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第117話 質問なんですけど

「殿下、聞こえますかリュカオン殿下、しっかり……きゃっ!」


 ──バチィッ!


 リュカオンの肩にふれようとした瞬間、電撃のようなものが走り、セフィリアの右手がはじかれた。


(なに、いまのは……)


 感電するほどではないが、かといって静電気というには強すぎる。

 じんと熱をもつ右手をおさえ、セフィリアは息をのむ。


「うっ……く……はぁ……!」


 こうしているあいだにも、リュカオンはベッドで苦しげにうめいている。ひたいには汗が浮かび、セフィリアが呼びかけても返事がない。意識がないようだ。


「レイ、急いでお父さまを……」

「旦那さまならお呼びしました。すぐにいらっしゃるはずです」

「……カイルさん!」


 さわぎを聞きつけたのだろう。燭台を手にしたカイルがやってくる。

 カイルのもつ燭台は魔法具であり、壁のくぼみに設置すると天井の照明と連動。ぱっと明かりが灯り、夜更けの暗い部屋を照らした。


「ありがとうございます。でしたら、お父さまがいらっしゃるまで私にできることをします」

「どうするつもりなんだ? これ以上は近づけないぞ」

「そうですね……」


 レイの言うように、不用意にリュカオンへふれることはできない。


(さっきの電撃は、魔力の暴走によるもの? 殿下は魔力がほとんどないと話していたけれど……いえ。苦しんでいるなら、最初からやることはひとつだわ)


 セフィリアはすこし思案したのち、すぐに腹を決める。


「私の力で症状を緩和できるかどうか、やってみます」

「わかりました。それなら俺がお手伝いします」

「……カイルさん?」


 セフィリアは思わず、瞳を丸くする。

 リュカオンの身になにが起こっているのか、現時点で詳細は不明だ。つまり、これから干渉をこころみるセフィリアの身にも、なにが起きるかわからない。

 カイルの性格ならば、「無茶はやめてください」と制止するだろうとセフィリアは思ったのだ。


「なにしてるんですか、お嬢さま。ほらはやく、こっち」

「は、はい!」


 カイルがリュカオンの枕もとまで近寄り、セフィリアを呼ぶ。

 反射的にセフィリアが駆け寄ったとき、にっと、カイルがいたずらっぽい笑みを浮かべた気がして。


「……あらっ?」


 ぐい、と腕を引かれる感覚のあと、セフィリアはリュカオンと向き合っていた。

 うしろから、カイルに抱きしめられるかたちで。


「カイルさん? これはどういう……」

「言ったでしょ、お手伝いするって。誓約魔法を交わした男女は、おたがいの魔力を増幅させることができるんです」


 そこまで言ったカイルが、セフィリアの耳もとに顔を近づけ、ひとこと。


「まぁ仙界の言葉でいうなら……陰陽和合おんみょうわごう、みたいなもんですかね?」

「──!」


 かああと、セフィリアはからだじゅうに羞恥の熱が集まるのを感じた。

 陰は女、陽は男をさす。そして和合とは、両者がつながり、結ばれること。


 たしかにセフィリアがかつて生きていた仙界では、男女がふれあい気を交換することで、たがいの力を強めるとされていた。

 それが、男女でまぐわうことを修行の一環とする双修そうしゅうの根拠となっていたわけで。


「カイルさん! こんなときに!」

「はは、大丈夫ですって。俺とお嬢さまの仲なら、ちょっとしたハグでもじゅうぶん効果は出せますよ」


 セフィリアの抗議も、カイルは笑って受け流す。

 とはいえ、面白おかしくセフィリアをからかっているわけではない。


「俺の体温を感じて。俺の力、使ってください」


 ふいに穏やかなひびきをおびた声が、セフィリアの耳をくすぐる。

 カイルの表情は見えないけれども、きっと慈愛に満ちあふれた、やさしいまなざしをしているのだろう。

 背中を包み込むぬくもりが、セフィリアの緊張をほどく。


「……ありがとうございます」


 セフィリアはひとつ深呼吸をして、右手をかかげる。


桃花生功とうかせいこう


 すっとカイルの手がかさねられ、右の手のひらがぽうと熱をやどす。

 そうしてセフィリアは、ぐったりと横たわるリュカオンに向けて力を解き放った。


「瘴気滅却──『桃花爛漫とうからんまん』」


 刹那、まばゆい光と桃色の花嵐が視界を埋め尽くす。


(っ……まって、これは……!)


 異変は、すぐにわかった。

 手応えが、ない。手を伸ばしても、のだ。

 セフィリアの力は、悪しき力をはらうためのもの。それが空振っているということは。


(殿下の不眠の原因は、黒魔法の呪いじゃない! それなら、どうして……!?)

「っく……やめ、て…………やめ、ろ」


 リュカオンの容態は改善しない。それどころか桃色の花びらに包まれたことで、より苦悶の表情を色濃くし。


「わたしのなかに、入って、こないで……っ!」


 突然飛び起きたリュカオンが、セフィリアの手首をつかんだ。

 あ、と意味のない声が口からこぼれた直後、セフィリアの視界がぐにゃりとゆがむ。

 なにかとてつもない『力』が、いままさに、セフィリアを飲み込もうとしていた。


「──カイル兄さん! リア!」


 レイのくぐもった呼び声に答えることはできず。

 糸が切れたように、セフィリアの意識はぷつりと途切れた。



  *  *  *



「……さま……セフィリアお嬢さま!」


 くり返し揺すられる感覚で、セフィリアの意識は覚醒する。ぼんやりとまぶたを持ち上げると、こちらをのぞき込むカイルのすがたがあった。


「目が覚めたみたいですね。よかった」

「……カイルさん? ここは……」

「俺もなにがなんだか。ただ、異常事態なことだけはわかります」


 仰向けに倒れていたらしいセフィリアは、カイルに抱き起こされたあと、目を見張る。


「なにもない……」


 そう、なにもないのだ。

 どこまで続いているのかもわからない世界に、セフィリアとカイルだけが取り残されている。

 しかも真夜中のように真っ暗であるにもかかわらず、セフィリアたちはたがいのすがたが見える。不思議なことだ。


「なんなんですかね、これ。俺にはうなされた殿下の魔力が暴走したように見えました。けど、殿下には魔力がないはずじゃ?」

「えぇ……そのことなんですが、もしかすれば、これは魔力の暴走によるものではないのかもしれません」

「どういうことですか?」


 確証はない。だがセフィリアは、たしかな『違和感』をおぼえていた。


「私は実際に目にしたことがないので、断言はできませんが……この世界には、魔力とは似て非なるもの、神聖力しんせいりょくというものがあるそうです」

「神聖力……あんまり聞いたことがないですね」

「神殿で神に仕える神官たちが使うもので、治療や占術などに特化した力なのだそうです。以前お父さまに教えていただいたことがあります」

「この流れだと、その神聖力ってやつが殿下にあるってことですか?」

「あくまで、仮定の話ですが……」


 セフィリアの脳裏をよぎるのは、先ほどカイルの力を借りて桃花生功を発動させた際のこと。


「私たちはいままで、殿下の不眠の原因が黒魔法にあるのではないかと考えていました。ですが、実際は逆です。浄化しようとしても、そもそも禍々しい呪いや瘴気などといったたぐいのものが、まったく感じられなかったのです」


 そうして考えをめぐらせているうちに、セフィリアはもうひとつ、ノクターから教えてもらったことを思い出した。


「お父さまによると、魔力と神聖力は相反するもの。つまり魔力に乏しいひとは、代わりに高い神聖力をもつ傾向にあるとおっしゃっていました」


 このことからも、リュカオンが神聖力をもっている可能性がきわめて高くなる。


「神聖力は、とても繊細な力……使用者の精神状態が大きく影響されるそうです」

「なるほどね、なんとなく見えてきました」


 カイルは賢い。セフィリアの話から要点をつなぎ合わせて、答えを導き出したようだ。


 リュカオンはいま、精神的に不安定な状態にある。

 そのために、精神状態の反映されやすい神聖力が暴走し、セフィリアたちを巻き込んでしまったのだと考えるのが自然だ。


「そうなると、このわけわからん空間から抜け出すためには、後にも先にも殿下を見つけて話をつける必要がありますね。よし」


 おもむろに立ち上がったカイルが、ついでセフィリアの手を引く。


「殿下をさがしに行きましょうか。俺の手、ぜったいに離さないでくださいよ」

「もちろんです」


 セフィリアは力強くうなずき、カイルに続いて歩き出した。

 とはいえ、どこを見ても真っ暗な景色だ。あてがあるわけでもない。


「どうしたもんですかねぇ。お嬢さま、殿下について、ほかにわかることはありますか?」

「殿下について、ですか……」


 闇雲に歩き回るだけではいけない。カイルの問いを受けて、セフィリアももう一度リュカオンについての情報を思い返してみる。


「殿下が不眠に悩まされていることはみなさん知っていますし、ほかにわかることは……あっ」


 しばらく考え込むうちに、セフィリアははっと思い出す。

 もうひとつだけ、ある。セフィリアが気づいていて、ほかのだれも知らないことが。


「そうですわ。リュカオン殿下も、転生者です!」

「……なんですって?」


 一歩先をゆくカイルが立ち止まり、セフィリアをふり返った。


「わたあめちゃんが言っていたんです。殿下の魂に見覚えがあると。でも気になるのが、私とレイ両方と面識があって、どちらかといえば私と親しかった方みたいで。私、そうした男性に心当たりがなくて……」

「俺たちと同じ転生者で、愛花アイファさんか花梨かりんさんと親しかった人物……」


 セフィリアの話を受けて考え込むカイル。だが、その面持ちがしだいに険しくなっていく。


「あの、質問なんですけど。その『親しかった』っていうのは、かならずしも近しい人物とは限らないって線はありませんか?」

「えっと、それはどういう……?」

「たとえば、『前』の世界で俺と社長──星夜せいやさんは四六時中顔を合わせてましたけど、そういった部類の『親しい』って意味じゃないのかなと」

「そう言われてみると……わたあめちゃんは、魂は共鳴するものだと……私の魂と似たかたちをしているから、私の関係者と判断したのだと言っていました」

「それって、お嬢さまに影響を受けたのであれば、べつに俺たちみたいに四六時中そばにいた人物であるわけでもないってことですよね」

「そう……なるんでしょうか?」


 セフィリア自身は考えもしないことだった。

 だが、ここに来てカイルがこんなことを言い出した理由は──


「心当たりがあるんですか? カイルさん」

「まぁ、一応。もし『あいつ』だとしたら……盲点だったな。けど、なんだか殿下のことが気に食わなかったのも納得できます」

「カイルさん、『あいつ』とはだれですか。説明を──」


 意味深な言葉をこぼすカイルに、焦れたセフィリアが説明をうながすも。


 ──ぱぁああ!


 突如としてまばゆい光に視界を埋め尽くされ、セフィリアはとっさに目を覆った。


「きゃ……!」


 強烈な光が過ぎ去り、セフィリアは恐る恐るまぶたをひらく。そして、驚愕した。

 果てしない真っ暗闇のなかに、ひざをかかえてうずくまる少年のすがたを見つけたのだ。


「──リュカオン殿下!」


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