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第113話

 戦うアオ達のはるか上空で、ルドベキアとイエーラは呑気に話していた。


「いいのか? うちが勝つぞ」

「どうでもいい。どちらにせよ私は死ぬからな」


 相変わらず空間を潰してくるイエーラから距離を取りながらルドベキアは困ったように頭を掻く。


 タステの頂点に立つはずのイエーラがこの調子だとは、余計なことをしてしまったルドベキアは顔を顰める。


 邪魔をしなければ、イエーラはこんなことをしなかったはずだ。


「お前が死ぬことはないだろ」

「貴様は分からないからそう言えるんだ‼」


 互いの間にある空間を潰し、目の前にやってきたルドベキアの顔めがけて拳を振り抜く。


 その直前でルドベキアは新たに空間を生み、身を守る。


 届かない拳に舌打ちをしたイエーラは回し蹴りをお見舞いする。


「魔法が使えなくなることの恐怖を!」


 蹴りも届かない。それでも攻撃の手を止めない。


「老いるしかない恐怖を!」


 喉が引き裂かれんばかりに叫び。


「貴様と共に生きることができない恐怖を!」


 自棄になり、届かないと解っていながら獄炎の矢を全方位から放つ。


「失われていくだけだ‼」


 全方位から、ルドベキアを包むように空間がひしゃげる。


 荒い呼吸を繰り返しながら、イエーラは傷一つ無いルドベキアを睨みつける。


「まだやるのか? 落ち着いて話をしようじゃないか」

「うぅっ、黙れっ」

「俺にお前と向き合う時間すらくれないのか」

「っ⁉」


 魔法使いはその力で自身の歳すらも止めることができる。


 やろうと思えば不老不死で、ほぼ永遠に生きることができるのが魔法使いだ。


 実際ルドベキアはそうやって見た目以上の歳を生きている。


 それに対してイエーラは、魔法使いではなくなることを察してしまったのだ。


 永遠を生きることができるルドベキアと、いずれ老いて、確実に死んでしまうイエーラ。


 二人は、喧嘩ばかりの日々を共に過ごしてきた。いがみ合ってばかりだが、心地の良い関係。ずっとこんな関係が続くのだと思っていた。


 ただ、子供っぽい男といれば、女は大人になってしまう。もちろんそれが、当たり前でもないし絶対でもない。ただ、イエーラはそうだったのだ。


 それからだ。徐々に魔法が使えなくなってしまったのは。


 焦りと恐怖、どう足掻いても魔力は日に日に失ってしまう。幸いにもイエーラはルドベキアと並んで絶大な力を持つ魔法使いだった。だから魔法使いでなくなるまで猶予はあったのだ。


 だから、最後の力を使い、神から魔力を吸い取ることを選んだ。


 ルドベキアがソーエンスの神を殺し、魔法使いが人々と過ごせる街を作る。イエーラが世界の中心にあるタステの神を殺し、魔法使いが受け入れられる世界を作ろうと決めた時、すでに裏でイエーラは神の力を利用することを決めていたのだ。


「俺も誤解していた。中央の連中はロクな奴がいない、お前はなにをやっているんだとな」

「でも、ロクでもないのには変わりない。祭壇を維持しているのは私の身勝手な考えだからな」

「魔力の供給源としてか? 効率が悪いな、あれは。生きている時間よりも吸い取っている時間の方が長い」


 魔力を失うのなら、莫大な魔力を持っている神から吸い取ればいい。そしてその吸い取った莫大な魔力を使い若返り、歳をとらない身体を手に入れる。そしてまた魔力を失いそうになれば、違う祭壇で神から魔力を吸い取る。


「あと祭壇は無限にある訳じゃない。全ての祭壇から吸い尽くしたらどうするつもりだ?」

「それまでには、貴様ももう死のうと考えるんじゃないかと思ってな」


 イエーラの自嘲気味な言葉に肩をすくめる。


 もう攻撃は考えていないらしく、落ち着いて話をしている。


「遠い未来のことは分からん」

「でももういい。私のやっていることを知れば、貴様は止めるだろ?」

「俺が止めなくても、神は殺されるだろうさ」


 ルドベキアの視線の先では、ソーエンスの魔法使い達の戦っている姿が見える。


「あいつらは優秀だ。それに、面白いことに悪魔憑きが二十人以上見つかってな」

「ふんっ、つまらない冗談だな」

「冗談じゃないんだよな。これが山に捨てられた盗賊団がそれだったんだよ。ソーエンスの近くの山のな」

「サボりすぎだろ、貴様」

「お前のことが気になっていたのかもしれんな。心はずっと子供だから分からん」


 笑うルドベキアを呆れた目で見るイエーラ。


「だからまあ……お前と残りの人生を過ごすのも悪くないと思っている」


 そしてその目が見開かれる。


「…………正気か? いったいどういう風の吹き回しだ?」

「うるさい、ばばあが」


 見た目はおっさんのくせに、子供のように耳を赤くする。だけどそれが、たまらなく愛おしい。だけどやっぱり――。


「気持ち悪い、いい年したおっさんが」



 ニゲラの相手はただ一人だった。黒装束の男、この男は恐らく中央の魔法使いの中で一番強いのだろう。この状況で一対一を選ぶということは、自身が絶大な力を持つという自負しているからだ。


 男は近づけば溶けてしまいそうな獄炎を作り出し、どう焼いてやろうかと嗜虐的な笑みを浮かべている。


 ただ――。


「馬鹿だな」

「……あ?」

「愚かで単調、それ程の力を持ちながらすることは火の玉を飛ばすか火の壁を作るだけ。はっきり言って芸が無い」


 一番強いと予想したが、ここまで単調なら裏を取るのは容易い。


 ニゲラはズレた眼鏡を直しながら、杖を構える。


「さっきから手も足も出ていないくせに、口だけは達者のようだな」


 また、男が獄炎を放つ。それはニゲラに向かって迷うことなく。今回も、ニゲラはその獄炎を氷の盾を作り出して受け止める。しかし、すぐに氷は解け、炎がニゲラに直撃する。


 魔法使いセットを身に着けていなければもう何度丸焼きにされていたか分からない。


 体勢を崩したニゲラは杖を地面に突いて体を支える。


 これを繰り返すこと十回。上空にいる男を囲うように杖を突いて体を支えていた。


「芸が無い」

「よく喋る。まずはその口を溶かしてやろう」


 そう言って、男は獄炎を伸ばし、槍を作る。これでニゲラの口をピンポイントで狙おうという魂胆だ。


 ここにきて、やっと違う攻撃。


 ニゲラは杖を振り抜き地面を叩く。


「芸を覚えるのが遅すぎたな」


 十回に渡り杖で突いた地面から、男を囲うように氷の柱が現れる。鳥籠のように男を囲い、男が槍を放つと同時に鳥籠が縮まる。


 ニゲラはその場から横に飛んで槍を躱す。対照的に氷の鳥籠に囲われた男は身動きが取れず凍りつく。


「ふんっ、口程にも無い」


 氷のオブジェクトと化した男を放って、消えた火の壁の外へ、ふらつく身体にムチを入れ、仲間の下へと向かうのだった。


 ラグルスは得意の重力魔法で、敵を纏めて拘束していく。重力さえ支配すれば、戦いはラグルスの勝ちも同然だ。


 空間魔法でもなければ、対人でラグルスに攻撃を当てることはまず不可能だ。地上の相手で恐らく負けはしないが苦手なタイプの黒装束の男はニゲラが請け負ってくれた。


 だからラグルスは落ち着いて杖を振るい、重力で相手を制圧していく。


 ラグルス目掛けて飛来する風の刃、または剣を二本持って飛びかかってくる相手重力で逸らし、または方向を変えて反撃する。


 全てを涼しい顔でこなす。


「ニゲラは無事でしょうか……」


 余裕ができるとニゲラの様子を確認するため駆け出すのだった。

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