リュカオンの言葉どおり、目的の場所はそう遠くはなかった。
あるとき、ふとリュカオンの足が何の変哲もない脇道へ逸れたかと思うと。
「……まぁ……!」
そよ風が吹き抜けるとともに、あとに続くセフィリアの視界が一変した。
複雑に入り組んだ迷路のような景色は、どこにもない。
あたりを一望できる見晴らしのいい場所に、広大な湖が広がっていた。
「こちらのエリアは、通常は立ち入ることができないよう、入り口に視覚操作の魔法がほどこされています」
「それなのに、私がお邪魔してよろしいのでしょうか?」
「あなただからいいのです。わが王室が、アーレン公爵家の方々をお招きするためにつくった場所ですから」
「王室が、私たちを……?」
思わずレイをふり返るセフィリア。当然ながら、レイもきょとんとした面持ちで首を横に振っていた。
するとなにを思ったか、リュカオンが口をひらく。
「『王室と公爵家以外の血すじの者は立ち入りを禁ずる』という意味ではありませんので、そのままいらしてください」
どうやら、レイが追い出されることはないようだ。
「ありがとうございます、殿下」
ほっと安堵したセフィリアは、ふたたび歩き出したリュカオンの背を追う。
『
(なんてきれいな景色なの……)
風が吹き抜ける湖の岸辺に、純白の百合が狂い咲いているのだ。
しかし無数の白百合は、すべて同じ方角を向いている。太陽の方角だ。
「白百合はアーレン公爵家の象徴。そしてこちらに植えられたシャイン・リリーは、太陽に向かって花ひらき、日没とともに
リュカオンによると、かつてアーレン公爵がルミエ王室への忠誠を示すために、この花を贈ったという。
太陽はルミエ王室の象徴。
これは『その栄光が
当時の女王は喜んで白百合を受け取り、王宮内でも特別な場所に植えたという。
アーレン公爵家の者だけを招待する、秘密のこの場所に。
(それほど、むかしから王室とアーレン公爵家のつながりが深かったというわけなのね)
現ルミエ王国王子であるリュカオンが、アーレン公爵家令嬢のセフィリアと『秘密の話』をするのに、これほどうってつけの場所はないだろう。
「あちらです」
リュカオンが右手で示した向こうには、湖へと伸びる桟橋が見える。
その桟橋を渡った先に、ドーム型の
リュカオンに連れられ、桟橋を渡ったセフィリアを、大理石でつくられたドームが迎える。
東屋の内部は、湖に囲まれたテラス席。純白のクロスが引かれたテーブル上にはケーキやクッキー、フルーツなどが載った3段スタンドと、ティーセットが用意されてあった。どれも一級品であることがひと目でわかる。
「こちらへおかけください」
「はい、失礼いたします」
しばし見惚れているとリュカオンが椅子を引いて待ちかまえていたので、セフィリアは一礼して席についた。
「あらためまして、ここまでご足労いただき、お礼申し上げます」
ティーポットを手に取ったリュカオンは、慣れた手つきでカップに紅茶を注ぐと、音もなくセフィリアの目の前へ置く。それからリュカオン自身は、セフィリアの向かいの席へ腰を落ち着けた。
「さて、本日お越しいただいた理由なのですが」
──きた。
知らず知らずのうち、ティーカップにふれたセフィリアの右手に力が入る。
「おそらく、あなたもある程度の察しはついておられるでしょう。ですので単刀直入に申し上げます」
セフィリアの緊張を感じ取ったか。リュカオンはティーカップに口をつける。そしてすこしの沈黙をへて、ゆっくりと息を吐き出すように言葉をつむいだ。
「セフィリア嬢、わたしとの婚約を破棄していただけませんか。というのも、正式に婚約の申し入れが公表されていませんので、おかしな話ではありますが」
リュカオンの言葉は、セフィリアをすくなからず動揺させた。なぜならセフィリアは、女王の意向により、リュカオンが婚約を申し出るものだと予想していたから。
「じきに、女王陛下のご署名でアーレン公爵家へ『お手紙』が届けられます。あなたには、その『お手紙』にサインをしないでいただきたいのです」
「殿下……それは」
女王からの書面に、サインをしないということ。それはつまり──
様子をうかがうセフィリアに、リュカオンは淡々と言い放った。
「そうです。わたしはあなたと婚約するつもりはありません、ということです。セフィリア嬢」