風呂から上がっても、寝間着などは無く、魔法使いセットを着ているアオ。
アサリナと一緒にルドベキアの部屋へと向かう。
相変わらず昼間の廊下を取って扉の前に立つ。今朝ラグルスのせいで蹴破られた扉はすっかり綺麗に治っていた。
アサリナが扉をノックすると、扉の向こうから入れと聞こえたため、中に入る。
今朝と変わらず、全くなにも無い部屋の中心にルドベキアは仁王立ちしている。
「なんでなにも無いの?」
机とベッドすらない。あと、他の部屋よりも広い。
「恥ずかしいから人が来ると隠すんだってー」
「無い訳じゃないんだ」
「俺の部屋のことはいい、それよりも話があるんだろう?」
やはりルドベキアの声は威厳を感じさせる。
「んーそうそう。まーアオのことなんだけどー」
それでも、アサリナの対応で肩の力が抜ける。
「やっぱりな……」
訳知り顔で頷いたルドベキアは手を振る。
すると目の前に座り心地のよさそうなソファーが現れた。
ここで座って話をしようということだろう、ソファーに飛び込んだアサリナのおかげで、遠慮せずにソファーに座ることができた。
ルドベキアは二人の正面のソファーに座り足を組んでいる。
その様子は魔法使いよりも裏社会のボスが相応しい。
「すまないが、二人が木を探している様子を見ていた。ああ、安心しろ。あくまでも見ていただけだ。声までは聞こえん」
「うわ、覗き見?」
「覗き見だねー」
「…………」
別に見られて困ることはしていないのだが、ルドベキアには、アオが仙術を使う場面は見られているのだろう。……それは困るのでは? と思ったアオだったが、この空気からするとやはり困るようなことではない。むしろ話が早くて助かる。
ただ、覗かれている事実が少し気持ちの悪いような気もする。
「覗きに関してはまあ後で……。単刀直入に言うけど、わたしはこの世界の人間じゃないの。そして魔法とは違う、仙術というものが使えるの」
「魔力を使う魔法とはまた違うんだってー」
ルドベキアは覗き見たアオの竜巻や、空中浮遊などを思い出す。
「そういうことか……」
空中浮遊はまだしも、杖も持たぬ魔法使いがあのような大きな竜巻を発生させることは、できる者もいるが、アオのように魔力のことすら知らない者には発動させることなんてできない。
その様子を覗いていたルドベキアの違和感がこれで解消される。
アオもこの説明でルドベキアは信じてくれると確信していた。なぜなら――。
「違う世界からやって来て、魔法とは違う力を使う……かっこいいな」
「でしょー」
年齢はかなりいっているだろうがやはり思春期、こういったことには弱い。
それからアオはアサリナにした説明をルドベキアにもする。
あっさり納得してくれたルドベキアに感謝だ。
「ということでさー。アオとその人探しに付き合いたいんだけど」
「おう、気を付けろよ」
「そんなあっさり⁉」
付いて行ってもいいという許可を貰えたのならそれで嬉しいのだが、あっさりしすぎではないのか。
「断る理由が無いからな。急いでるんだろ?」
「そうだけど……」
「まあ本音を言うと、今のアオが出て行くのは止めたいんだがな」
そう言われると少しだけ安心してしまう。
「そのためにあたしも行くんだよー?」
アオはルドベキアのまともな部分に安心したが、アオは納得していない様子だった。
しかしルドベキアはダメとは言っていない。ただアオの疑問に答えてくれただけなのだ。
「理由を聞いていい?」
「当然だ。元々話す予定だったしな」
そう前置きしてからルドベキアは話し出す。
「まずはアオの魔力の関係だ。俺達も最初はアオの魔力量に驚いた。ダダ漏れする程の魔力、だが実際には魔力量は少ないし、扱いが下手だから漏れ出ていただけだったんだが、それを初見で知ることはできない。そしたら中央のやつらは接触してくるだろうし、この世界の街は、どこもこのソーエンスみたいに俺達魔法使いと仲が良い訳じゃない。まあ魔法使い以外は魔力を察知できないが、不安因子は潰しておく方がいい」
「でも、中央に接触されたなら、わたしの人探しも捗ると思うんだけど」
「中央の連中に限ってそれは無いな」
「あいつら感じ悪いんだよー?」
「えぇ……」
この二人がそう言うのならそうなのだろう。
「魔力コントロールの問題が解決できれば、アサリナもいることだし問題無く送り出せるんだが……」
ルドベキアは後ろに流している髪を撫でながら唸る。
「アオは魔力量少ないからすぐ回復しちゃうもんねー」
「その問題を解決できる魔道具がここにある」
「あるんだ」
それもそうだろう、あるからこそ許可が下りたのだ。
そう言ってルドベキアがなにも無いところから取り出したのは銀の輪っかだった。装飾などなにも付いていないシンプルな物。
「これは付けている者の魔力を封じる道具だ。本来は魔法使いの拘束用に使うんだが、アオには丁度いいだろう」
アオは受け取ったそれを躊躇うこと無く腕に付ける。魔法が主体ではないアオなら、むしろ抱えている問題を解決できる便利な道具になる。
銀の輪はアオの手首の太さ丁度の大きさに変わった。拘束用というだけあって、外すのは容易ではなさそうだ。
「これって外すときはどうするの?」
「こうしまーす」
アサリナがアオの手首についている輪っかに触れる。すると輪の大きさはアオが手首に付ける前の大きさに戻った。
その銀の輪を取ったアサリナが笑う。
「他人の魔力を注げば外せるよーになってるよー」
もう一度銀の輪を付けたアオが言う。
「それなら安心かな」
「これを付けていれば、アオの魔力がダダ漏れることも無い。これで心配事は無くなった」
「これで探しに行けるね!」
アサリナがアオの手を取って喜ぶ。
「だが、当てはあるのか?」
探しに行けることになったが、そもそもこの世界のことを知らないアオ。そのためにアサリナに付いて来てもらうのだが、実はアオには考えがあった。
「祭壇を巡って行くつもり」
この世界は翠の感情が作った世界だ。その世界で、祭壇と生贄という特殊な状況、そこにスイに繋がるなにかがあると睨んでいるのだ。
「それならこの地図を渡しておく、アサリナの分もだ」
ルドベキアから貰った地図を見ると、今朝見せてもらった地図と同じだった。
「あ、そーだ。もう一人誰か連れて行きたいんだけど」
「もう一人か? あまり外に出すと街の依頼がなあ……。ニゲラならいけそうだが」
「ニゲラかー……ラグルスが怒りそうだから却下」
「じゃあ二人になるな」
「じゃー二人でいーや」
アオもその方がいいと思う。信用はできるが、ニゲラを連れて行ってしまうとニゲラが可哀想だ。
それから明日以降の打ち合わせをして、この日はもう休むことにした。
部屋へと戻る途中、そういえば魔力を封じてしまったら杖を持っていても部屋に入れないのではないのかとアサリナに聞いてみたが、実は魔力は関係無く、杖が鍵の役割をしているとのことで、魔力の封じられているアオでも問題無く出入りできるらしい。
ただ問題無く出入りできるといっても、そもそも部屋の位置が分からないから結局は一人で行動できないのだ。
ということで、明日はアサリナが起こしに来てくれるらしく、それに安心したアオは存分に休むことにした。
(あ、そうだ。ねえ、明日からスイのこと探しに行けるようになった)
『そうか、随分早く動けたんじゃな』
(事情話したら色々と助けてくれた)
『いい仲間に恵まれたのう。じゃが気をつけるんじゃぞ、いくら翠の創った世界だとしても、身の危険は当然あるんじゃからの』
(分かってるよ。それじゃあ、わたしは寝るから)
今日は濃い一日だった。
ただ、濃い一日を過ごした甲斐はある。明日から本格的にスイの捜索が始まる。武器も手に入れたし、頼りになる仲間もいる。案外簡単にスイを見つけることができるかもしれない。
『哀』の解放はどうするのか今のところ全く分からないが、それは無事にスイを見つけてからでも遅くはないはずだ。
「疲れた……」
アオはこれ以上考え事ができない程疲れていた。目を閉じれば、意識は水の中に落とした岩のように、真っ直ぐ沈んでいく。
どうあがいても浮かび上がることのできない、無駄な抵抗を止め、眠りにつくのだった。