「おい、ラグルスとクレピス!」
二人が料理をしていると、食堂の扉が勢い良く開かれ、ルドベキアがやって来た。
急にどうしたのかと、二人が顔を見せると、ルドベキアが言う。
「スズメが来たらしい」
「「えぇ……」」
二人同時に嫌そうな顔をする。
「なんでスズメがやって来るんですか? 確か生息地はかなり遠くだったようなはずですが」
「スズメは美味くないんだよなあ」
料理を中断して、片付けをする二人。
「悪いが二人で出てくれないか? 追い返せ」
ルドベキアの言葉に、嫌な顔をしていたラグルスは既にやる気になっているらしく、すぐにでも出られるという空気を出す。
一人だけで行くのなら重力を操作して飛べばいいのだが、ラグルス一人だけの力ではスズメの群れを追い返すことができない。クレピスと共に行くことになるだろうから、移動はクレピスの魔道具に頼った方が魔力の温存ができる。
「クレピス、早く準備をしてください」
「分かったから待っとけって」
ラグルスが途中で投げ出した片付けをしながら苦笑するクレピス。
「片付けぐらいやっておく。だから二人は向かってくれ」
後はやっておくと言ったルドベキアの言葉に甘え、クレピスとラグルスは食堂を後にすのだった。
ラグルスがローブと帽子を身に着け、塔の頂上でグルグル回っている。
「悪い、待たせたな」
「遅いですね」
「かなり急いだんだぜ?」
クレピスが持って来たのは、アオの言い方をするとバイクだった。大きさは大型車両程ある。そのバイクのハンドルから横に、細長い釣り竿のようにしなる棒が伸びている。
ラグルスが杖を振り、バイクを持ち上げて位置を調整する。そしてバイクに跨ったクレピスの後ろにラグルスも跨る。
クレピスが魔力を込めると、バイクに光の線が走り、ハンドルから伸びるぼうからコウモリの羽を思わせる光が出現した。
「しっかり掴まっとけよ!」
そう言われたラグルスはクレピスには掴まらず、付けられている持ち手を握りしめる。
動力は魔力を、エンジン音なんて無く、速度はゼロから百で出る。
瞬間的に加速したバイクが空を走る。この魔道具は、クレピスが一から作った物であり、様々な機能がつけられている。アオの箒よりも消費する魔力は少し多いが、早く飛ぶことができる。それに、風よけの魔法も付与しており、どれだけ速く走っても風で飛ばされることは無い。
遠くに見える黒い粒を見たクレピスが言う。
「結構こっちに来てるな!」
「それもそうでしょう」
ソーエンスに連絡をよこすことができる魔道具は、一部の例外を除いて、基本はそこそこの大きさの町にしかないのだ。そしてソーエンス周辺のそのような町は、アオとアサリナが向かった、祭壇のある町しかない。
バイクは最大速度、焦っても仕方がない。特にすることの無いクレピスがラグルスに聞く。
「なんでスズメがこんなところに来たんだと思う?」
「元の住処近くで種を撒き終えたんじゃないんですか?」
「そんな適当な」
「中らずと雖も遠からず、ですよ。スズメの習性を考えれば不思議じゃないです」
「習性?」
「スズメは、人の上に糞を落とすという、いじめっ子みたいなことをしてきますが、スズメは嫌がらせのつもりじゃないんですよ」
一見、人に糞を落とすなど害悪でしかないのだが、それには理由があるとのこと。スズメは人を嫌って糞を落としているのではなく、むしろその逆――人のためを思って糞を落としているのである。
「スズメの糞には種子が含まれます。その種子から生る果物は、高値で取引される程美味しい物。スズメはそれをプレゼントしてくれているんですよ。美味しい果物を人のために、という感じです。なのでスズメは人間を嫌っている訳ではなく、むしろその逆で、人間が大好きなんですよ」
ラグルスの語るスズメの話を聞いて、追い返すのが可哀想に思えてきたクレピス。
「なんか……やりにくくなったな」
「そうですか? でもうるさいのには変わりないですよ?」
「ラグルスの話を聞くと、それすら人間に、美味いもん運んで来たぞ、って教えてくれてるのかと思っちまうんだけど……」
「それはただスズメがうるさいからですね。ただ群れて騒いでる連中と変わりません」
そう吐き捨てるラグルス。群れて騒いでいる連中に恨みでもあるのか。
「じゃあ遠慮は――」
「いらないですね。容赦なく追い返しましょう」
大きく頷いたラグルスを乗せたバイクは、スズメに向かって、夜の帳が下り始めた空を走って行くのだった。