その様子を、自室から見ていたルドベキアはやって来たチャンスに唇を舐める。
いつでも出られるように準備をする。
助け出すのは、四人の前に中央の魔法使いがやって来て追い詰められた直後だ。
「お前ら!」
モルフは三人を引き寄せ自分の後ろに隠すと、油断無く構える。
これはマズいと、具体的にはなにも説明できないが、本能が警鐘を鳴らす。
この場から即刻立ち去りたい――だがここから逃れることはできない。そんなイメージが頭の中に流れ込む。
「まさか四人とはな」
「おいおい……なんだよてめぇは」
上空から聞えた男の声に、モルフは片頬を上げて返す。
モルフの見上げる先には、宙に浮く一人の男がいた。男は全身を覆う黒いローブを頭から被り、その顔に優越感を滲ませていた。
「答える義理は無い」
男の言葉にモルフは鼻を鳴らす。
どうすればいいのか分からない。会話が通じる相手ではないだろうし、戦うにしても飛んでいる相手と戦うなんて今はできない。
逃げられないし戦えない。
「……やべぇな」
「団長……!」
不安げな顔をするシャオ達の頭を撫でて安心させながら、モルフはどうすればいいのか考える。この状況を引き起こしているのはあの男だ。あの男を退けることができれば何とかなるだろうが……。
「こいよ」
モルフは不敵な笑みを浮かべ、相手を挑発する。
相手が攻撃を仕掛ける時には、近寄らなければならないだろう。そうして近づいてきた時にこちらも攻撃を仕掛ける。それしかない。
ただ、モルフは知らなかった。
「生意気だな。まあいい、安心しろ。殺す気は無い」
――魔法の存在を。
男は見せつけるように、周囲に魔力を集める。
そして、一つ、また一つと火の玉が男の周囲にできあがる。
「どうなってやがんだ……」
その火はどこからできたのか。分からない。
考える前に、モルフは自身の後ろにいる三人を押す。
「走って逃げろ!」
誤算だった。攻撃をする瞬間なら近づいてくると思っていた。でも実際には、男はその場で攻撃することが可能だったのだ。それは石でも矢でもない。得体の知らない力によってだ。
モルフの言葉に押された三人だったが、男の周囲にあった火の玉は逃げ道を塞ぐように着弾、火の壁を作る。
「なによこれ!」
着弾の衝撃で熱風に押されたイリカは尻餅を着いたサナレを庇いながら叫ぶ。
石でできた街だ。それになにも燃える物は周囲にはなかったはずだ。それなのに火は燃え続け、四人の皮膚をチリチリと焼きながら聳え立つ。
絶体絶命。
殺す気は無いと言っているが、それもどこまで信じられるか分からない。だがもうその言葉を信じるしか、シャオ、イリカ、サナレの三人を助ける道は残されていなかった。
そんな奥歯が砕けそうな程歯を食いしばったモルフの肩を叩く者が現れた。
男が下りてきたのか、そう思って腰を捻り拳を振ったがしかし、拳は空を切るだけだった。それに、さっきまでは男の方を向いていたはずなのに、モルフの視線の先にはシャオ、イリカ、サナレの三人がいた。
「助けに来た。三人を回収して集まったら言ってくれ」
それは、あの男とはまた違う男の声だった。ただその声音には、本気でモルフ達を助けに来たのだという心が感じられた。
「お前は……‼」
浮かぶ男の声を背中で聞きながら、モルフは三人の下へ急ぐ。
三人を腕に囲い、モルフは声を上げる。
「集まったぞ‼」
「じゃあ待っていてくれ」
ぱちん、と指を鳴らす音が聞えた。
次の瞬間には四人の視界には火の壁が聳え立つ場所ではなく、家具もなにも無い、広い部屋があるだけだった。