「今日はそろそろ休む?」
箒の後ろのアオが、アサリナに聞く。
「このまま行けば町があるからそこで休むかなー、その時はもう日は沈んでるだろうし」
「無理は?」
「えっなに、心配してくれてるのー?」
「そりゃそうでしょ。失敗したくないんだし」
「それはそうだよねー。だいじょーぶ、無理はしないよー」
それなら、そこまで張りつめなくても大丈夫ということだ。
トラブルが無ければ――だが。
そして、そう考えればトラブルがやって来るものである。
「うわー……ごめーんアオ」
「え、なに?」
唐突に謝りだしたアサリナに、嫌な予感がしたアオが、一応聞いてみる。
「前見て、前ー」
「なに? ……アレのこと……?」
アサリナに言われ、前を見たアオ。かなり前方だが、茜色に染まる辺り一面を埋め尽くす黒い粒が見える。
「うん、あの黒い粒」
「なにあれ、鳥?」
箒が高度を落とし、地面近くを飛行する。街道は人が通っているため、飛ぶのは街道から離れている場所だ。
この地区は特に見どころが無い、安定した綺麗な緑が広がっている。それはそれで平和でいいのだが、代わり映えの無い景色に少々飽きてきたりもする。遠くの方に目を凝らせば、緑以外の景色が見える。これから先は、ああいう地域に行くことになるのだろう。
「鳥、スズメ」
「雀?」
アオの頭の中では、小さくて愛らしい見た目の雀が浮かぶが、先程のウサギを思い出し、期待してはダメだと自分に言い聞かせる。
「スズメのなにが……」
箒の飛ぶ速度は変わらない、そして遠くに見えた小さな黒い粒のスズメ、まだすれ違う距離では無い。この速度なら、既にすれ違っていてもおかしくないはずなのだ。
返ってくる言葉なんなのか、半ば予想できているが、一応聞いてみた。
「まずデカい」
「だと思った」
「それに凶暴、うるさい、数が多い」
「うわあ……」
「迂回しようにもかなり回らないといけなくてー、でももう日は沈みそうだしで……」
「どうする?」
「やり過ごすしかない」
それから、アサリナはスズメのことを詳しく教えてくれた。
本来、スズメはこの地域にはいないらしい。生息しているのは、ここよりももっと離れた沼地帯。そのスズメが群れを成してこの地域にやって来るのがおかしいとのこと。
凶暴、うるさい、数が多いだけで、人は襲わないらしいが、人の上で糞をするという質の悪い性格をしているらしい。つまり、スズメの群れが町の上を通れば、その町は糞だらけになるということだ。
徐々にスズメの鳴き声だろう音が聞こえてくる。鳴き声自体は、アオの知っている雀と同じ、チュンチュンだ。
それでもまだ距離はかなりあるらしく、箒の進む速度は変わらない。
そして、スズメと接近して、その大きさを確認できた時、アオは腹の底から声を出した。
「うわあ……」
あの小さくて可愛らしい雀と同じ名前を名乗るのをやめてほしいと声を荒げたい。さっきのウサギが全長百八十程度だったのに対し、スズメは頭から足までは一メートル程だが、羽を広げた大きさが三メートルはあった。
鳥というより鳥人ではないかと思ったが、見た目は完全に雀なのだ。人の要素は無い。
そんな巨大なスズメの群れが空を埋め尽くし、津波のようにやって来る。
箒から降りた二人は、その場で伏せる。
「姿消す?」
「耳がいーから意味ないかも」
「じゃあどうするの?」
「こーする」
アサリナが箒を振る。光の粒子が二人を覆うように広がり、それがやがて光の屋根になる。
「糞対策」
「なるほど」
屋根は透けていて、空を飛ぶスズメの様子が確認できる。
頭が痛くなる程の鳴き声を轟かせながら、二人の頭上をスズメが飛んで行く。そして丁度二人の上を飛ぶスズメと、その周辺のスズメからなにかが落ちてきた。それは重力に倣って速度を上げ、アサリナの魔法で作った屋根に衝突。
べちゃっとあまり聞きたくない音が鳴り、屋根の無い周辺にも落ちてくる。
「……糞デカすぎない?」
当たれば怪我をするだろう大きさだ。
「痛いけど、人が死ぬような威力はないらしいよー。ほんと、ただの嫌がらせだよねー」
「生物としてどうなのそれは」
「でも匂いはフルーティーだからなんとも……」
糞は主にスズメの主食である果物らしい。だからなのか、匂いは臭くなく、糞を落とした後からは果物の生る植物が生えてくるらしい。
スズメが完全に過ぎ去ったのを待ち、ようやく鳴き声が聞こえなくなって二人は立ち上がる。アサリナのおかげで、糞は当たらず汚れなかったが、フルーティーな香りが周囲に立ち込める。
糞の落ちた範囲を確認すると、二人の上と、その周囲だけにしか落ちていなかった。
「本当に人に向かって落としてるんだ……」
杖を振ってアサリナが落ちた糞を業火で焼き尽くしていく。
「なにしてるの?」
「種を燃やしてるんだー」
アサリナ曰く、スズメの糞に含まれる種子から生えてくる植物が付ける果実は、とても美味しいらしい。そしてそれを食べるために、スズメや他の動物がやって来る。その果物が繫殖してしまうと、ここにはいないはずのスズメがこの地に定着したり、他の野生動物がやってきたりするとのこと。
「じゃー行こっか」
焼き尽くしたアサリナが再び箒に乗る。アオもその後ろに乗り、再び箒は走りだすのだった。