「殿下のお気持ちはわかりました。ですが一方的に話を終わらせるのは、いささか身勝手がすぎるのでは?」
「では、わたしにどうしろと? なにも持たない、王室の恥でしかないわたしに、なにを望むと!?」
「それは聞き捨てなりません!」
もう我慢も限界だ。なにも聞き入れようとしないリュカオンを、セフィリアは叱責する。
びくりと、リュカオンの肩が跳ねた。
「なにも持たない? 王室の恥? 本当にそうですか?」
「……どういう意味ですか」
「そのままの意味です。生きているのが恥ずかしくなるくらいちっぽけな存在なら、あなたはどうしてここにいるのでしょう」
「それは……」
「オリヴィエ殿下が命を懸けて守ったから。そうではないのですか?」
「っ……それ、は……」
明らかにリュカオンが動揺し、視線を逸らす。
セフィリアはもう一歩をふみ込むと、リュカオンの両ほほをがしりとつかんだ。
目と目を合わせて、問いかける。
「先ほどの陛下とのやりとり、とても仲がよさそうに見えました。私のお母さまと同じような、子を想うあたたかな母のまなざしが、殿下へ向けられていました。お父さまもお母さまも、殿下を愛していらっしゃる。そんなおふたりに、自分は要らない存在だと言えますか?」
「──ッ!」
チョコレートオパールの瞳が、極限まで見ひらかれる。
もうすこしだ。あとすこしだけ、この声を聞き届けてほしい。
「恥だとかなんだとか、それは殿下が勝手に決めつけているだけです。あなたには、ご両親の愛情があります。それだけでいいじゃないですか。立派でなくてもいいんです。あなたはまだ、こどもなんですから」
「それ、きみが言うか?」
「レイだって人のこと言えないでしょう! じゃなくて……」
話が逸れてしまった。
ひとつ咳ばらいをしたセフィリアは、笑みを浮かべてリュカオンを見つめる。
「私を信頼してお話を聞かせてくださり、ありがとうございます。いままで、たくさん辛い思いをされてきましたよね……もう大丈夫ですよ。我慢しなくていいです」
「我慢しなくて……いい?」
「はい。背伸びする必要はないです。殿下が溜め込んでいたこと、本当の気持ちを、教えてくださいますか?」
「ほんとうの、気持ち……」
セフィリアの言葉を、リュカオンはゆっくりとくり返す。
真摯な言葉が届いたのだろうか。
セフィリアを映したチョコレートオパールの瞳が、じわりとにじんだ。
「…………びし、かった……」
か細い声が、リュカオンの口からこぼれる。
「さびし、かったです……おともだちが、ほしかった……だれかに、いっしょにいてほしかった……」
「殿下……」
「あなたとも、ほんとうはもっと……おはなし、したかったです……!」
「私もです……殿下」
「っ……うああ!」
堰を切ったように、リュカオンが声をあげる。
袖で目もとをこすりながら泣きじゃくるすがたは、年相応の少年のものだ。
「そちは純粋無垢な、よいこじゃの」
わたあめもほおずりをしながら、嗚咽をもらすリュカオンをなぐさめる。
リュカオンの腕をつかんでいたレイの右手は、いつの間にか背にまわり、ぽんぽんと拍子を刻んでいた。
ここにリュカオンを咎める者は、だれひとりとしていなかった。
* * *
「…………お見苦しいところを、お見せしました」
ひとしきり泣いて落ち着いたのか、リュカオンが鼻をすすりながら頭を下げる。
「そんなことはありません。殿下のお気持ちをお聞きできて、うれしかったです」
セフィリアはすぐさまかぶりをふると、笑顔でリュカオンの両手を取った。
「殿下、お茶会の仕切り直しをしませんか? 私に殿下の話し相手を任せていただきたいのです」
「それはその、つまり……」
「はい。お友だちになりましょう、殿下!」
「わっ……」
軽やかに駆け出したセフィリアの足もとで、白百合が揺れる。驚いたリュカオンが、足をもつれさせながらなんとか続くが──
「リュカオン殿下は、気味悪くなんてありませんよ。その瞳もきらきらしていて、とってもきれいです」
「──!」
「虹が消えずにそこにあるなんて、すごいです。殿下は幸運の象徴ですね。今日お会いできただけで、私、とってもラッキーな気分です!」
「あの……それ以上は、もう……」
褒め殺しとはこのことか。
次から次へと浴びせられる称賛に、かああ、とリュカオンの耳が朱に染まる。
もちろん、リュカオンの手をぐいぐいと引いて岸辺を突き進むセフィリアが、それを知るよしもなく。
「そうですわ、殿下。いっぱいおしゃべりを楽しんだら、最後に陛下のところへおねがいに行きませんか?」
「おねがい……?」
もはやセフィリアにされるがままであるリュカオンが、こわごわと問う。
そしてセフィリアはこの日一番の笑顔で、こう言った。
「私に、とってもいい考えがあるんです!」
* * *
太陽がかたむく。
そろそろ日が暮れ、お茶会もおひらきになる時間だ。
フィオーネとノエルのひと悶着もなんとかおさまり、ひと息ついたカイルは──
「えっ……これどういう状況?」
王宮庭園のど真ん中で、混乱していた。
「ただいま戻りました!」
「……ぐす」
なぜなら、リュカオンに連れていかれたはずのセフィリアが、リュカオンを連れて戻ってきたためだ。
それもなぜか、ぎゅうとわたあめを抱きしめ、そわそわと落ち着かないリュカオンを。
「レイ、なにが起きたか教えてくれ」
カイルが状況の説明を求めると、セフィリアとともに戻ってきたレイが「あぁ」とひとつうなずいて答える。
「お嬢さまが殿下を泣かした」
「レイ! 間違ってはいませんけども、それだと語弊があります! 説明するならもっと詳しく!」
「あぁ……いつものやつね」
言葉足らずながら、レイの説明でカイルはだいたいを察した。
要するに、セフィリアが持ち前のおせっかいを炸裂させて、リュカオンになにかしらの大打撃を与えたのだろう。
それでセフィリアがさまざまなひとびとを
「ったく……これだからお嬢さまの無自覚は」
「そう目くじらを立てるな、カイルよ。この子も心細い思いをしてきたのだ。しかし愛くるしいこのワタシがなぐさめたゆえ、もう心配は……」
「あらまぁ〜! 私のリュカ! 目が真っ赤じゃないの、かわいそうに〜!」
「むぎゅっ……」
「あ、白もふがつぶれた」
泣き腫らしたリュカオンに目ざとく気づいたフィオーネが、爆走の末に突撃する。がばりとリュカオンが抱きしめられた拍子に、かかえられていたわたあめが犠牲になった。
「母上、くるしいです……」
「どうして泣いてたの? リアちゃんにフラれて悲しかったの?」
「ちがいます……」
「それじゃあどうしてなの〜!」
「悲しいことはなかったので、わたしの話を聞いてください、母上……!」
あまり言葉を荒らげないリュカオンが声を張ったので、フィオーネの涙がひゅっと引っ込む。
呆けたフィオーネの腕の力がゆるんだすきに命からがら逃げ出したわたあめが、「死ぬかと思ったぞ……」とセフィリアにしがみついた。
「リュカからお話? いいわ、なんでも話してちょうだい!」
「えっと……おねがい、というほうが、近いかもしれませんが……」
「おねがい!?」
「リュカが、おねがいだって……私にさえ甘えてくれない、こどもらしからぬ無欲の権化であるあのリュカが……」
リュカオンの『おねがい』は、どうやらかなりの破壊力を持っていたようで。
フィオーネだけでなく、ノエルまでも衝撃を受けていた。
「その……突然で申し訳ないのですが……」
そわそわと視線を泳がせたあと、リュカオンがぐっと顔を上げる。
「母上に、許可をいただきたいのです。セフィリア嬢が、わたしをアーレン公爵家にお迎えしてくださるとおっしゃってくださったので……」
なりゆきを見守っていたカイルも、このあたりで「ん?」と違和感をおぼえる。だが、遅かった。
「わたしは……セフィリア嬢のご提案に、甘えさせていただきたいです」
リュカオンが顔を真っ赤にしているし、なにより。
「アーレン公爵家は、リュカオン殿下を歓迎いたしますわ!」
まぶしい笑顔を浮かべたセフィリアが、はつらつとそう言ってのけたから。
「…………は?」
とたん、カイルが失笑したことは言うまでもない。
なにやらとんでもないことが、あっさりと決定したようだ。