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第114話 聞き捨てなりません

「殿下のお気持ちはわかりました。ですが一方的に話を終わらせるのは、いささか身勝手がすぎるのでは?」

「では、わたしにどうしろと? なにも持たない、王室の恥でしかないわたしに、なにを望むと!?」

「それは聞き捨てなりません!」


 もう我慢も限界だ。なにも聞き入れようとしないリュカオンを、セフィリアは叱責する。

 びくりと、リュカオンの肩が跳ねた。


「なにも持たない? 王室の恥? 本当にそうですか?」

「……どういう意味ですか」

「そのままの意味です。生きているのが恥ずかしくなるくらいちっぽけな存在なら、あなたはどうしてここにいるのでしょう」

「それは……」

「オリヴィエ殿下が命を懸けて守ったから。そうではないのですか?」

「っ……それ、は……」


 明らかにリュカオンが動揺し、視線を逸らす。

 セフィリアはもう一歩をふみ込むと、リュカオンの両ほほをがしりとつかんだ。

 目と目を合わせて、問いかける。


「先ほどの陛下とのやりとり、とても仲がよさそうに見えました。私のお母さまと同じような、子を想うあたたかな母のまなざしが、殿下へ向けられていました。お父さまもお母さまも、殿下を愛していらっしゃる。そんなおふたりに、自分は要らない存在だと言えますか?」

「──ッ!」


 チョコレートオパールの瞳が、極限まで見ひらかれる。

 もうすこしだ。あとすこしだけ、この声を聞き届けてほしい。


「恥だとかなんだとか、それは殿下が勝手に決めつけているだけです。あなたには、ご両親の愛情があります。それだけでいいじゃないですか。立派でなくてもいいんです。あなたはまだ、こどもなんですから」

「それ、きみが言うか?」

「レイだって人のこと言えないでしょう! じゃなくて……」


 話が逸れてしまった。

 ひとつ咳ばらいをしたセフィリアは、笑みを浮かべてリュカオンを見つめる。


「私を信頼してお話を聞かせてくださり、ありがとうございます。いままで、たくさん辛い思いをされてきましたよね……もう大丈夫ですよ。我慢しなくていいです」

「我慢しなくて……いい?」

「はい。背伸びする必要はないです。殿下が溜め込んでいたこと、本当の気持ちを、教えてくださいますか?」

「ほんとうの、気持ち……」


 セフィリアの言葉を、リュカオンはゆっくりとくり返す。

 真摯な言葉が届いたのだろうか。 

 セフィリアを映したチョコレートオパールの瞳が、じわりとにじんだ。


「…………びし、かった……」


 か細い声が、リュカオンの口からこぼれる。


「さびし、かったです……おともだちが、ほしかった……だれかに、いっしょにいてほしかった……」

「殿下……」

「あなたとも、ほんとうはもっと……おはなし、したかったです……!」

「私もです……殿下」

「っ……うああ!」


 堰を切ったように、リュカオンが声をあげる。

 袖で目もとをこすりながら泣きじゃくるすがたは、年相応の少年のものだ。


「そちは純粋無垢な、よいこじゃの」


 わたあめもほおずりをしながら、嗚咽をもらすリュカオンをなぐさめる。

 リュカオンの腕をつかんでいたレイの右手は、いつの間にか背にまわり、ぽんぽんと拍子を刻んでいた。

 ここにリュカオンを咎める者は、だれひとりとしていなかった。



  *  *  *



「…………お見苦しいところを、お見せしました」


 ひとしきり泣いて落ち着いたのか、リュカオンが鼻をすすりながら頭を下げる。


「そんなことはありません。殿下のお気持ちをお聞きできて、うれしかったです」


 セフィリアはすぐさまかぶりをふると、笑顔でリュカオンの両手を取った。


「殿下、お茶会の仕切り直しをしませんか? 私に殿下の話し相手を任せていただきたいのです」

「それはその、つまり……」

「はい。お友だちになりましょう、殿下!」

「わっ……」


 軽やかに駆け出したセフィリアの足もとで、白百合が揺れる。驚いたリュカオンが、足をもつれさせながらなんとか続くが──


「リュカオン殿下は、気味悪くなんてありませんよ。その瞳もきらきらしていて、とってもきれいです」

「──!」

「虹が消えずにそこにあるなんて、すごいです。殿下は幸運の象徴ですね。今日お会いできただけで、私、とってもラッキーな気分です!」

「あの……それ以上は、もう……」


 褒め殺しとはこのことか。

 次から次へと浴びせられる称賛に、かああ、とリュカオンの耳が朱に染まる。

 もちろん、リュカオンの手をぐいぐいと引いて岸辺を突き進むセフィリアが、それを知るよしもなく。


「そうですわ、殿下。いっぱいおしゃべりを楽しんだら、最後に陛下のところへおねがいに行きませんか?」

「おねがい……?」


 もはやセフィリアにされるがままであるリュカオンが、こわごわと問う。

 そしてセフィリアはこの日一番の笑顔で、こう言った。


「私に、とってもいい考えがあるんです!」



  *  *  *



 太陽がかたむく。

 そろそろ日が暮れ、お茶会もおひらきになる時間だ。

 フィオーネとノエルのひと悶着もなんとかおさまり、ひと息ついたカイルは──


「えっ……これどういう状況?」


 王宮庭園のど真ん中で、混乱していた。


「ただいま戻りました!」

「……ぐす」


 なぜなら、リュカオンに連れていかれたはずのセフィリアが、リュカオンを連れて戻ってきたためだ。

 それもなぜか、ぎゅうとわたあめを抱きしめ、そわそわと落ち着かないリュカオンを。


「レイ、なにが起きたか教えてくれ」


 カイルが状況の説明を求めると、セフィリアとともに戻ってきたレイが「あぁ」とひとつうなずいて答える。


「お嬢さまが殿下を泣かした」

「レイ! 間違ってはいませんけども、それだと語弊があります! 説明するならもっと詳しく!」

「あぁ……いつものやつね」


 言葉足らずながら、レイの説明でカイルはだいたいを察した。

 要するに、セフィリアが持ち前のおせっかいを炸裂させて、リュカオンになにかしらの大打撃を与えたのだろう。

 それでセフィリアがさまざまなひとびとを攻略オトしてきたさまを、カイルは幾度となく目にしている。


「ったく……これだからお嬢さまの無自覚は」

「そう目くじらを立てるな、カイルよ。この子も心細い思いをしてきたのだ。しかし愛くるしいこのワタシがなぐさめたゆえ、もう心配は……」

「あらまぁ〜! 私のリュカ! 目が真っ赤じゃないの、かわいそうに〜!」

「むぎゅっ……」

「あ、白もふがつぶれた」


 泣き腫らしたリュカオンに目ざとく気づいたフィオーネが、爆走の末に突撃する。がばりとリュカオンが抱きしめられた拍子に、かかえられていたわたあめが犠牲になった。


「母上、くるしいです……」

「どうして泣いてたの? リアちゃんにフラれて悲しかったの?」

「ちがいます……」

「それじゃあどうしてなの〜!」

「悲しいことはなかったので、わたしの話を聞いてください、母上……!」


 あまり言葉を荒らげないリュカオンが声を張ったので、フィオーネの涙がひゅっと引っ込む。

 呆けたフィオーネの腕の力がゆるんだすきに命からがら逃げ出したわたあめが、「死ぬかと思ったぞ……」とセフィリアにしがみついた。


「リュカからお話? いいわ、なんでも話してちょうだい!」

「えっと……おねがい、というほうが、近いかもしれませんが……」

「おねがい!?」

「リュカが、おねがいだって……私にさえ甘えてくれない、こどもらしからぬ無欲の権化であるあのリュカが……」


 リュカオンの『おねがい』は、どうやらかなりの破壊力を持っていたようで。

 フィオーネだけでなく、ノエルまでも衝撃を受けていた。


「その……突然で申し訳ないのですが……」


 そわそわと視線を泳がせたあと、リュカオンがぐっと顔を上げる。


「母上に、許可をいただきたいのです。セフィリア嬢が、わたしをアーレン公爵家にお迎えしてくださるとおっしゃってくださったので……」


 なりゆきを見守っていたカイルも、このあたりで「ん?」と違和感をおぼえる。だが、遅かった。


「わたしは……セフィリア嬢のご提案に、甘えさせていただきたいです」


 リュカオンが顔を真っ赤にしているし、なにより。


「アーレン公爵家は、リュカオン殿下を歓迎いたしますわ!」


 まぶしい笑顔を浮かべたセフィリアが、はつらつとそう言ってのけたから。


「…………は?」


 とたん、カイルが失笑したことは言うまでもない。

 なにやらとんでもないことが、あっさりと決定したようだ。

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