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第69話

 まず目的地に選んだのは、ソーエンスから一番近い祭壇だ。一番近いと言っても、人の足なら二日はかかる場所だ。そんな場所でも、箒で飛べば一日かからず着くことができる。


「アオの探してる人、見つかるといーね!」


「前向いて」


 街から街への移動は、基本地上を移動する。空を飛ぶなんてできるのは魔法使いだけだ。


 そして、その魔法使い自体数が少ないし快適に、かつ迅速に移動ができる――という訳ではない。


 アサリナ曰く、ソーエンスとその周辺の街は自由に飛んでも、アサリナ達のおかげで慣れているため問題は無いのだが、それ以外の地域では、悪魔憑き云々のせいで空を飛ぶなんて目立つことができないとのことだ。


 ということは、出だしは上々に見えたはずだが、思ったよりも早い段階で地上を歩くことになるかもしれない。


「でもまー、最初に行く祭壇は箒で行けるしねー」


「その場所で見つかればいいけど」


 最初の祭壇でスイが見つかれば楽なのだが、そんな簡単に見つかるはずはないとアオは予想していた。


 太陽が徐々に世界を照らし出す。


 突然、アサリナが手を振り出し、何事かとアオが下を見る。もう既に遠くになってしまったが、アサリナが人に手を振っていたのだと理解する。


「あの人は毎日あの道を通ってソーエンスまで来てるんだよー。ほら、あの村あるでしょー?」


 アサリナが指を指した先、長閑な村が猛烈な速度で近づいてくる。


 一瞬すぎて良く見えなかったが、動物が多くいたのが確認できた。


「知り合い?」


「うん、おっちゃんが腰やっちゃった時に、代わりに荷物運んだんだー」


 アサリナ達ソーエンスにいる魔法使いは、そのように人助けを長年続けることによって、魔法使いの印象を変え、友好的な関係を築けているのだ。


「へー」


 アサリナは箒の速度を落とすことなく進み続ける。魔力が無くなると動けなくなるということらしいが、速度を落としていないことからまだまだ余裕はあるのだろう。既にソーエンスは見えないし、太陽は姿を現している。


 特に会話することが無いので、アオは仙人に連絡を取ることにした。


(今スイを探しに行ってるとこ)


『おお、碧か。無事に探しに行くことができてなによりじゃ』


(聞きたいんだけどさ。姿を消す術って、自分以外にも使えるの?)


 アサリナの話を聞いてアオが考えたのだ。後ろで座っているだけのアオは術に集中することができるため、姿を消す術で自分以外の姿を消すことができるのなら、箒で飛び回っても大丈夫ではないのかと。


『対象と近づけば可能じゃのう。自分の持ち物は消すことができるじゃろう?』


(あー……確かに。でも人相手だとどれぐらい近づけばいいの?)


『できるだけ近い方がいいんじゃからのう……抱き寄せるぐらいじゃ』


(はあ⁉)


「はあ⁉」


「うわびっくりしたあ‼」


 アサリナからすれば、今まで黙っていたアオが突然叫びだしたのだ。驚くのも無理はない。


『仕方ないじゃろう、あくまでも姿を消せるのは自分自身なんじゃ』「急にどうしたの⁉」


「うるさいちょっと黙って」


「ごめーん……」『…………』


 頭の中と耳から同時に声が聞こえると訳が分からなくなる。同時に聞き分けて返事をするなんて芸当、アオには当然できないため、同時に黙ってもらうことにする。


「ごめん、いろいろ思い出しただけだから。後で話す」


「そっかー」


(どういうこと? 抱き寄せるって)


『そのままの意味じゃ。姿を消せるのは自分とその身につけている物じゃ。自分以外の人も消したいのなら、抱き寄せるぐらいして、自分の身につけている物扱いをしなければ消せないということじゃ』


(翠以外の人を抱けって?)


『嫌ならやらなくてもいいと思うんじゃが……一刻も早く翠を探し出さなければならないんじゃ。仕方ないじゃろう』


(そうだけど……‼ ちょっと試す‼)


 別にアサリナのことを嫌っている訳ではないのだが、ただ単純に、翠以外の人を抱きたくないのだ。


「ねえ、もしかすると箒で移動できるかもしれない。他の場所でも」


 仙人は抱けと言っているが、体を密着させている状態でも大丈夫ではないのかと、一縷の望みにかける。密着もできればしたくないのだが、こればかりは仕方がない。


「んー……?」


「仙術で、姿を消すことができる術を使えば問題無いでしょ」


「あー! 確かに‼ やってみて!」


 そう言うや否やアオはアサリナに密着する。


「近くにいないとダメっぽいから!」


 アサリナが口を開く前にアオが言い放つ。口を開きかけていたアサリナが口を閉じて頷く。


 アオは目を閉じて集中して、姿を消す術を使う。


「どう? 消えてる?」


 術は使用できたが、アサリナの姿が消えているかどうか……。


「あれー? アオがいな――箒が消えてる⁉」


 どうやら、仙人の言った通り、密着ではアサリナの姿を消すことはできないようだ。その代わり、アサリナの箒は、アオがしっかりと掴んでいるため消すことができた。


(無理だ!)


『言ったじゃろう、抱き寄せるんじゃと』


(うぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ……‼)


「あ、アオが見えた。箒も消えちゃったよー?」


 アサリナの声を聞きながら、アオは心の中で翠に謝り続ける。


 背に腹は代えられない、一刻も早くスイを見つけるために、他の女を抱きしめる。翠を救うことができたら、ちゃんと謝ろう。


「もういっかい……やる……から……」


「りょーかい――って、どうしたの、きゅーに抱き着いてきて」


 アサリナを無視して、下唇を噛みしめながら集中する。


「アオ、どうしたのー?」


「いま消えてるから……!」


「ほんとにー?」


 アサリナからすれば、自分が消えているか分からないのだそれを確かめるために箒の高度を下げ、地上付近を飛び始める。


 道を歩く人の姿があると、箒の速度を落として、その人の隣を二人が乗った箒が並ぶ。


 歩く人は、二人に気づいた様子はない。


 本当に姿が消えていることを確認したアサリナは、再び速度と高度を上げた。


「ほんとーに消えてた‼」


「声とか音は消えないからそれだけは気をつけて」


 もうアサリナを抱きしめていないアオが答える。


 かなりの精神力を使ったようで、その顔色は優れない。


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