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第115話 気に入らない

 突然王宮にまねかれた1週間後。

 ふたたび、ペガサスの馬車がアーレン公爵家をおとずれた。

 今度は、ルミエ王国唯一の王子を乗せて。


 しらせを聞いたセフィリアがエントランスで待ちかまえていると、やがてレイに連れられ、ひとりの少年がやってきた。


「王国の花にごあいさつを申し上げます。このたびはお招きいただき──」

「よくぞ来たな!」

「わ……!」


 セフィリアを前にするなり、生真面目にかしこまったあいさつを述べるリュカオンだが、そこへわたあめが登場。

 頭を垂れたちょうどその位置にもふもふとした白い毛玉が映り込み、ぴょんぴょん飛び跳ねているので、リュカオンは目を丸くした。


「ふふ、殿下にお会いできて、わたあめちゃんもはしゃいでるみたいです」

「わたしに……?」

「今日はよく日向ぼっこができたからな。極上の毛並みに気の済むまでふれるがよいぞ!」

「おっと!」


 わたあめがそう言ってぴょんっと軽快にジャンプ。リュカオンは反射的に抱きとめた。


「……おひさまの、においがする」


 はじめはおっかなびっくりしていたリュカオンも、わたあめからただよう太陽の香りにリラックスしたらしい。


「うむ、苦しゅうないぞ」


 さらにわたあめからほおずりをされたことで、リュカオンの緊張もすっかりとけたようだ。

 ぎゅ、とわたあめを抱いたリュカオンへ、セフィリアはにっこりほほ笑みかける。


「それではあらためて。ようこそおいでくださいました、リュカオン殿下」



  *  *  *



 公爵家に王子がしばらく滞在することになった。

 そのしらせをジェイドが聞いたのは、3日前のこと。

 ノクターとともに遠征におもむいていたジェイドは、「リアに呼ばれてるから戻らなくっちゃ!」というノクターのひとことで、至急公爵家へ帰還することになった。


「──で、おまえはなんでそんなに荒れてるんだ、カイル」


 屋敷の警備体制を確認し、いざ王子を迎える準場をととのえたら、だ。

 なぜか訓練場で午後の対人訓練をしていたらしいカイルの周囲に、屍の山ができていた。

 地面には訓練用の木製の剣が散らばっているのに、カイル本人は武器を手にしていないというのが恐ろしい。素手でこれか。


「え、荒れてる? 俺はいつもどおりですよ」

「通常でそれならまさしく狂気の沙汰だな。まったく……おまえら、大丈夫か」

「うぅ……団長ぉ……!」


 肩をすくめたジェイドが声をかけると、ボロボロになって地面に倒れていた団員たちが涙を流してすがりつく。

 いつにも増して、カイルが殺気立っている。理由はジェイドも察していた。 


「王子殿下を公爵家でお迎えする。セフィリアお嬢さまがお決めになったことなら、俺たちはそれに従うだけだ。違うか?」

「それは、そうなんですけど……」

「婚約するわけでもないのに、なにがそんなに気に入らないんだ?」


 ジェイドの言うとおり。カイルが危惧していたセフィリアとリュカオンの婚約は、わが子がかわいい女王フィオーネのかん違いということで、白紙になった。

 その上で、セフィリアがリュカオンにある提案をしたのだ。


「殿下が、悪夢に毎晩悩まされてるって。黒魔法の影響かもしれないから、もしものときに旦那さまもいらっしゃる公爵家で治療するのが一番だって……そりゃ最善策だってわかってるけど! お嬢さまがほかの男にかまってるのが気に入らない!」

「変なやつだな。レイのときはそんなに荒れないくせに」

「レイはいいんです! けどあの小僧は、なんか気に食わないんです!」


 カイル自身は、リュカオンと直接会話らしい会話は交わしたことがない。

 しかし本能的な反感というか、一目見たときから、なぜかリュカオンのことが気に入らないのだ。


「幼稚な感情論だってわかってますよ……こんなことを言ったら、お嬢さまを困らせるってことも」


 セフィリアの前では笑顔を張りつけているカイルも、発散しなければやっていられないのだろう。


「おまえは年のわりにはおとなびてるが、そういうところはこどもだな」

「それ、フォローしてるのかしてないのか、どっちなんです?」

「いちいち言わんとわからないなら、おまえはまだまだってことだな、青二才」

「いてっ!」


 うつむき気味なカイルの後頭部を、ジェイドは容赦なくばしんと叩く。


「お嬢さまと過ごした時間の長さやお嬢さまからの信頼のあつさは、おまえが一番だ。レイでも殿下でもなく。なら堂々と胸を張っていればいい。おまえはお嬢さまをお守りする騎士だろう、カイル」

「団長……」


 独りで抱え込んでいるから、こんなにも心が荒んでしまうのだ。

 変に遠慮して関係がこじれてしまうくらいなら、本音をぶつけ合ったほうがいい。

 そのためにカイルに必要なのは、自信。すこしくらい幼稚なわがままを言っても大丈夫だという、セフィリアに愛されている自信だ。


「そうですね。思えば最近スキンシップも全然だし……ちょっとくらいベッタリしても、許してもらえますよね」

「そこはおまえの加減による」


 カイルがセフィリアに向けているのは、盲目的な愛情だ。それは執着とも言い換えられるだろう。


「おまえがセフィリアお嬢さまを泣かせさえしなければ、なんでもいい」


 執着は、時として危ういものではあるが──


「ひどいな。団長、俺のことなんだと思ってます?」


 からからと、カイルは笑い飛ばす。

 いつものカイルらしい表情に、ジェイドは心配は無用なのだと、再認識した。



  *  *  *



 リュカオンの不眠の原因を取り除く。

 そのために、自身が王宮へ通うよりリュカオンを公爵家へ招いたほうが安全だと考えたセフィリアの提案によって、今回の『療養』は実現した。


「僕の診たかぎりでは、問題はなさそうですねぇ」


 公爵家へ到着してすぐ、リュカオンは応接間でノクターの診察を受けた。

 黒妖精インプの鱗粉を分析したこともあるノクターだ。黒魔法の痕跡があれば気づくはずだったが、不審な点は見られないという。


「わたしの不眠の原因は、黒魔法ではないということですか?」

「断言はできません。ただ、眠れないなら精神的な原因があるのはたしかです」

「精神的な原因……」

「難しくお考えになる必要はありませんよ。焦ることでもないですし、ここにはバカンスにでも来たと思って、ごゆっくりおくつろぎくださいな」


 リュカオンが王宮の外に出るのは、今回がはじめてだ。リュカオン自身はそれを表に出さないよう気を張っているようだったが、ノクターの何気ない言葉で、気分もほぐれたらしい。


「お言葉に甘えて、しばらく、お世話になります」


 礼儀正しく頭を下げるリュカオン。

 そばでやり取りを見守っていたセフィリアは、ここで満を持して口をひらく。


「それでは殿下、早速ですがよろしいですか?」

「は、はい、なんでしょう……?」

「せっかくお天気もいいので、お外に出ましょう!」

「え……?」


 なにを言われたのか理解できていないリュカオンの手を取り、セフィリアは満面の笑みを炸裂させる。


「ピクニックをしませんか?」


 ──さぁ、作戦のはじまりだ。

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