急斜面の上からなら、大きすぎて見えなかった神の全容が明らかになる。
形はそうだと思っていたが蛇だ。ただ、形から蛇だと分かるだけで、それ以外に蛇の要素は無い。
歯は見た通り石柱で、身体は木でできていた。それも自然に生えている木ではなく、建物に用いられているような、人の手で形を整えられた木だ。そしてその木が無造作に集まり蛇の形を作っている。
「生き物には見えないよね?」
「だって木だもんねー」
急斜面を下りながら、アオとアサリナは感想を口にする。
神というには動きが動物すぎるし、動物かと思えば材質は木でできている。
「なーんかドゥッツの街の建物をぎゅってして作ったみたい」
ギュッと拳を握りしめたアサリナが言う。
小手調べがてら、湖を半周囲うように火の槍を作り、中央で様子を見ている神を攻撃する。
木でできているのなら燃えるはずだという安直な考えだ。
ただ攻撃を黙って受ける神ではなく、湖に潜りその攻撃を回避する。そしてこれが戦いの合図となった。
この斜面は湖を囲っている。それはつまり、建物などあるが、その下も湖だということだ。
真下から襲い掛かる神をアサリナは箒に乗って避ける。早く飛ぶ術の無いアオは大人しくアサリナの箒に乗っている。
地面を抉りながら動くため、方向を変えなければ上で待つスイが危ないと、アサリナは箒を対岸へ向かって動かす。ただ、巨大な神にはその距離は関係無いらしく、対岸に着くまで何度も攻撃を受けていた。
「デカいからすぐ追いつかれる!」
「でも遅いから避けられる!」
さっきの一撃は不意を突いたから当たったのだ。そのおかげで警戒され、スイ達を安全な場所へ避難させることができた。もし警戒されていなければ、全員揃って神に飲み込まれていただろう。
「アサリナは避けるの頑張って! わたし攻撃してみるから!」
スイを救えたことでアオがハイになっているのはアサリナにも分かる。だからこの状態でまともに仙術が使えるのか心配だが、修業の成果を信じるしかない。
湖があるということは、水を使った仙術を使うことができる。
アオはアサリナを信じて集中力を高める。
使うのは、いつか翠が使っていた水龍だ。
神が襲い掛かる。木が擦れる音、雨の音、全てを遮断して一つに意識を集中させる。
「おっ、おー!」
神に匹敵する大きさの水龍――と呼ぶにはまだ迫力が足りないが、ひとまず成功と捉えていいだろうか。
まだ二人を食べようと、喰らいついてくる神の喉笛を噛み千切ろうと、水龍が襲い掛かる。襲われた神が上にのけ反り、しかし水龍が嚙み千切る前に水龍が弾け飛ぶ。
――こうなることは分かっていた。
「今!」
のけ反る神を上から見ていた二人。アオは飛び降り、自分の杖を振りかぶる。
アサリナも落ちながら、杖を振るう。火の槍が雨を蒸発させ、追い抜きながら降る。
アオを追い越した火の槍が、神を真上から串刺しにして神の体を燃やす。
バチバチと音を鳴らす神に向かって、アオは全力で杖を振り下ろす。魔法で加速させていないため、威力は最初より劣るがこれでいい。落ち切る前にワンクッションおくことができたアオを箒に乗ってやって来たアサリナが受け止め、そしてアオは燃える炎を使う。
神を燃やす炎が大きくなり、炎がツタのように絡みつき締め上げる。昇り龍のように、天まで昇る炎は神を焼き尽くし――爆発。
「やっぱりー!」
爆風から顔を守りながら、なんとか急斜面の上へと逃げ帰ることができた。
雨が止み、日の光が差し込む。
湖を覗くと、神の体は炭になり、石柱はボロボロと崩れ落ちる。
アオの隣へやって来たスイはその光景を見る。
――人が神を創り、人が神を殺す。姿形の無い災いに、人は恐れをなしてそれを神と崇める。やがてその神は姿形を持ち、人はその形ある災いに立ち向かう。
自分がこうなるきっかけとなった本の一文だ。
人が神を殺す。まさか、本当にできる人がいるなんて。
隣に立つアオに視線を向ける。
誰も立ち向かえるとは思わなかった。だけど、それに立ち向かい、この風習を終わらせた人。命の恩人。とても強くて美しい人。
「ありがとう」
そう言って、スイはアオの肩に顔を埋めるのだった。