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第103話

 これだけ雨が降っていれば、いつでも神に捧げることができる。神を呼ぶのは簡単だ。悪魔憑きの血を垂らせばいい。


 建物の中、広い建物の中に少なすぎる人の数。広い湖を半周囲うように建てられた建物。半分は窓があり、もう半分は窓が無い。


 この窓が無い部屋は、魔法を使った時外に魔力が漏れ出ないようにする建物だ。だから中でどんな大規模な魔法を使っても誰も気づくことができない。空間魔法という莫大な魔力と技術が必要な魔法。その中の転移魔法を使うにはうってつけの場所だ。


 窓の無い部屋は大きな一つの部屋になっており、床にはびっしりと文字が彫られ、魔道具として、転移魔法の機能が付与されている。それを動かすのには莫大な量の魔力が必要なため、タステの中心部と繋がっているが、一方通行でしか使うことができないのだ。


 いつもなら、生贄がここへ転送されるのだが、今回は転移してきたのは生贄ではなく、タステにいる魔法使いの女だった。


 コバルトブルーのビロードのドレスを着た、この世の全てが自らにひれ伏すべきだと考えているのが一目で分かる、意地の悪い目をした女。


 他者など取るに足らない。自分こそが世界の中心、カツカツと、通り道を開けろと傲慢な歩容で窓のある部屋へやって来る。


 虚ろな目をした四人の巫女を一瞥し、つまらなそうに鼻を鳴らす。


 ただその中で、一人だけ、女に力強い目を向ける者がいた。


 宝石のような碧い瞳に、真珠のように白く長い髪を持った少女だった。


「不快だ」


 カツンッと、ブーツを鳴らすと、女の隣にある壁が吹き飛ぶ。その先は桟橋に続き、自らを見る不躾な輩を早く捧げに行って来いと言っているようだった。


 これから捧げられる少女――スイを四人の巫女で挟み、桟橋へ向かうよう促す。


「神に抗えない弱者のくせに……‼」


 そう言い残して、スイは桟橋へと向かう。


 その言葉をかけられた女は、取るに足らない言葉と投げ捨て、意識を切り替える。


「虫が二匹」


 万が一にも邪魔をされてはならない。女は魔法でこの一帯を隠匿し、スイの意識が散らないよう魔法をかける。そして――屋根の上でなにかを企んでいる二匹の虫を駆除するために動き出す。



「びっくりしたー‼」


 これからスイの救出を始める、そう思った矢先に、建物の壁が吹き飛んだ。


「アオ! 自分の杖持って! それで腕輪も外すよ!」

「えっ⁉」


 なにかを感じ取ったアサリナはアオに杖を渡して、魔力を封じる腕輪を外した。


「アオきーてね。今下に多分ちゅーおーの魔法使いがいるの。多分邪魔させないようにするんだと思う」


 邪魔をさせない。それはつまり、今から生贄を捧げるのだろう。


「あたしが戦ってる間に、アオは助け出してね!」


 アサリナが言い終わるのと、桟橋にスイが現れるのは殆ど同時だった。


 四人の巫女に挟まれ、歩くのはアオの大切な人。見間違えるはずの無い人。


 でもまさか、予想していたが生贄がスイだと知り、ショックを受ける。


「スイ‼」


 屋根から飛び出そうとするアオ。すると針のような剣が一本、真下からアオの顎を貫こうと撃ち上がる。


「うわっ」


 間一髪、それを避けたアオは後ろに飛び下がる。


 そしてアオと同時に、アサリナにも剣が襲い掛かっていたらしく、だがなにかしらの攻撃が来るだろうと備えていたアサリナも上手くいなしていた。


 屋根に向かい、燃え盛る火の槍を雨のように降らせるアサリナ。燃えてしまうなど関係無い。相手はこちらの命を狙ってきたのだ。


 音を立て、木造の建物を貫き燃やす。


 その隙に再びスイを助けに行こうと動いたアオだが、首筋に走った寒気にすぐに方向転換をする。


「ただの虫かと思ったが、なかなか生命力があるらしい。全く醜い」


 聞えた女の声に、二人は身構える。


 徐々に高度を上げる女、その隙にアオはアサリナの後ろに下がる。


 そして現れた女は両手に先程二人を襲った剣を持ち、虫けらを見る眼のまま微笑む。


 燃え盛る建物上で笑う女の顔は、二人の目には異様に映る。


「邪魔しないでほしーんだけどなー」

「虫が人語を話すか。まあいい、邪魔をしているのはお前たちの方だろう?」

「確かに、そーだよね!」


 アサリナが風の刃を生み出し、女に襲い掛からせる。


 その刃を手に持つ剣で防ぎながら、女はこちらへ詰めてくる。それを迎え撃つように、アオが燃え盛る炎を操り、女を飲み込もうとする。


「なに⁉」


 炎に飲み込まれた女だが、咄嗟に剣の刃を摺り合わせて水を生み出して消化する。


 両者の距離は詰まらない。


「アオ、助けに行ける? 相手めっちゃ強そーだったけど、それ程でもない気がする」

「わたしも思った。行ける」


 小声で話しをして、アオがスイの下へ行く隙を窺っていると、アサリナが大きな声を出す。


「そーいえば、ちゅーおーの魔法使いってえらそーでめんどーなんだよね! 強くないくせに‼」


 あからさまな挑発、しかし半分事実である。一応強い魔法使いもいることはいるが、そういう魔法使いは中央から動かないものだ。


 最初、自分達のしようとしたことがバレてしまったのかと思ったが、目の前にいる、怒りで目を血走らせている女は、ただ生贄を捧げるために邪魔が入らないようにするために派遣される魔法使いらしい。


 ただ、そのための魔法使いということで、街に戦いの余波が及ばないようにするためここら一帯にかけた隠匿の魔法は卓越したものだ。


「小娘がぁぁぁぁぁぁぁ‼」


 女が吠えると同時に、女の背後から現れる。それは女が出したモノでは無い。女の背後にある、祭壇、湖から出てきた神だ。


「アオ! 行って‼」


 その言葉に、弾かれたようにアオは駆け出す。女がアオに剣を振ろうとするが、それをさせまいと、アサリナが割って入る。


 アオは建物を力いっぱい蹴り、今すぐにでもスイを食べようとする神の真上に飛ぶ。


 今できる最大の力と技で、スイを助ける。


 杖の先に魔力を込め。


「スイィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ‼」


 神の頭を――叩き割る。


 神の頭に触れる直前に杖から爆発が起こり、更に加速した杖が雷のような音を立て神に襲い掛かり沈める――。


「よかった。間に合って」


 地面が揺れる中、恐れも不安も全て押しのけて、安堵により朗らかに笑うアオ。


 湖の底まで沈んだのだろう、見えなくなった神などどうでもいいと、杖を放り出す。


「スイ……やっと見つけた……」

「えっ……あなたはっ……?」


 まだアサリナは戦っているのだろが、負けることは無いだろう。安心しきったアオは、目の前にいる愛おしい人に抱きつく。


「ごめんね」

「まっ……へっ……⁉」


 スイの方はなにがなんだか分からないと、ただ自分の命が助かったことしかまだ受け入れられない様子だ。


 徐々に現状を受け入れたスイは、なにがどうなっているのかと状況を確認したいが、今はもう、自分を助けてくれた人しか見えないし、考えられそうになかった。


 力強く抱きしめるアオを力強く抱きしめ返すスイ。


 とめどなく溢れる涙をアオは拭ってあげながら、スイの唇に自らの唇を重ねる。


 そうやって完全に二人の世界へ入ったところで邪魔が入る。


 湖面が揺れ、水が持ち上がり、沈んでいた神が姿を現す。


「邪魔が入った。スイ、待っててね」

「あっ」


 名残惜しそうなスイを置いて、杖を取ったアオは怒りで燃える赤い瞳を神に向ける。


 大きすぎて、石柱のような歯しか分からない。それでもアオは怯むことなく睨みつける。スイとの再開の邪魔をしたのだ。生かして返す訳にはいかない。


「アオ―!」


 そこでさっきまでの戦っていた女を紐で縛ったアサリナがやって来る。


 あの後勝負はすぐについたらしく、四人の巫女を救出して戻って来たのだ。


「どーする? この人生贄にしたら戦わなくていーと思うけど……」

「神を殺す」

「だよねー。とりあえず、安全な場所に避難させよっか」


 スイを一瞥して言うアサリナ。


 神はアオの攻撃を警戒しているのだろうか、襲い掛かる気配は無い。


「この人置いてけばよかったなー……」


 四人乗りの箒は飛べるが不安定だ。この瞬間神に襲い掛かられるとひとたまりもないが、アオを警戒して、まだ様子見をしてくれている。神だというから警戒なんてしないと思っていたが、どうも動物のように見える。


 斜面の上へ無事に上がってこられた三人。そこには四人の巫女が眠らされており、その隣に先程の女も放っておく。


「スイ、待っててね」


 スイだけは眠らさず、最も安全になるよう、アサリナに魔法をかけてもらう。


「……はい」


 こんなしおらしいスイを始めて見たアオだが、このスイは翠の感情が創った世界のスイなのだ。本物のスイと変わらない。


 可愛すぎて、スイに行ってきますのキスをしたアオを複雑な表情で見るアサリナ。


「行くよ! アサリナ‼」

「なんだろーこの複雑な気持ち‼」

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