「アオ……?」
明らかに様子のおかしいアオを心配するアサリナ。
さっきまでのやり切った、祝勝の雰囲気はどこへ行ったのか。それに、あの男は何者なのか。
アオはどう説明しようかと必死に頭を回転させるが、先程までの戦闘の疲れのせいか、なにも思いつかない。
これは非常にまずい状況なのだ。
アオは、ルドベキアとアサリナには、別の世界から来たと説明している。そのアオが探し求めていたスイも同じく別の世界から来たということになっているはず。ただ、アオ自身はこの世界にも存在している。元々存在していたアオと碧は同一人物のため、アオ自身は問題無いし、初対面の相手にも問題無い。
しかし厄介な点は、アオがこの世界に来るまで所属していた盗賊団が今、この場にいるということだ。元々のアオを知っているモルフが、アオは別の世界から来たと言われればどう考えるのか。考えるだけで頭が痛いしどうしようもない。
誰も助け船など出してくれない。ただ黙って、アオが口を開くのを待っている。
「え……っと……」
なにかを言おうと口を開くが、言葉が出てこない。それでもなんとか捻り出せた言葉は説明でもなんでもなく、ただの言い訳だった。
「嘘はついてない」
やっとアオが口を開いたということで、それにルドベキアが返す。
「それは、アオが別の世界から来たということがか?」
「なんだって?」
ルドベキアの確認に反応したのはモルフだった。
その反応は当然だろう。だからアオは、ややこしくなるのは分かっていながら言う。
「モルフの反応も間違いじゃない」
「だったらどういうことなんだよ」
「どういうことって……」
どういうことだと言われても、こういうことなのだが、それを言っても理解してくれるのかどうか。いや、もう理解してくれようがしてくれまいが言うしかないのか。スイの『哀』の感情を解放することができれば別に後のことはいいのだ。
創られた世界で、いずれは無くなる世界で躊躇うことなんて無い。
アオは大きく息を吸い込んで気持ちを落ち着ける。そして後ろにいるスイの手を取って言う。
「わたしはスイのことを愛してる。だからスイの隣にいる、わたしを信じてほしい」
そう言われたスイは耳を赤くして何度も頷く。
それを見て安心したアオは再びモルフやルドベキアの方へと向く。
「わたしは、この世界に元々存在していた。けど、この世界に存在していなかった。だからこんなややこしいことになってる」
「アオが二人いたってことー?」
「そんな感じ」
「ったく、訳分かんねえこと言いやがる」
察しの良いアサリナと、頭を押さえるモルフ。対照的な反応を示す二人。この話で納得させるべきなのはモルフの方だ。だからアオはモルフに向かって話す。
「わたしはこの世界で生きていた。みんなとの思い出も持っている。でも違う世界のわたしの記憶も持っている。偽物とかそういうのじゃなくて、どっちもわたし、同一人物」
「急に団を抜けたのは――」
「違う世界のわたしの記憶を手に入れたから」
アオが言い切る。
アオの言葉を信じるしかモルフにはできない。それがどんなに荒唐無稽な話でもだ。
質問の一つや二つ出てくるだろうとアオは思ったが、モルフの頭は限界らしくなにも言ってこなかった。ただ、無事で良かった、とだけ言い部屋を後にした。
「……どこに行くつもりなんだ?」
モルフを見送ったルドベキアが呟いた。放っておいても、ラグルス辺りが見つけてなんとかしてくれるだろうと思い直し、モルフがいないからこそできる話を始める。
「アオ。信じていいんだな?」
ルドベキアとアサリナは、アオが別の世界から来た証明である仙術を見ている。だからこの確認は、モルフ達のことに対しての確認だった。アオがそれに頷いて、話は更に進む。
「盗賊団を抜けた理由が、その子か?」
腕を組んで、アオの後ろにいるスイを覗き見る。
なんとなくスイの盾になったアオは素直に答える。
「そう。おかげさまで無事に助けることができた。ありがと」
「そうか、それなら良かった。ただまあ……面倒なことになってるがな」
「まさかこんなに早く団に見つかるなんて思っていなかったから」
いなくなった自分を探すだろうとは思っていたが、こんなに早く見つかるとは思っていなかった。そもそもこの場所なら絶対に見つからないと思っていたのに、内部にいるとは思わない。でもそれももうどうでもいいのだ。
スイを見つけることができたのだから。
「こっちにも色々あってな。ああそうだ、どこまでその情報を流すかは改めて話をしよう。今日はもうゆっくり休んでくれ」
「分かった、そうする。スイ、行こっか」
「あたしも行くー」
そうして、アオとスイとアサリナの三人は魔法使いの塔の螺旋階段へと出てきた。
おっかなびっくりといった様子で、スイはアオから離れない。
「休みたいけど、お腹空いてない?」
そんなスイにアオは優しく問いかける。
「大丈夫よ……」
そう答えるスイはどことなく眠たそうだった。忘れていたが、今さっきまでスイは死ぬかもしれなかったのだ。疲れていて当然だろう。
神との戦い、神を殺した、その余韻すら、最早遠い過去のように感じる。