「緋……生きていてくれたんじゃな……」
碧のいなくなった中で、仙人は喜びを噛み締めるように呟いた。
思い出すは遥か昔の記憶。仙人が碧と同じく、緋の喜怒哀楽を集めるため感情の創った世界を巡っていた時だ。
当時、なにも分からず、ただ緋を助けられるのならとがむしゃらに世界を巡って感情を解放していた。孤独で、不安で、ただ緋を救いたい一心で動いていた。
結果は今の通り、緋とは離れてしまった。
いや、離れてしまったというのは正確ではない。もう既に、地獄で死んだと思っていた。諦めていたのだ。
「わしも、どうにかして会いに行かねばならんのう」
碧はこの後、成功しようが失敗しようが地獄に向かうことになるだろう。その時に自分は共に行くことができるか? 行けるのであれば碧の助けとして、自らの目的のために力を使いたい。
「あの子の失ってしまった感情をどうにか、わしの命に代えても救わねばならん……‼」
緋は喜怒哀楽の内『哀』が無いのだ。それは『哀』の世界で解放を失敗してしまったためだ。四つ目の世界は成功し、この世界に戻ってきてすぐ地獄へと誘われた。
地獄には魂があり、魂を手に入れた緋は目を覚ました。喜怒哀楽の『哀』が無い状態で。
それは人間とは言い難いモノだ。感情一つでここまで人は変わるのかと。碧の言っていた、得体の知れないという表現は間違っていないのだ。
それでも緋を救いたい。感情の一つが欠落していても仙人にとっては大切な我が子にも等しい人なのだ。
そして、地獄に行って魂を手に入れて終わりとはならない。
緋と翠がこうなってしまったのは、魂を傷つけられて命を落としてしまったから。正確に言えば、碧が禁術を使って本来死ぬはずだった翠を生き返らせたからだ。肉体は生き返り、魂も修復した。しかし感情と魂の一部だけは散り散りになってしまった。
つまり碧だけなく、仙人も禁術を用いて緋を生き返らせたのだ。
仙人から見れば、碧はかつて自分が辿った道を越えてきているように見える。ただ違うのは、他の仙人、仙女の目があるということだ。
他の目があったからこそ、碧は何度も人生をやり直しているのだ。
禁術を使うと罰を受ける。碧はそれで気の届くなる時間、回数の人生を繰り返してきた。
途方もない年月を一人で繰り返すという罰。ようやく許され、戻って来たところを仙人が見つけ、翠の感情の世界を巡らせた。
あのまま放っておくと、碧がどうなっていたのか分からない。
この場所は誰にも気づかれない場所。恐らく誰も知らない。
ここは安全地帯。一度罪を犯してしまうともう他の仙人達とはいられない。罪を犯した者として扱われるからだ。
だから自分はこうしてひっそりと生きてきた。
碧は翠を救い出した後どうするつもりなのか。無事に翠と共に帰ってきたとしても居場所はあるのだろうか。
翠の力を持ってすれば強引にこの世界で生きることもできるだろうか。
「碧は成功するじゃろうな……」
『哀』の世界で修業をしたかいもあり、碧は格段に強くなっている。それこそ鬼を倒せる程までに。それでも翠には敵わないが、その他の仙人、仙女達では相手にならない。
よっぽどのことが無い限り無事に翠を救い出して終わるはず。
かつて鬼にやられた自分達とは違う。鬼が何体やってこようとあの二人ならば乗り越えることができるだろう。