ルドベキアの話を半分以上聞き流したアオは、アサリナ達と一緒に魔法使いの塔へ戻って来た。
四人で戻ってきて、アオはそのままスイの下へと走った。今までの戦いなど無かったかのように、ただ一心不乱にスイを探して塔の中を走り回る。
「ちょっとちょっとー、一人だとまだどこにも行けないでしょー⁉」
そう言いながら追いかけてくれるアサリナと共に、アオはクレピスと待っていてくれていたスイの場所へと辿り着いた。
「スイ!」
自分の胸に飛び込んできたアオをそれを慌てて支えたスイは、どこか浮かない表情をしていたが、アオの重さを感じると安心したように目を閉じた。
どこか遠くへ行ってしまうのかと思った。
言いようのない不安を抱いていた。
でもそれも、アオがこうして帰ってきてくれたことで、忘れることができた。
「おかえりなさい」
そう言って抱きしめ返す。
またもやそれを面白くなさそうに見るアサリナである。
事後処理は終わり、各々疲れを癒すために自由に過ごすことになった。
数日は依頼を受けるのも中止し、体力回復に努める。
その休みを利用して、アオはスイと、本当は二人が良かったけど、勝手が分からないためアサリナも呼んで三人で街に出ていた。
「やっと家具揃えられるねー」
アサリナに付いて行きながら、アオとスイは部屋に必要な物を買っていく。
そうやって楽しい買い物をして、日が暮れる頃に三人は塔へと帰ってきた。
部屋に戻り、買ってきた家具類などを配置する。その作業は夜通し行われた。仕事もなにも無い。お腹が空けばご飯はあるし、自由な時間だった。
そして塔に住むみんなが完全に寝静まった頃。遂に部屋の模様替えを終えたアオとスイは、暗くなった部屋で一輪の花を取り出した。
火花という花らしく、アオの杖を探していた時にアサリナが言っていたものだ。
その火花に息を吹きかけると、花びらが火のように揺れて部屋を照らす。それは蝋燭の火のような火で、部屋全体を照らす程ではない。照らせていても、隣り合うアオとスイだけだ。でも、それだけ照らせていれば十分だ。
辺りは暗く、二人の周囲だけが明るい。それはある意味二人だけ隔絶された空間にいるようでもあった。
アオは火花を持ちながら、頭をスイの肩に預けている。
会話をする訳でもなく、ただこうして二人離れずにいる時間を大切にしている。
その心地良さに、アオは目を閉じ、スイはそんなアオに目を向ける。
どこにも行かない、こうして隣でいてくれる。
あの時見たアオはここにはいない。
でも――。
忘れていたはずの不安が、スイの心を蝕んでいく。
アオの体温を感じて、もう大丈夫だと思っていても、紙に水が染みこむように止まらない。
「アオ……」
不安で不安で仕方がない。スイは消え入りそうな声でアオの名前を呼ぶ。
「どうしたの?」
アオの花を持っている手に自分の手を重ねる。それだけでアオにはスイの不安が伝わったのだろう。なにも言わずに黙って頬ずりをする。
でも、それだけで不安が消えるのなら今こうして不安にはなっていない。スイの心を蝕む不安は止まることなく、スイを不安に染めてしまう。そして不安がスイを完全に蝕むと、想像してしまう。
もし、アオがいなくなってしまったら? もし、またアオが戦いに巻き込まれていなくなってしまったら?
ありもしないこと。いや、あるかもしれないことだ。でもそれは今ではない。だけど考えられずにはいられない。
またアオがいなくなって、戻ってくるという保証はない。アオは絶対に戻ってくると言っているけど、信じたいけど不安なのだ。もし、アオが帰ってこなければ?
想像をしたくないことを想像してしまう。
アオが神速で敵を倒している光景を思い出す。アオだからこそ、相手の命を奪わなかったが、敵は容赦なく襲い掛かるはずだ。もし、アオが負けることがあり、いなくなってしまうと。遠くに行ってしまうアオの手を掴むことができずに、二度と帰ってこない。
ありもしないことを考えてしまう。
そうなってしまうととても――哀しい。
ピシりと、ガラスにひびが入る音が聞えた。
ハッと目を開けたアオが周囲を見る。
「スイ⁉」
この世界は『哀』の世界だ。スイの『哀』の感情を解放することが、この世界でアオがしなけらばいけないことだ。だから、これは歓迎すべきことなのだ。ただ、その感情を解放するには、スイを心の底から哀しませなけらばならない。
仕方のないことだ、仕方がないのだが、スイを哀しませたくないのだ。でも、こうして世界がひび割れてしまったということは、スイの『哀』の感情が解放されたということだ。本気でスイが哀しんでしまったということを意味する。
「アオ……」
火花を落として、スイを力強く抱きしめる。もうこの世界が無くなってしまうのだとしても、スイを哀しませたまま終わる訳にはいかない。
「スイ、大丈夫だよ……‼」
灯りが無くなり、そこにスイはいるけど見えない。スイのすすり泣く音だけが聞える。それでもそこにいるスイを抱きしめ、震える身体を包み込む。
やがてスイがいるであろう場所から光が現れる。今までの世界でもあった翠の感情だ。もう間も無くこの世界が無くなるのだろう。
「アオ……いなくならないで……」
だからその言葉に返すこともできず、気がつけばアオは、元の世界に戻ってきていた。