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第114話

 アサリナを襲うのは雷に水に岩石。


「わー、ちょー、危なーい!」


 それを避けたり魔法で相殺したり、あっちを向いてこっちを向いて身を守る。


 押しかかる雷は地面を隆起させ、アサリナを打ち抜こうとする水鉄砲には雷をぶつけて、地形を変え、押し潰そうとする岩石には水の圧力で対抗する。


 多彩な攻撃には多彩な攻撃で返す。


 負けはしないが勝つのも難しいという拮抗した勝負。


 杖で地面を擦り振り上げ、氷の壁を築くが雷に砕かれる。隙を見つけて各個撃破を狙いたいが、絶え間ない攻撃に徐々に眉間に皺が寄る。


「もー! やだなー」


 その様子を、目で追うのが難しい速度で戦場を駆け回るアオは見ていた。


 アオは機動力を武器に相手を杖で飛ばしたり蹴り飛ばしたりしていた。敵に見つかれば姿を消して逃げる。だから誰もアオを補足できない。


 早く終わらせてスイの下へ帰る。ただそれだけの気持ちで動いている。


 だから苦戦しているアサリナを助けに行くのだ。


 一番最初に狙うのは、あの雷魔法を使っている相手だろう。あの相手のせいでアサリナは防戦を強いられていると思う。


 地を駆ける雷よりも早く、踏み込んだアオは雷魔法の使い手に、今まで倒した相手と同じように杖を振り抜く。


 一瞬の出来事。なにが起きたのか、アサリナだけはこの場で理解していた。


 攻撃の手が一つ減った。そのできた隙を――自分の攻撃に使う。


「そこー‼」


 瓦礫に間を縫って、炎の蛇が敵に襲い掛かる。


 一人が火だるまになり戦闘不能に陥る。


 一度崩れればそこからはすぐだ。


 今までやられてきた分を倍返しだと、今度はアサリナが攻め立てる。攻撃に意識を全て向けることができるようになったため、アサリナはもう心配ないだろう。


 アオも残る敵を探して戦場を移動し始める。



 タステから離れた、ソーエンスの魔法使いの塔の中では。


「オレの出る幕は無かったな」


 一応、アオが革袋を言う通りに着けてくれているため、タステでの様子見ることができている。そして今、その様子を見ているのはクレピスとスイの二人だ。


 いつでもサポートできるようにと、クレピスの周りには様々な魔道具を用意していたが、ほとんど使う機会無く戦いは終わりに近づいている。


「アオ……」


 戦勝ムード漂う中、スイだけが浮かない表情をしていた。


 絶対に帰ってくる。隣にいると言っていたアオ。その存在が、とても遠い場所にいるようで。


 ドゥッツでの戦いは知っている。ただ、今回の相手は同じ人間相手だ。


 ――人が神を創り、人が神を殺す。姿形の無い災いに、人は恐れをなしてそれを神と崇める。やがてその神は姿形を持ち、人はその形ある災いに立ち向かう。


 不意に、その一文を思い出す。この言葉があったから、スイはアオと出逢うことができた。後悔が感謝に変わった。アオと出逢うことができたから。


 ただ、今はこの言葉が、恐ろしい言葉に思えてならない。


 戦っているアオの周囲の様子を見ることができている。


 なにが起こったか分からぬまま倒れる相手の魔法使い。アオが早すぎて、姿を捉えることができぬまま倒れ伏す。


 まさに、姿形の無い災いではないのか?


 何人目の相手かは分らない。でも、次々倒れる仲間を見て、恐れる相手をアオは容赦なく倒した。


 恐れをなして、アオが神と崇められるのではないか?


 あの恐ろしい神を殺す程の強さを持っているのだ。もうそれは、神の力ではないのか。


 胸に冷たいものが広がる。

そしてなにより、アオが違う世界のから来たということ事実が、その不安を更に強固な物へと昇華する。


 アオは本当に、帰って来てくれるのだろうか……?


 言いようのない不安に駆られながらも、スイはアオの力が猛威を振るうその光景から目が離せない。それが、自分自身を哀しみの淵に追い詰めているのにも関わらず。



「もう終わるぞ」

「……そうだな、私達の完敗だ」


 憑き物が落ちたような、どこか清々しい表情でイエーラは地上の光景を見下ろす。


 もう勝ち目は無い。戦える魔法使いはもう殆ど残っていない。数では圧倒的だったにもかかわらず、もはや相手にすらならなかった。


「どうするんだ? 全員生きてはいると思うが」

「治療が得意な奴に任せるよ。地上に戻してくれ」


 ルドベキアはイエーラを抱えながら、ゆっくりと地上まで降り始める。


「おい、転移すればいいだろ」

「こっちの方がカッコイイ」

「はあ、ガキだな」


 そう言いながらも、心地良さげにルドベキアに身体を預けるイエーラである。



 もうこれ以上攻撃が飛んでこなくなったところで、自然と分担していた四人は集まる。


 戦える魔法使いはもう相手側にはおらず、残る者は相手を攻撃する魔法は得意でない者達ばかりなのだろう。


「いやー、よかったよかったー。みんな無事でー」

「口程にも無かったな」

「ありがとうございました、苦手な相手を請け負ってくれて」


 一段落ついた三人が喜びを分かち合う中、アオはさっさと帰りたい気持ちでいっぱいだった。


 結局なんのための戦いか知らないし、別に知りたくもない。とりあえずスイの下へ帰りたい。


「早く帰りたいんだけど」

「アオも大活躍だったよねー!」

「そうだな」


 褒めてくれるが別にどうでもいい。それよりもスイに会いたいからだ。


 早く帰りたい、その気持ちを募らせていると上空からルドベキアの声がした。早く帰りたいのに、これ以上なにか面倒事を持ち込むのかと、アオはうんざりした顔でこの戦いの原因を見上げる。


 見上げた先では、ルドベキアが自分と同じぐらいの年齢の女性を抱き抱えて降りてきていた。


「……だれ?」

「誰だろー?」


 見たことあるような見た目の女性に、アオとアサリナは眉根を寄せる。


「圧勝だな。とりあえず無事でよかった」

「どういうことか説明してもらおうか」


 呑気なことを言うルドベキアに、早速ニゲラが噛み付く。この戦いに疑問を持っていたのは自分だけではなかったことにアオは少し安心した。


「連絡をよこさなかったり、なぜか中央と戦うことになったり、細かいことは他にもありますが、とにかく説明してほしいですね」

ニゲラに続いてラグルスも詰め寄る。


「待て待て、慌てるな。イエーラ、先にお前の方の後処理からだな」

「そうだな……」


 そのやり取りに、アオ達四人は奇妙な空気を感じ取り、四人同時に首を傾げた。


「「「「イエーラ……?」」」」


 単純にイエーラを始めて見たニゲラとラグルスとは違い、すでにイエーラを見ていたアオとアサリナはこの短時間でコロコロ変わるイエーラの見た目に混乱していた。


「詳しい話は後でいいか?」

「駄目に決まっているだろ」

「逃がしません」


 ルドベキアが逃げようとしていることを察したラグルスとニゲラが逃がそうとしない。ルドベキアは面倒だから早く逃げたく、イエーラに助けを求めるが――。


「私は自分でやるよ。貴様は説明してやれ、すでにややこしくなってるんだろ」

「やっぱりいけ好かない女だな……‼」


 苦虫を噛み潰したようかのような表情を浮かべるルドベキアだが、これで孤立無援。逃げ場が無く大人しく事情徴収を受ける羽目になる。


 ただ、そんなことよりもアオは早くスイの下へ帰りたかった。

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