一人タステにやって来たルドベキアは、中央の様子のおかしさに眉をひそめる。
タステの中央の大きな城に転移したのだが、そこは外見の荘厳さとは正反対に、中身が無いものだった。人が住むことを想定していないそこは、ハリボテの城だ。
ただ城の中には、この世界を四分割する大きな河の終着点があった。
「ここは変わらないが……イエーラのやつが住んでいるはずだぞ?」
とりあえず連れて来た女をどうしようかと悩んだ末隅に寝かせ、ルドベキアは城の中を散策することにした。散策するといっても、あるのは河が落ちる奈落のみ。
そこを覗き込むと見たことが無い程の莫大な魔力を見ることができた。そしてその中に見知った魔力を感じ、ルドベキアは冷や汗を流した。
タステにいる神はあの時イエーラが殺したと思っていたが、どうも違うらしい。奈落からこの地の神と、イエーラの魔力を感じ取ったルドベキアは一瞬固まった末、その穴の中へ降りることにした。
なにもない宙に着地したルドベキアは、目の前にある光の玉を覗いて声を荒げた。
「イエーラ‼」
神に勝てず、封印することしかできなかったのかと歯嚙みしたルドベキア、しかしすぐにその考えが間違っていたことに気がついた。
光の玉から更に下に伸びている純白の鎖、まるで魔力を吸い取っているかのように脈動するそれを認めると同時にもう一つの可能性をが見えたのだ。
「イエーラ様の邪魔をするなぁ‼」
そんな声と共に頭上から衝撃。
ルドベキアはそれに抗わず衝撃を受け、奈落の底へ叩き落されていった。
その様を見た魔法使いの女は、寝起きでふらつきながらも外へと出る。急いで今のことを報告しなければならない。
落としたがあの男はすぐに這い上がって来るだろう。落としたのは時間稼ぎに過ぎないのだ。
「クソっ、なんで面倒事がこう次から次へとやって来るんだ?」
落ちていったルドベキアは徐々に速度を緩めて悪態をついていた。
どこまでも続く奈落の底へ向かって降りていく。
今ルドベキアは、この純白の鎖が繋がる先を確認しに行っているのだ。予想が正しければこの鎖は、タステの神に繋がって魔力を吸い上げているはずだ。外れてほしい予想だが、十中八九間違いないだろう。
あの時、イエーラは神を殺さず、魔力を吸い取る選択をしたらしい。なぜその選択肢を選んだのかは、恐らくイエーラ自身の問題なのだろう。
悪魔憑きは十代の子供に多く見られる。そして魔法使いとはその悪魔憑きが自分は特別な存在だと自覚することでなることができる。
想像したことを実現できるのが魔法使いという存在だ。そのようにとても自由な存在である魔法使いだが、中にはその力を失ってしまう者もいるという。これは女性の魔法使いに多いらしい。
ルドベキアも聞いた話のためあまり詳しくないのだが、どうも歳を取り、現実的なことを考えてしまうと魔法使いでなくなってしまうらしいのだ。
ルドベキアはある程度の年齢『渋くて良いな』と思った年齢で年齢を止めている。しかし、かつて若い姿のままでいたはずだったイエーラの姿が年老いている様子を見て、イエーラは魔法使いでなくなったのではないかと考えた。
五十年以上前に、十代後半の姿で別れたイエーラの見た目が老婆の姿になっていることからその可能性に至ったのだ。
それなら、なぜイエーラは年老いながらも神から魔力を吸い取っているのだろうか。そればかりは本人に確認しない限り知ることはできない。
光の玉を直接壊すか、純白の鎖を断ち切ろうとしたが、どうやらルドベキアには干渉できないようにしているらしい。
ということは神から魔力を吸い始める時には、まだイエーラは魔法使いであったということだ。
「全く……イエーラのやつはなにを考えているんだか」
とりあえず、吸い取る魔力の素となっている神を殺すなりして、イエーラを起こさなければどうにもならない。そして起きれば文句の一つでも言ってやろう。
ルドベキアはまだまだ続く奈落を降り続けるのだった。
「ルドベキア、帰ってきませんね」
翌朝、遊び疲れた子供達を起こさないように立ち上がったラグルスが、膝の上で眠った子供を乗せたままのニゲラに言う。
「確かに、やけに遅いな」
アオの話を聞いた二人は、事情が事情なため盗賊団の子供達をアオに近寄らせないようにしていたのだ。
盗賊として生きていたが、根は純粋な子供だ。ラグルスも別に嫌ではなかったし、ニゲラも子供相手に本を読んであげていた。こうしていると夫婦のような気がして。ラグルスは緩みそうになった頬に力を入れる。
基本小さい子供はラグルスが相手をし、ある程度成長すればニゲラやクレピスが相手をしている。さすがに十代後半の子供達は一緒に遊ぶことなんてしないため、その年齢の子達には仕事を紹介して働いてもらっている。
この子供たちが盗賊ではなく、山賊だったのなら受け入れてくれないだろうが、山賊とは違って人的被害を殆ど出していないのが幸いして、また、ニゲラが事情を説明したおかげで職に就くことができたらしい。
そういうことで、割と仲良く平和な時間を過ごしていた。
ただ、盗賊団の団長であるモルフだけはなんとも言えない表情をしていたが、そこは彼自身でどうにかするべきだろう。
「今誰がいる?」
「まだ朝ですし、みんないると思いますよ」
「そうか。なら全員集めよう」
「分かりました」
そしてラグルスの呼びかけで集められた面々はアオ、スイ、アサリナ、クレピス、ラグルス、ニゲラ、そしてモルフの七人だ。
「なぜスイがいるんだ」
「スイのそばには常にわたしがいるから」
「答えになってないよー」
ニゲラの指摘になんてことのないように返すアオ。
「なんで俺まで呼ばれてんだぁ?」
「あなたには万が一の場合、子供の相手をお願いしたいと思っているので」
ラグルスの言葉に鼻を鳴らすモルフである。
「んで、オレら集めてどうしたんだ? やっぱルドベキアのことか?」
クレピスが話を始める。
「そうです。まあ、ルドベキアが一日二日帰ってこなかったぐらいでここまでしませんけど、今回は向かった場所が場所ですからね」
「あー確かに。普段は勝手に出てって勝手に帰って来るもんねー」
アサリナの言う通り、いつものルドベキアなら、なにも言わずに出ていくことなんてよくある話だ。だから勝手にいなくなってしばらく帰ってこなくても誰も心配しないのだ。それはルドベキアの持つ力をみんなが知っているからだ。
ただ、今回はルドベキア自身が行き先を告げて行ったのだ。
「普段なら僕は別に気にしないが、今回は行き先を告げている」
「中央だな。それもあっちの魔法使い連れて」
「でも平和だよー?」
「それが妙なんです。いっそのこと中央が騒ぎになっていれば安心するんですけど」
「スイ、やっぱり部屋で休んでる?」
「アオと一緒にいたいわ」
「あーもういちゃつかないでよー!」
アオとスイのせいで脱線しかけていたが、モルフが強引に話を戻した。
「それで? なにが考えられんだぁ?」
話が元に戻ったことにホッとしたラグルスが答える。
「ルドベキアの身になにかが起きたことが考えられます」
「と言っても、ルドベキアに危害加えられるヤツっていねえだろ」
「物理的な危害はな。仮に物理的に危害が加えられてもルドベキアなら報告ぐらいできるだろうし、こちらに転移することもできる。それが無いということは、それ以外になにかが起きたことが考えられる」
ニゲラの言葉にクレピスが納得したようだ。
「じゃー、よーす見に行ったほーがいーんじゃない?」
「それしかないですが――」
「それならそれ相応の準備が必要になるな」
「だよなあ」
アオとスイとモルフは置いてけぼりにされ、四人の中ではもうルドベキアを探しに行くことが決定しているようだった。
ニゲラの言う通り、準備が必要とのことで一度解散して準備にかかる。
モルフはラグルスとニゲラに呼びだされ、クレピスは準備に走り、アオとスイはアサリナを呼び止めた。
「なにがどうなってるの?」
アオが聞くと、アサリナは心底面倒そうな顔をする。
「なーんで聞ーてないのー?」
アオが聞いていないのも仕方の無いことだ。スイがいればアオはなんだっていいのだ。
確かにルドベキアにはかなり世話になったし、どうでもいいという程ではないが、特に心配はしていないしスイの感情を解放する方が先だ。でも、少しは心配している。だからアサリナに聞いたのだ。
アサリナは不満そうにしながらも丁寧に教えてくれた。それを聞いたアオはさらりと言う。
「行ってらっしゃい」
「アオも行くんだよー!」
「なんで⁉」
「姿消さないとダメじゃん」
アオがいれば、姿を消すことができ、バレなければ無駄な争いを避けることができる。
自分の必要性を説かれたアオは、嫌だなと思いながらスイを見る。
スイも一緒に聞いていたのだ。そのスイがどのような反応をするのか気になるのだ。少し考えた末、スイが静かに言う。
「アオと、一緒にいられないの……?」
「ほら、スイはわたしといたいって言ってるんだし」
「アオは黙っててー。そうだよ、アオの力が必要だから」
スイに詰め寄るアサリナ。スイがいいよと言わなければ、間違い無くアオは行ってくれないだろう。
アサリナにお願いされたスイは目を泳がせている。スイの中でも葛藤があるのだ。
アオと離れるのは嫌だ。アオは隣にいると言ってくれた。だからアオを送り出すことなんてできない。ただ、アオの力が必要だと、誰かに求められているのを見るのは嬉しかったりもする。
やっぱり自分を助けてくれたアオは凄いのだと、少し嬉しく思ってゆっくりと頷く。
「アオはやっぱ凄いのね」
静かにスイがそう言うと、アサリナはそれを許可が下りたと捉えてアオの方に勢い良く向いた。
なにも言ってこないがそういうことだと察したアオは、スイがそう言うならと本当に仕方が無く、渋々とアサリナ達について行くことを了承した。
「よかったー……」
憂鬱だが、スイがそう言うのなら仕方の無いことだ。
ついて行くといったアオを見たスイもそれを嬉しく思っていた。ただ――。
「アオ。でも、絶対帰ってきて?」
それは自分の隣に帰ってきてくれることを前提としているからだ。
もし、アオが帰ってこなければ、スイは深い哀しみの中に墜ちてしまうだろう。生贄として終わること以上の絶望が、スイをどこまでも引きずり込むはずだ。
だから、伝えた。
「もちろんだよ。わたしは、絶対にスイの隣に帰ってくるから」
アオも帰ってくる気しかない。たとえここが、翠の感情が創り出した世界だとしても、目の前にいるスイも翠なのだ。
アオとスイは、互いに力いっぱい抱きしめる。
その様子をまざまざと見せつけられたアサリナ。
「なーんか、複雑だなー!」
もやもやした気持ちをそのまま二人に投げつけるのだった。