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第94話

 山賊の顔が見える位置で一旦立ち止まる。


 地面に刺されている武器は山賊に似合わないような柄頭や鍔が煌びやかな剣や槍、人の首など簡単に切り落とせる程大きな斧を持っている。


 当たれば致命傷を取り越して死んでしまうだろうし、剣や槍はまだしも、斧はこの杖で受け止めれば叩き折られそうな気もする。この杖の強度が実際どれぐらいなのかアサリナに聞いておけばよかったと若干後悔しながら、アオは木の上に飛び乗る。


 その時の音で、山賊達の纏う空気が冷たいものに変わる。


「誰だっ!」


 野太い声でそう叫ぶ山賊は、刺さっていた剣を抜き、さっきまでアオがいた場所を睨みつけている。他の山賊も武器を抜き、周囲を睨みつけている。


 アオは試しに集中力を高め、風でその周りに草を揺らしてみる。


 集中すると周囲が見えなくなるが、まだ見つかっていないのなら問題は無い。


 ガサガサっと草が揺れると山賊達はそちらを向いて警戒を強める。いつも襲う側の山賊だ、まさか自分達が襲われる側になるなんて思ってもいないのだろう。


 五人同時に相手をすることはできるだろうが、仙術を使う時、周りは見えなくなるのだ。近くでアサリナが見ているだろうが、念には念を、とりあえず一人は削っておきたい。


 アオは木の上で軽く飛び上がり、幹に両足に着けて全力で蹴る。矢のような速度で背後から斧を持つ山賊の一人に接近したアオは持っていた杖を振り抜く。


「ガッ――」


 アオの倍以上の体重があるだろう山賊の一人が、打たれたボールのように飛び、正面の木に激突した。


 着地したアオはすぐさま距離を取る。


 ここまですれば、山賊達もアオの存在に気付く。


 ただ、アオを見る目はすぐさま怒りに染まり、言葉が通じそうではない。


 会話をしようとは思っていないから別にいいが。


「テメエ‼」


 山賊の一人がアオに飛びかかる。振り下ろされる剣を後ろに飛んで避けた――が、それを見計らったかのように、アオの首目掛けて横から槍が伸びてくる。


「わっ」


 それを体を逸らしながら、杖で打ち上げて避けたアオは、足を止めずに木を使って更に距離を取る。そしてその先では、さっきの二人とは違う山賊が待ち構えており剣を振りぬいた。


 地面を転がって避けたアオはまた追撃が来るだろうと即座に木の上へ飛び上がる。


「チッ」

「なにもんだコイツはッ」


 木の上のアオに攻撃する手段は無いのだろう。山賊達の怒号が聞こえる。


 位置を確認すると、最初の一人がアオに攻撃を仕掛けた時には、残りの三人はアオを囲うように動いたのだろう。今現在、アオは四方を山賊に囲まれている形になっている。これは普段から、人を襲った時、逃げられないようにするためだろう。


 思ったよりも手強い相手にアオは眉を寄せる。囲まれて戦っている最中に仙術を使うために集中するのは、今のアオではできない。だからせめて後二人は減らしたい。


 普段の修業とは違い、命の危険があるからだろうか。集中していないのに、集中しているように頭が澄んでいる。一つのことにしか集中できないのなら、その集中を広げて『相手を倒す』ことに集中する。


 アオはまず山賊一人の足元とその周囲にある草を仙術を用いて蔦のように伸ばす。脚から巻き付かれ、胴、腕、頭とミイラのようになる。山賊は叫び散らしながら拘束から逃れようとするがすぐにはいかない。


「なんだコレは」

「大丈夫かッ」


 草に巻かれている仲間に驚いている今のうちに、さっきと同じく木から飛んで杖で打ち抜く。


 これで三対一だ。


 拘束しているのはただの草だからすぐに抜けられるが、その隙にもう一人――アオが地面を蹴るが、それを待ち構えていた山賊が剣を振り下ろした。急には止まれないアオはなんとか杖で剣の軌道をずらしたが、その隙を逃さない山賊がバランスを崩したアオの腹蹴り上げる。


「ぅあっ……」


 体は丈夫だが、だからといって衝撃まで無くなる訳では無い。そのまま飛ばされたアオは背中を木に打ち付けてしまう。


 ガサっとアオの耳に聞こえる位置で音がした。どうやらアサリナは近くにいるみたいだ。


 山賊はすぐに体勢を立て直したアオを見て追撃を諦めて仲間の救出に向かっている。


 もう木の上からの同じ手は使えないだろう。


 アオはもう一度仙術を使い、草で拘束を試みるが――草を伸ばす速度が遅すぎて切り落とされてしまう。


「訳のわかんねえモン使いやがって‼」

「殺せ‼」

「おうよ!」


 三人は距離を取りアオを囲もうとする。


 ただこの近くにはアサリナがいるのだ。アオはただ真っすぐ正面にいる山賊へと突っ走る。


 こうすれば正面の一人が受け、左右のどちらかが攻撃を仕掛け、避けたところをもう一人が追撃に来るのだろう。


 それが分かっていれば怖くない。


 アオは正面の一人が武器を構えると同時に走った勢いのまま飛び蹴りのために地面を蹴る。


 ――そして姿を消した。


 見えていればそれに合わせて攻撃ができる。見えていなければ、アオが姿を消せると知らなければ、見えなくなった瞬間、それは幻かなにかだと思ってしまい動けなくなる。


 一歩間違えれば命を落としてしまう戦いの中、戦いそのものに集中しているアオ。姿を消していても視覚は無くならない。山賊の驚く顔が見える、右から襲いかかろうとする山賊の顔が見える。


 ただ、意識をしてしまったせいか、術が解けたのだろう。突如現れたアオに目を剥くが、その時にはアオの足は山賊の顔面に当たる直前だった。


 また一人、蹴り飛ばしたアオは油断無く残り二人に意識を向ける。


「クソッ」


 二人はじりじりと、アオを睨みつけながら合流する。


 そして――。


「逃げるぞ!」


 二人は他の仲間を置いて、アオを睨みつけながら逃げ出した。


 逃げるのなら見逃してもいいかと思い気を抜いたが、すぐにアサリナの言葉を思い出す。


 その隙に、アオが追って来る素振りを見せなかったことで背を向けて逃げ出した山賊。


 丁度良く風が吹き、アオはその風を使うことに決め、風が不可視の手となり山賊を捕まえる――直前で暴発。突風が逃げる山賊を吹き飛ばし、木にぶつかり気を失う。


「あれ……上手くいかなかった」


 上手くいかなかったが、これで五人の山賊を倒すことができた。


「もー‼」


 終わったことで出てきたアサリナ。無事に終わったのだが、その表情には怒りがあった。


「なに?」


 相手をするのを面倒そうしたアオにクワっとアサリナが言う。


「危ない‼」


 本気で怒っているのだろうアサリナの真剣な眼差しにアオは目を逸らす。


 アサリナが怒っているのは、アオが飛び蹴りをくらわせる時に姿を消したことだろう。


「いけると思ったからやっただけ」


 相手が、アオが姿を消すことができると知っていたのなら通用しなかった。ただ、今回の相手はアオが姿を消せることなど知らない相手なのだ。だからアオは大丈夫だと思ってやったのだ。


「だとしても今回はたまたまだよー‼ もし相手が武器振り回したらどうするつもりだったの‼」


 物凄い剣幕で怒られる。これは素直に謝った方がいい。


「ごめん。でも――」

「でもじゃなーい!」

「でも……収穫はあったから」


 アオを睨みつけたまま、首を傾げるアサリナであった。

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