目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第55話

 魔法で水を出すとはどういうことだ。仙術では、なにも無いところから水を出すなんてできない。この世界の魔法は、アオの使う仙術に類するものだと思っていたが、類するだけで汎用性など、できることはかなり違うのではないかと考える。


 アオとラグルスが見つめ合っていると、見かねたアサリナが口を開いた。


「アオが水を出せないという問題は置いといて、今はあたしが出してあげる」


 アサリナがアオを押して浴室へ向かう。


「服脱ぐからちょっと待って。あとその棒邪魔なんだけど」


 いくらアサリナが小さいとはいえ、服を脱ぐスペースが無くなるほど狭く、それに加えてアサリナの持つ大きな棒が邪魔なのだ。


「ぼーじゃなくて杖。一回出るから入ったら呼んで」


 あの形で杖なのか、と内心ツッコみを入れたアオが服を脱ぐ。このまま引き千切ることができそうな程ボロい。よくこの服装でいても文句の一つも言わないでいてくれたな、と少しだけ感謝しておく。


 脱いだ服は脇に置いてシャワー室に入る。


「入ったよー!」

「はーい」


 アサリナの声が聞こえて、扉が開く音がした。


「よーっし、早速流してくよー」


 そういう声が聞こえたかと思うと、シャワー室の扉が開け放たれた。


「なんで開けるの⁉」


 まさかの展開に、アオは体を抱いて背中を見せる。


「えーごめーん! でも杖使わないと水出せないもん!」

「せめて声かけてよ! あと見るな‼」


 女性や男性関係無く、翠以外に裸なんて見せたくないのに。てっきり扉を閉めた状態で水を出してくれるのかと思っていたアオである。


 アオの迫力にアサリナは慌てて顔を背ける。杖は長いため、見なくても問題無い。


「見ないから、じゃあ水出すよ」


 そういった瞬間、アオの上に掲げられた杖から水が滝のように流れてくる。


「がぼぼぼ……っ!」


 冷たいし勢いが強いしで散々だった。身動き取れないアオは、このままだと溺れてしまうため、なんとか手を伸ばして杖を持つ。


 もう大丈夫だという意思を込めて何度か引っ張る。


「おっ、もーいいの?」

「殺す気か‼」

「ごめーん……着替え置いとくから、待ってるね」


 申し訳なさそうにアサリナが出て行ったのを確認したアオは、シャワー室の扉を閉め、いつも水を操って暴発させる要領で濡れた体を乾かす。


 水だが、勢いがあったおかげでかなりサッパリした。用意されていた着替えを着ると、今までよくあんな服を着ていたな、と思ってしまう程着心地に差があった。


 特に柄など無く、ただのシンプルなシャツだが肌触りが良い。ズボンも脚に触れても擦れる感じはしない。


 着替えたアオは脱いだ服を持って二人の待つ部屋へ戻る。


「服、ありがとう」

「サイズが合ってそうで良かったです。ローブですが、これはどうでしょう?」

「動きにくそう」


 全身を覆う黒いローブ、見た目からして重たそうで動きにくそうだ。


 それでもいらないとは言えずに、黒一色のローブを受け取る。


 広げてみると生地はしっかりと厚く、丈はアオのくるぶし程まで、黒一色と思いきや、袖に赤い花刺繍が入っていた。


 二人に、まだ着ないのかな、と見られるのが気まずく、一応着てみることにする。


「やっぱり動きにくい」

「でもー、着てもらわないと困るんだよねー」

「なんで?」

「魔法使いって感じしないじゃん?」

「はあ?」


 アサリナの言葉を理解するのが遅れた。


 なんだかんだで助けになる機能があるのかと思ったのが、ただそれだけのためにこんな重たくて動きにくいものを着せられたのか。


「生地がしっかりしているので、寒冷地で使えますよ」

「それならその時に着れば良くない?」


 ラグルスも申し訳程度のフォローに言い返して、アオはローブを脱いで丁寧に畳む。


「それはそうなんですけど……」


 アオからローブを返されたラグルスが若干不満そうにつぶやくも、それ以上言う気は無いらしい。


「ローブとかカッコいいのに勿体無ーい」

「別にカッコ良さとか求めてないし。便利機能があれば別だけど」


 腹を満たし服を貰った、もうスイを探しに行きたいのだが、情報も無いまま闇雲に探し回ってもスイを見つけられるのか。


 一度仙人と話して状況を整理したい。せめて一人になれる場所へ行きたい。


 なにやら知らぬ間に仲間にされているから、そのうちアオが使ってもいいという部屋に連れて行ってくれるかもしれない。


「あとはー、杖と帽子とブーツだね」


 アサリナはあとなにが必要かを考えている。カッコいいからローブを――と言っていたため、あのとんがり帽子は必要無いかもしれない。


 靴は……、とアオは二人の足を見る。二人共、尖った先が上向きに巻いているブーツを履いていた。


「そのブーツって履き心地いいの?」


 今の靴より、丈夫で履き心地が良ければ有難く頂こうと思っているのだがどうだろうか。


「うん! 馬に踏まれても怪我しないし、中がクッションみたいになってて、高いところから落ちても痛くない!」

「おお。それならブーツはいいかも」

「じゃー次はブーツだね!」


 そう言って部屋から出ようとするアサリナ、衣類系統はラグルスの部屋にあるのかと思ったのだがどうやら違うらしい。


 この部屋の主であるラグルスはどうするのかと見れば、椅子に座って先程アオが返したローブを広げていた。


 手には木の棒――あれも杖なのだろう。を持って、ローブに向けていた。


「アオがわがまま言っちゃったからだね」

「わたしのせい?」

「いろーんな機能つけてくれてるんだよー」

「なるほど?」


 よく分からないがとりあえず頷いておく。


「しばらくは終わらないだろうし、先に行こーか」


 それには同意だ。他にもやることがあるのに、わざわざ待つ必要は無い。


 再び螺旋階段へ出る。そこで丁度食事を終えたらしいルドベキアと合流。三人で今までと同じ手順で部屋に入る。


 今度の部屋は誰かの部屋という訳ではなく、衣装部屋といった様子だった。


 部屋の広さはラグルスの部屋より広い。そして、この部屋にもローブや、今アオが着ているシャツなどがあった。


「初めからここでよかったんじゃ……?」

「いやだってラグルスから貰った方がワンポイント入ってるし」

「えぇ……、そういう理由だったの?」


 アサリナ曰く、ラグルスは裁縫が趣味らしく、よくここに置いてある衣類を自室へ持っていき、刺繍などを入れているらしい。


 気づかなかったが、アサリナのローブには敢えて黒いワンポイントの刺繍が入っているらしい。


「俺のローブにも、ほら、見てみろ」


 ローブを着ていたルドベキアも、自身のローブの裏地を見せてくれた。


「うわあドラゴン」

「カッコいいだろ?」

「そうだねえ」


 適当に流しながら、ブーツを見つけたアオ。早速履いてみると、アサリナの言う通り履き心地抜群だった。丈夫と言っていた割には軽いし、踏ん張れる。クッションもしっかりしていて、予定は無いが高い所から飛び降りることもできそうだ。


「おお! これは凄い」


 想像以上の履き心地にアオが驚きの声を上げていると、アサリナが笑顔でとんがり帽子を持って来た。


「じゃーあ、帽子も――」

「はいらない」

「なんで⁉ 魔法使いっぽいじゃん‼」

「魔法使いっぽさとか求めてないし」


 アオの言葉に、信じられない、とでも言いたげな表情をするアサリナ。


「なんでそんな顔されるのか分からないんだけど」


 よく見るとルドベキアも同じ様な表情をしている。


 最初はそう見えなかったが、段々とアサリナもルドベキアもラグルスも、子供っぽいような気がする。アサリナの年齢は知らないが、見た目が子供っぽいため違和感は無いが、見た目が五十程度のルドベキアまで、こうも子供っぽいとは。


 あとここで過ごす魔法使いは二人いるらしいが、その二人共子供っぽかったりするのだろうか? それとも、子供っぽいがまだ少し大人びているラグルスタイプだろうか?


 この世界の価値観、魔法使いや生贄、中央のこと、仙術と魔法の違いそれに、スイの行方など、今までの世界とは違い、この世界にいたアオが知らないことが多い。


 果たして、アオは無事にスイの感情を解放することができるのだろうか。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?