さっきまで喜んでいたアサリナの変わりようにアオはいったいどうしたのだろうかと不安になる。そのアオの表情を見て、アサリナは口を開く。
「アオの魔力がダダ漏れなのって、アオが魔力の扱いを分かっていないっていうのと、アオの魔力が多すぎるだけだって思ってたんだけどねー。今の見るとそうじゃないっぽくて、ただ扱いが下手なだけだーっていう」
「そうなの?」
「さっき感じた力、体内では感じないでしょ?」
「うん。どれだけ探しても無かった」
「ということは、アオの魔力は全部外に出ていて、その全てを使って出した風の魔法があたしと変わらない威力。それで、今アオの魔力は無い。魔力も少ないんだね。おっかしいなー」
半分アオに言いながら、半分自分で分析しているアサリナ。いったいなにがおかしいのだろうか。その心当たりを見つけるのとアサリナが口を開くのは同時のことだった。
「あの時の風の魔法、アオの魔力量じゃどうしてもできないんだよねー」
アオも同じことに思い至ったのだ。アオ自身、あの時は仙術を使ったのだが、仙術を知らないアサリナたちはアレを魔法だと思っているのだろう。
そして、今の突風だけで魔力が枯渇したアオが使える威力じゃないということだ。
「あと、魔力無くなっても疲れてる様子無いよねー」
アサリナの細めた目から覗く宝石のように透き通った紫の瞳がアオを見る。
ただそれは敵対や知らないものを警戒するような目ではなく、ただ純粋に悩んでいる目だった。
話すならこの時か。
「それについて一つ、わたしから話があるんだけど……」
立ち上がったアオがアサリナを正面から見据える。
「わたしは魔法とは違う力を使えるの」
そう言ってアオは再び水辺を向く。口で言うより、先に見てもらう方が早いため、集中力を高める。
アサリナの言うとおり、どこを探っても力は見つからない。でも今回使うのは魔法ではないのだ。
アオは落ち着いて自然の風を感じ取る。今回扱うのは魔力ではなく自然だ。
アオ達の目の前の水辺の上に竜巻が現れる。その竜巻は天高く巻き上がる。
「よしっ!」
アが成功に喜んだ瞬間竜巻が弾ける。凄まじい風に乗って水辺の水を全て周囲にまき散らした。
「「……………………」」
全身ずぶ濡れになったアオとアサリナがそこにはいた。
アサリナはなにからツッコめばいいのか分からず、ただ啞然とした表情で尻もちを着いていた。
「……なに、これ?」
ようやく出せた言葉はそれだけだった。
「仙術⁉」
「そう、仙術」
ようやく我に返ったアサリナ。速乾性のある魔法使い一式は乾いていた。
「なにそれ……」
今度はアオがアサリナに説明する番だ。
アオはアサリナに仙術が大きく二つに分かれていることを説明する。宙に浮いたり、姿を消すなどの、自身の身体に影響を与えるもの。二つ目は、今使った風や火、水など、自然を操るもの。
そのどちらもアオは集中してなんとか使える程度で、多くの場合失敗してしまうことも。
そして――自分がこの世界とは別の世界から来たということも。
「別世界の術ってことかー……」
予想通りというべきか、アサリナの驚きはそれ程ではなく、あっさりと納得していた。そしてこれも予想通り、別の世界の術という響きに目を輝かせていた。
「まー目の前で見たんなら信じるしかないよねー! でもかっこいいなー。それってつまり、この世界で仙術を使えるのはアオだけってことでしょ!」
「そういうことだね」
アサリナでこのリアクションということは、タイミングを間違えるとルドベキアはもっと大騒ぎするだろう。
全員の前で言ってしまえば収拾がつかないことになるところだったと安堵する。
「本当は魔力が尽きたらかなり疲れて動くのがやっとってところなんだけど。アオがピンピンしてるのも仙術のおかげ?」
「あれ、どうなんだろ。そういえば身体能力も元の世界みたいに高くなっていたし」
そもそも碧の身体能力が高すぎるというのもある。
「ちょっと待って」
そう言ってアオは再び集中する。
(わたしの身体能力ってなんで高いの?)
『それは碧の力の使い方が下手じゃからじゃよ』
(どういうこと?)
いきなり話しかけても落ち着いて対応してくれる仙人に感謝しながら続ける。
『ワシも翠も、他の者達も力を使う場面は決めておる。コントロールできるからのう。それに対して碧は、それができておらんのじゃ、ただこの場合使えないということでは無く、常に使っている状態なんじゃ』
(そういう仙術ってこと?)
『仙術と言えばそうなんじゃが、仙術とは違うもじのじゃのう』
(なにそれ)
『仙人、仙女、誰であっても身体能力を向上させることができる。ただ、アオは力の使い方が下手じゃからのう。常に使っている状態なんじゃ。そして、常に使っていることに慣れてしまっておるんじゃ』
(分かったような分からないような……まあいいや、ありがとう)
そうして仙人との会話を終える。
「なんか常に身体能力を向上させているらしい」
「身体能力強化の魔法みたいなものー」
「そういう魔法あるんだ」
「あるよー」
ということは、自然の力を使い身体能力を向上させているということが推察されるが、本当はどうか分からない。仙女である碧でも知らないことがあるのだ。
こうして、アオは自身の秘密を打ち明けた。それを知ったアサリナは、だからといっても魔法使いとして杖を持っていた方がいい、ということで杖探しを再開するのだった。
再び箒に乗って進み始める。なにがあるかは分からない。アサリナもここまで来たことはないということで、慎重に進み始める。
そうやって進んでやってきたのは地面に亀裂が走っている場所だ。その亀裂を追っていくと、やがて地面がパックリと割れて峡谷になっていた。
色は緑が失われ、全体的に山吹色のようだ。植物の数は多くない。
「ここ、入って」
「りょーかい」
アサリナが箒を動かして峡谷の底へ向かう。今にも押しつぶされそうな圧迫感を感じるが、それと同時に露わになった地層の模様に美しさも感じる。
「どこにあるかなー」
アサリナはそんなことを呟きながらくねくねと箒を進めていく。
「そういえばさ、箒で飛ぶのも魔力使うの?」
「そりゃとーぜん。魔法だからね。アオの魔力量じゃソーエンス一周が限界かな」
「ソーエンスの広さ知らないし」
「じゃ―これ終わったら案内だね」
「えぇ……」
とりあえず自分のことは話したが、スイを探さなければならないということはまだ言っていない。
なぜあの時続けて言っていなかったのか。
「わたし人探してるんだよね」
「あー、だからさっきあんなに……知らなかったよー」
「言ってなかったからそりゃそうでしょ」
ということで、アオは今初めてアサリナに目的を話す。
違う世界からやって来たというアオだ。なにか目的があるのではないかと思っていたため、それ程意外なことでは無い。
「それって、アオの元々いた世界の人?」
丁度その時、峡谷の中で異彩を放っている気を見つけた。その姿は竹のように細く真っすぐ伸びていた。
この木も違うということで、二人は峡谷から出ていく。
「あー……そんな感じ」
正確に言えば、アオが元々いた世界の人が創った世界に住むこの世界の人なのだが、それは伝えなくてもいい事実だろう。
それにアオも、自分のことは他の世界から来たと言ったが、実際にはこの世界でもアオは存在していた。
「そうかー。結構急いでるんなら、あたし達も手伝うよ」
「いいの?」
「まー全員って訳にもいかないけど、あたしと誰かなら大丈夫だと思うよ」
「それなら手伝ってほしい」
「りょーかい。じゃあ杖探し急がないとね」
再び箒を飛ばすアサリナである。