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第111話 もうひとつ聞くわ

(なんだこのわけわからん状況は……いや、落ち着け。うろたえたら陛下の思うつぼだ)


 リュカオンのお膳立てをしていたフィオーネの立場からすれば、可愛いひとり息子の恋敵となり得るカイルの存在は厄介に思うはず。

 ただ見たところ、悪意のようなものは感じられない。邪険にされているというよりは、ユリエンの親しい友人という立場から、ちょっかいをかけているだけのようではあった。


(奥さまの手前、陛下の『遊び』にお付き合いしましょうかね……)


 現状を理解したカイルは、観念して椅子に深く座り直す。

 ルミエ王国で地位を築くトップ2、女王とアーレン公爵のお茶会に男子の身で同席というのも奇妙なものだが、状況が変わった。

 というのも、先ほどこのお茶会会場に突然すがたを現した男性の存在が大きい。


「もう、遅いじゃない」

「急な仕事が入ったんだよ。厄介事は片付けてきたから、そんなに拗ねないで」


 カイルはどこからともなく現れ、自身の背後を取って着席させた男性をそっと見やった。


(まばゆい金髪に黄金の瞳は、王室の血を引くあかし。それに、陛下と砕けた口調で会話しているとなると、もしかして……)


 カイルの疑問は、くだんの男性へ向かって一礼したユリエンによって明らかにされる。


「まばゆい午後の日にごあいさつを申し上げます。ご無沙汰しておりますわ、ノエル王配おうはい殿下」

「こちらこそ、おひさしぶりです、アーレン公爵。ノクターは遠征中だとか?」

「はい。親愛なるノエル殿下によろしくお伝えしてくれと、夫からもことづかっておりますわ」

「それはそれは。今度会うときはまた胸のおどるような冒険の話を聞かせてほしいと、私のほうからも言伝ことづてをおねがいしても?」

「もちろんですわ。夫もよろこびます」


 話に花が咲くとは、このことか。

 会話がはずんでいる様子から、ユリエンはフィオーネのみならず、この男性とも付き合いが長いことが見て取れる。


「こちらはノエル・セイジ・ド・ルミエ王配殿下。陛下と同様に、私もおさないころから親しくさせていただいています」


 王配とは、女王の配偶者をさす。つまりノエルはフィオーネの夫にあたる。

 ユリエンの紹介を受け、カイルもうやうやしく一礼する。


「まばゆい午後の日にごあいさつを申し上げます。アーレン公爵家で侍従をつとめております、カイルと申します」

「そうかしこまらなくても大丈夫だ。私はフィオーネの従兄でね。王配といっても兄妹のようなものだ」

「そうねぇ。おにいさまは秘書官としては有能なのに、ふだんはどこか抜けているものね?」

「余計なことは言わんでよろしい。こほん……とにかく、仕事上フィオーネのサポートをしているだけで、たいした地位にいるわけじゃない。毎日毎日王宮に閉じ込められて、フィオーネがさぼった山積みの書類との格闘に奮闘しているよ」

「余計なことは言わないでいいのよ、おにいさま!」


 もしやルミエ王室の血には、おしゃべりの遺伝子でも組み込まれているのだろうか。

 黙っていれば美男美女だろうに、フィオーネもノエルも、軽口を叩きあうさまには威厳のいの字もない。


「話をそらしてしまって失礼。要するに、王宮から出られないと毎日が退屈でね。いろんなところを冒険しているノクターの土産話が、私の唯一のオアシスだったんだけど──」


 そこまで言って、ノエルがカイルへ視線を向けてくる。かと思えば、にこりとほほ笑んでみせた。


「今日は、いつもとまた違った面白い話を聞けそうだ。私も同席してよろしいですか、王国の麗しい花」

「はいはい、最初からそのつもりなんでしょ。ユリちゃんを口説いてるひまがあったらさっさと座んなさい」

「心外だな。親愛なる友の愛する奥方に色目を使うわけがないだろう」

(仲いいな、このひとたち……)


 ああ言えばこう言うフィオーネとノエルのやり取りを、カイルは薄目でながめる。「もう、おふたりったら」とユリエンも苦笑しているので、通常運転なのだろう。


「──御前を失礼いたします」


 ノエルが着席したタイミングで、また別の男性がどこからともなく現れる。

 フィオーネやノエルたち王室の象徴である金髪とは対照的なプラチナブロンドに、サファイアの瞳。同性であるカイルもおどろくほど、ととのった顔立ちの美青年だった。

 はかなげな美貌を放つ彼は、流れるような所作でフィオーネ、ユリエン、ノエル、そしてカイルの順にティーポットから紅茶を注ぎ入れたカップを置いた。


「ありがとう、ギル」


 フィオーネが礼を言うと、プラチナブロンドの青年は一礼ののち、下がる。

 そこでカイルはブルーの瞳を見ひらいた。

 彼が下がったそのとなりには、フィオーネの背後を守るように長身の男性が控えていたのだ。

 燃えるようなクリムゾンレッドの髪をもつ、精悍なたたずまいの男性。太陽の紋章が刻まれた軍服を身にまとい、帯剣していることから、王国軍に所属していることがわかる。


(気配が、なかった)


 いったいいつからそこにいたのか、カイルにはわからない。それは、フィオーネの騎士であろう彼が、カイルをしのぐ実力者であるあかしだ。


「紹介するわね。こっちのお人形みたいにきれいな顔をした彼がギルバート。私のお世話係ね。それであっちにいるのが、専属騎士のアーシェよ。アーシェは無愛想に見えるけど、ちょっと理由があってしゃべれないの。無視してるわけじゃないから許してね?」

「おふたりとも、ノエル殿下と同じく女王陛下の王配でいらっしゃるわ」


 フィオーネの紹介のあと、そっとユリエンに耳打ちで補足される。


(配偶者が3人……そういえば、ここはそういう世界だったな)


 一妻多夫制が法律でさだめられている国。

 それはここが女性向けの作品を舞台にした世界であるためだと、いつだったかセフィリアが言っていたような。

 頭では理解していても、カイルにとってはまだなじみのない感覚だった。


「さて、準備もととのったことだし、お茶会をはじめましょうか」


 主催者であるフィオーネのひと声で、お茶会はスタート。

 この場に呼ばれたことがいまだ解せないカイルではあったが、開き直ることにした。


(まぁいい。俺は、適当に相づちを打っておこう)


 一介の使用人でしかない自分が、女王の退屈をまぎらわせるような目新しい話題をもっているはずがない。

 だからおとなしくしてさえいればいいのだと、カイルは高をくくっていた。


「それで、早速質問があるのだけど」


 だがそれも、好奇心旺盛なフィオーネを甘く見ていたと、すぐに思い知らされる羽目になるのだが。


「カイル。若くしてアーレン公爵家で令嬢付きなんてすごいじゃない。あなた、何歳だったかしら?」

「はい、12歳のときに公爵家にお迎えいただき、お仕えすること2年──」


 そこではたと、カイルは口をつぐむ。

 フィオーネがふってきたのは、他愛のない話題だ。

 しかし気づいた。気づいてしまった。

 ゆえにカイルは、フィオーネが求めているであろう答えを、口にせざるを得ない。


「……あとひと月ほどで、15歳になります」

「そう」


 フィオーネが黄金の瞳を細め、ほほ笑んだ。


「それじゃあ『そのとき』になったら、リアちゃんにプロポーズするんでしょう。待ちきれずに『誓約』しているくらいだものね?」

「……! カイル、あなた……!」


 フィオーネの言葉に、今度はユリエンが血相を変える。


(しまった。陛下は古代魔法の魔力反応が感知できるのか)


 ユリエンがおどろくのも当然の反応だ。カイルがセフィリアに対してなにをしたのか、ユリエンは知らずにいたはずだから。


「婚姻の誓約魔法は、男性にとって負荷の大きいものよ。だから成人するまでは使用が推奨されていないのに……あなたがいくらリアをたいせつに想ってくれていても、無茶があるわ!」


 もはや、言い逃れはできない。

 それにユリエンはセフィリアだけでなく、カイルのことも思ってこう言ってくれているのだ。ユリエンに誠意を示すためにも、この場で本心をつまびらかにすべきだろう。


「勝手な真似をお許しください。ですが俺はみじんも後悔はしておりません」


 逃げも隠れもしない。

 カイルは背すじを張り、毅然とした態度でユリエン、そしてフィオーネを見つめ返した。


「15歳の誕生日に、俺はセフィリアお嬢さまに正式な婚約を申し入れるつもりです」

「本当はリアちゃんが成人するまで待つつもりだったのでしょうけど、あなたが今になって行動に出た理由は、例の魔王が関係しているわね?」

「おっしゃるとおりでございます、陛下」


 カイルがなにを思い、なにをしようとしているのか、フィオーネには筒抜けのようだ。

 自由奔放に見えて、物事の本質を見抜く洞察力。なるほど、一国の長たる者にふさわしい素質といえるだろう。


「あなたがどれだけリアちゃんのことを考えているのかは、よくわかったわ」


 フィオーネはそう言って、ティーカップに口づける。


(……まだだ)


 カイルにはわかる。これはあいさつのようなもの。

 フィオーネの狙いは、この先にある。


「その上で、もうひとつ聞くわ」


 カイルの予想どおり、ティーカップを置いたフィオーネが再度口をひらく。

 黄金の双眸で、カイルを射抜くようにして。


「カイル、あなたは──愛するひとがこどもを生めなくなったとしても愛せると、神に誓える?」


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