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第93話

 山を越え初め、しばらく山道にも注意を払いながら進むと。徐々に空気が変わってくることが感じられた。


 それは単に高度が高い所を通っているからではなく、その場の空気自体が変わっているような、肌で感じるものだ。


 アサリナはそれを、地域が変わるからだとあたりをつける。


 どの地域にも人が住んでいるのだ。過酷な環境というはずもない。


 それに、アサリナ達がいる地域は温暖な地域で、他の地域では暑かったり、寒かったり、緑ではなく紅に染まった草木が生える地域があるということは、以前ルドベキアに教えてもらったことがある。


 聞いているが、実際に経験するとその変化に身体が驚いているのが分かる。


 それでも自分は大丈夫だが、後ろに乗る、集中をしなければならないアオはどうだろうか。


 アサリナは鏡を取り出してアオの術が効いているか確認する。


 姿を消す術は問題なく効果を発揮しており、アオの様子も特におかしなところは無い。


 ホッと一安心したところで、アサリナは進行方向へ向き直る。もうそろそろ山の頂上だ。幸いにも、今はアサリナがこうやって山道のすぐ上を飛んでいる理由は意味をなしていない。


 このまま何事もなく抜けきることができればいいのだが、そう考えてしまうと、その何事が起きてしまうものである。


 視界の端になにか光が反射したのが見えたアサリナは、少し箒の速度を落としてその方向を見やる。遠くからではまだよく見えないため、箒をそちらの方向へと動かして、ギリギリ見える位置へとやって来る。


 そこに見えた者に、アサリナは良かったような残念なような、相反する感情を抱いた。


 ギラリと、鈍く光を反射するのは山賊達が持つ刃物だ。山賊は五人、全員男で体格はいい。


 アサリナは山賊達から離れた場所に降り、アオを揺する。


「アオ、きゅーけーだよ」


 集中するために閉じられていたアオの目が開かれる。その燃えるように赤い瞳が周囲を見て、アサリナの顔で止まる。


「どこ?」

「山のとちゅーだよ」

「途中? なんでまた」


 もう山を越えたからだと思ったが、まだ山を越える途中ということらしい。アオの集中力はまだ持つのだが、慎重になってくれているのだろうか。


 それならば仕方がない。その理由なら、こんな草木が生い茂る山の中で休憩するのも頷ける。


 納得したアオを微笑みながら見つめるアサリナ。その視線を無視していたが、ずっと見つめられると落ち着かない。


「なに?」


 アオの言葉に、アサリナは人差し指を口に当てる。


 静かにしろというジェスチャーにますます怪訝な表情になるアオ。


 そのままアサリナはとある方向を指で指し、そこへ向かってそっと歩き出す。


 更に表情を険しくしながら、アオもその後を追う。


「ほら、見て」


 声を潜めたアサリナが指を向ける方を見ると、体格のいい男の集団がいた。


「うわ……山賊……?」

「そー。無視する訳にもいかないからさ、ちゃちゃっと倒そーよ」

「もうここじゃ魔法使えないんでしょ?」

「そーなんだけど。アオのしゅぎょーにいいかなーって」


 魔法が使えなくとも身体能力に優れたアオなら、山賊の五人ぐらい余裕だろうというアサリナの判断だ。それに、仙術を使う修業を実戦形式でしてみるのもいいと思ったからだ。


 それを山賊が見える位置から離れてからアサリナは言う。


 アオは少し時間をかけた末、渋々頷いた。


「分かった……けど、本音は?」


 アオの射るような目線に、アサリナはサッと目を逸らす。


「別に怒らないから」

「うっ……。山を越える人達の……安全を……」


 素直に言ったアサリナに、思いっきり大きなため息をついたアオ。


 予想通りの答えだ。それに、アオのためという理由も嘘ではないのだろう。ただの人助けならこんなことをしている暇は無いと言えるが、自身の修業のためならば仕方ない。


 アオはどうしようかと考える。この世界でなら、作った杖を武器にすれば楽に終わるだろう。ただ、この世界が終わった先、元の世界で杖のような武器があるのかと問われれば持っていない。それなら、武器無しで戦った方がいいのかと思うが、この修業はアオが仙術を使えるようになるためのものだ。杖は身を守る為にも持っていた方がいい。


「杖、出して」

「よかったー、――はい。」


 自分の杖を受け取りながら、次はどんな術を使おうか考える。


 山の中、植物が多いから、植物を使う仙術だろうか。それとも、先を見越してどこにでもある空気を使った仙術(そもそもあるのか知らない)か。それか風を使うかだ。


「どーしたの?」


 固まっているアオにアサリナが声をかける。


 別にこれは自分一人で決めなくともいいだろう。アオはどんな術を使えばいいのか悩んでいることをアサリナに伝えた。


「えー。でもアオは基本的に使えないんでしょー? だったら植物でいいと思うんだけど」

「確かに……じゃあ植物で」


 どんな術であれ、まずは使えるようになることが先だ。そもそも使えないのなら、悩む必要は無いのかもしれない。


 これでどうやって戦うかは決めた。後は無事に帰って来るだけだ。


「わたしがいない間どうするの? 見とく訳にはいかないでしょ?」

「えー? 魔法で気配消すけど」

「使えないんじゃないの?」

「正確に言えば、魔法使いだってバレたらダメなんだよー。だからここみたいに見る人がいなければだいじょーぶ。でも姿消すわけじゃないから、見つからないように隠れるけど。あっ、もし危なかったら魔法で助けるから‼」

「ああ、そう。分かった」


 そうして、二人は再び山賊達が見える場所へやって来た。


「じゃー頑張って」


 そう言ってアオを送り出したアサリナが杖で地面を叩く。


 一人になったアオは、杖を握る手に力を入れながら、山賊達に近づいていく。


 こんな山の中でなにをしているのかと思ったが、どうやら食事中だったらしい。見つからないようにだろうか、火は使わずに果物などそのままで食べられるものを食べていた。


 武器と見た目が違えば、ピクニックに来た人達にも見えなくもない。この山賊達にも拠点のような物があるのだろうかとアオは考える。山賊と盗賊とやっていることは違うが、山で暮らしているのならある程度は共通しているはずだ。

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