「なにをしているんですか?」
丁度夕食時だと、食堂へやって来たラグルスが、椅子に座って難しい顔をしているクレピスに話しかけた。
「これか? ニゲラが管理してる、あの山の麓にある塔で使ってる名簿」
「見せてください」
そう言って半ば強引に名簿を奪ったラグルス。
その名簿には、いつ、誰が、なんの荷物を運んだか書かれていた。クレピス曰く、護衛を依頼した行商人の名簿らしい。
「こんなことまでやってくれているんですね……」
あの山では、山賊が出るということは有名だ。それによる被害もいくつも報告されている。しかし、被害は出ているが、人的被害は全くと言っていい程出ていない。
それでも商品が奪われたりすると困る、ということで、最近あの山の麓に、護衛を依頼できる詰所が作られたのだ。
護衛を頼めば、襲われることも殆ど無いため、ラグルス達魔法使いの出る必要も無かった。そのため、特に関心が無かったのだが、ニゲラは様子を見てくれているらしかった。
「これ見ても、おお、布売りのおっちゃんが依頼してんだな、ぐらいしか分かんないねーけどな!」
あの山にいる山賊達はお行儀がいいのか、頑なに人を襲わないのだ。人的被害が出ればラグルス達の出番もあるのだが、襲われても無くなるのは商品のみ。そして護衛を付ければ襲われないと、別に魔法使いの力に頼らなくても問題無いのだ。
いまでは、襲われるのは護衛も付けずに山を越えるしかない貧乏な商人か、やましいことがある行商人。それか、返り討ちにしてやると意気込む血気盛んな若い商人だ。
一体どうやって襲われるのか、襲われた者たちに話を聞いても、あまり有力な話は聞けない。
名簿をクレピスに返して、ラグルスは離れた椅子に座る。
「どうしたんだ? 腹でも減ってんのか?」
「別に――いや、減っていますね。なにか作ってください」
そもそも夕食を食べに来たのだ。それに加えてどことなく機嫌が悪いラグルスの要望を快く承諾したクレピス。手早く料理をして、作った料理をラグルスの前に置く。
「ったく、どうしたんだ? あれか? 寂しいのか?」
「うるさいですね」
料理を口に運びながら答える。
美味しい料理を食べても、ラグルスの眉間の皴は無くならない。
「図星か」
クレピスの言葉に鼻を鳴らしたラグルス。
仲のいいアサリナはアオと修行の旅に出て、ニゲラは依頼をこなしている――その依頼は、手伝う程でもないらしく、ラグルスはすることが無かった。それに加えて、シンプルに寂しかった。
ルドベキアは部屋から出てこないし、クレピスは別にどうでもいい。こうやって話し相手になってもらえば多少は暇つぶしになるが、それ以上にはならない。
「刺繡はしねえのか?」
「そうですね、もうやり尽くしました」
「買い物でも行くか?」
「もう日が暮れます」
「……料理でも練習するか?」
「…………いいかもしれませんね」
依頼も無く、趣味もやり尽くし、他にやることが無い。トラブルでもあれば、すぐに駆けつけるのだが、トラブルが起こることを望むのは不謹慎だ。それなら、あまり得意ではない料理の練習でもして時間を潰した方がマシだった。