさんがこの魔法使いの塔で一番偉いルドベキア」

「ルドベキアだ。よろしく」

「あたし名前言ったじゃん」

「別にいいだろ、大切なことは二回以上言うんだ」


 ルドベキアは鮮黄色の髪全て後ろに流し、黒い瞳から鋭い眼光を持つ男だった。


 アサリナからの扱いがひどい気もするが、その声音はやはり厳格でアサリナがいなかったら思わず背筋を伸ばしてしまいそうになる。


「よろしく。わたしはアオ」


 とりあえずルドベキアに挨拶を返す。


「君はいい子だな。アサリナとは大違いだ」

「うるさーい。早く本題に入れー」

「お前が始めたんだろ……。まあいい。アオ、君に一つ質問がある」

「なに?」


いきなりホイホイ話が進んでいる気がするが、早くスイを探すための情報が欲しいアオは素直に答える。


「魔力という言葉を、君は知っているか?」


 その質問がどういった意味なのか考えたが、そもそも魔力という言葉の意味を知らないアオにできることは無い。


「知らない。魔法使いなら知ってるけど」


 アオの言葉にルドベキアは頷いた。そしてアオの隣に立つアサリナを見て一言。


「マズいな」

「でしょ」

「なにが?」


 二人はなにか納得しているらしいが、問題のアオ自身なにがマズいのかが分からない。


「なんでわたしが置いてかれるの? わたしのなにがマズいのか説明してよ」


 アオの微かな怒りが伝わったのだろう。ルドベキアは再びアオの目を見て頷いた。


「分かった。アオ、君にはこの世界のことを教えようと思う」


 アオはなにもツッコまず、とりあえず話を聞いてみる。


「この世界では、悪魔憑きと呼ばれる者がいる。突如言動が変わり、趣味嗜好が変わったりなどした者達のことだ。今までそんなことなかったのに、突如荒い言葉を使い反抗する。まるで悪魔が憑いたかのように暴れ始める。そしてそれが一番多いのは十代の子供なんだ。だからこの世界の人々は悪魔憑きにならないよう、子供を言い聞かせて変わってしまわないように育てる」


 それはアオも知っている。この世界の馬鹿馬鹿しい価値観のことだろう。


「――そして変わってしまった子供はとある場所へ連れていかれる」


 ここまでの話はアオも知っていた。ただ、どこへ連れていかれるのかは知らなかった。


「この大陸の至る所にある祭壇だ」

「祭壇?」


 ルドベキアが腕を振ると、三人の前に綺麗ではないが円形が現れる。


「これが我々のいる大陸。見ての通り大きな円形をしている」


 その円形の地図に、次々と光が灯っていく。まずは中心に大きな光が。そして地図の中を等間隔に小さな光が灯っていく。


 その数は二十個近くあるだろうか。何個か少し大きめの光もあるが、元々この世界の形など知らなかったアオはリアクションに困る。


「この光が灯っている場所が祭壇のある場所だ。悪魔憑きはこの祭壇へ連れていかれ、そこで神として崇められている化け物に捧げられる」

「悪魔憑きは生贄にされるために連れてかれるってこと……? なんで?」


 どこかへ連れていかれるということから、薄々分かっていたが、改めて考えると思春期だからといって生贄にする必要はないのではと思う。


「遥か昔、悪魔憑きが暴れだして、街一つを消したことがあったからだ」

「えぇ……」


 悪魔憑きというのは、ただの思春期の子供のことではないのか。ただの思春期の子供にそんな力があるとは思えない。


 どうやら、悪魔憑きという者は単純ではないらしい。


「ちなみにあたしは悪魔憑きだよ」

「は⁉」

「俺もだ」

「はあ⁉」


 思いっきり声を上げるアオの反応を見て、満足そうに頷くアサリナとルドベキア。


「おっ、いーねえ。その反応!」

「前振りをしっかりしたからな」


 二人の期待通りの反応をしたアオはそれどころではなかった。生贄にされる悪魔憑き、その二人が魔法使いを名乗っている。その魔法使いが住む魔法使いの塔。


 つまりここは生贄を逃がさないようにする牢獄なのではないか?


 無警戒だった自分が恨めしい。今から逃げられるだろうか。アオがそんなことを考えた時――。


「なにふざけたこと言っているんですか‼」


 そんな声と同時に、部屋への扉が蹴り飛ばされた。飛んだ両開きの扉は、それぞれアサリナとルドベキアに向かい、見事に激突。


 二人ともそのまま壁に激突した。

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